- 作者: ジェフ・ヴァンダミア,朝賀雅子
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2019/05/27
- メディア: 単行本
- この商品を含むブログを見る
ざっと紹介する
さて、キャラクター・アークなどの話は後半の方のもので、前半部は、インスピレーションとはなにか、作家はどのように想像を広げるべきか──といった部分をメインに語っていてこれがまたおもしろい。誰でもお決まりの手順を使えばクリエイティビティが発揮できる、といったスタンスはとらずに、不確かなものを粘り強く探求するためにはどうしたらいいのか、という地道で有機的なアプローチをとっている。
クリエイティブなプロセスは、どこからでも何からでもはじめられる。勇ましい行動にまつわる新聞記事からでも、コーヒーカップの底に残った大陸みたいな模様からでも、あっさりストーリー構成ができていく。何より大切なのは、物語創りにつながるような遊びを、潜在意識に許しておくことだ。
上記のエピソードなんかもそうだけれども、実作者ならではの執筆ガイドだな、と思うところに、世界観構築やキャラクター構築でのやってはいけない/あるいはやらない方がいいケースが多い、「アンチパターン」を都度あげてくれている点がある(「こう書けばいい」と王道しか教えてくれないガイド本も多いが、実際にはしないほうがいいリストの方が迷ったときには役に立つときも多いのだ)。
たとえば、キャラクター描写で避けるべき失敗として挙げられているのをいくつかピックアップすると、ソシオパスやサイコパスを軽はずみに書く(情緒不安定に過ぎない描写を勇ましいとみなして描くな)、殺したり、生き返ったりするのが早すぎる、脇役を無視する、キャラクターの過去を無駄に書きすぎる、などなど。世界観構築の方では、とにかくディティールや世界観設定そのものがキャラクターやストーリーを潰してはダメだ、という点を強調する。
もうひとつ目に止まったのは、「改稿」にがっつり一章が割かれているところ。たしかに、僕も知っている素晴らしい作家の方たちはみな何度も改稿、書き直しをする、しっくりこないと感じるシーンは何十回も書き直して完成形へとたどり着く、と聞いたことや読んだことが何度もある(あんまりがっつりとは改稿しない、素晴らしい作家もいるが)。たとえば、ジュノ・ディアスは草稿の章の各バージョンを、次のよりよいバージョンへと導く羅針盤のようなものとして考える。最終的に望むところへとたどりつくのなら、すべてを捨ててもかまわないと。本書では、主に非リアリズム系の物語を書く際の、改稿のための問いかけリストを載せてくれている。
たとえば、架空の要素は、感情への影響と結びついているか? 空想に夢中になって、ストーリーを圧倒したり乱したりしていないか? 架空の要素の〈解決〉や説明を重んじすぎているか? 本当は、架空の要素がいらないストーリーを書いたか? 『作家ではなくファンタジー作家としての自分を考えた末に、これといった理由もなく(実在の要素より楽にあやつれるというだけで)架空の要素を用いたストーリーを書くかもしれない。』とか、最後の恐ろしい問いにはいと応えてしまうような状況だと改稿のレベルを超えている気がするが、まあ、重要な問いかけである。
豪華な寄稿
最初に書いたように豪華執筆陣の寄稿があるのも読みどころ。それもただ執筆メソッドを載せているだけでなく、各作家ごとの得意分野での原稿なのもありがたい。たとえばル・グインなら「メッセージについてのメッセージ」と題して、作品に込められたメッセージは何? という問いに対する応えについて。『火星』三部作などでハードな描写に支えられた本格宇宙SFを書くキム・スタンリー・ロビンソンには「解説を考える」として、ストーリーに現れるそれ以外のもの(世界観設定とか)をどう書くべきか、そもそも書くべきかどうかについてお題がふられている。ゲーム・オブ・スローンズの原作者ジョージ・R・R・マーティンへのインタビューも、「ファンタジィの世界、描写を書く時に作家が何を考えているのか」の実例に満ちていてとても素晴らしいものなので(たとえば、短い時間の中で3つの戦争が起こった時、それをどう描くのかについて。ぜんぶを同じように書いたら、読者は飽きてしまうだろう。)、小説に限らず、書き手/読者にかかわらず、ファンタジィやSFなど、非リアリズム系の物語を楽しむ人々にはぜひ手にとってもらいたい一冊だ。
※記事中で使用した画像は、フィルムアート社からご提供いただきました。