基本読書

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物理学・生物学的に考えた時、地球外生命体はどのような機能を持っているのか──『まじめにエイリアンの姿を想像してみた』

この『まじめにエイリアンの姿を想像してみた』は、書名だけみると小学生ぐらいの夏休みの自由研究みたいだが、実際は動物学者の著者が、生物学、物理学など科学の知識を総動員して「地球外生命体の機能や生態はどのようなものでありえるのか? 逆に、どのようなものではありえないのか?」を考えていく一冊になる。

化学の本や生物学の本で、一章ぐらいこのテーマに割いている本は少なくないが、まるまる一冊地球外生命の生態を考察している本は珍しい。そもそも、「地球外生命体って、誰も見たことがないんだから想像しようがなくない? ソラリスの海みたいなやつだっているかもでしょ」と疑問に思うかもしれないが、世界は物理法則に支配されているわけで、この宇宙の生き物である以上、制約から逃れることはできない。

地球には現状、空を飛ぶクジラのような、空を漂い続けて空中の微生物を食べるような生物は存在しないが、そうした生物は他の惑星だったら存在することはありえるのか?(たとえば重力が軽く、浮きやすい惑星で)、性は地球の動物にはよくみられる特性だが、これは全宇宙の生物に備わっている可能性が高いものだろうか? など、地球の生物多様性を分析しながら、生物の持つ特性のうちどれが地球特有のもので、どれが宇宙で普遍的といえるものなのかを、じっくりと突き詰めていくのである。

学者の本ではあるが筆致は軽快でおもしろく、ほとんど一日で400ページ読み切ってしまった。非常におすすめの一冊だ。

最初に軽く収斂進化の話

最初に全体を貫く概念を紹介しておこう。別々の生物が似たような解決策を進化の果てに獲得する事象を「収斂進化」という。たとえば地球上では少なくともこれまで4回、羽ばたき飛行が進化したことがわかっている。そのうちの二種類である鳥とコウモリは見た目も飛翔のための機能も異なるが(コウモリの翼は長い指の間を覆う膜で、腕全体と身体側を覆う。一方の鳥の翼は羽毛に覆われ骨の形も異なる。)、最終的な用途、使い方は似通っている。飛び回るツバメとコウモリの姿はそっくりだ。

動物にとって移動速度が他よりも速いことは圧倒的に有用──はやく食事にありつけ、外敵や環境変動から逃げることができる──だから、飛翔機能が進化の過程で幾度も産まれたことは不思議な話ではない、同じことは他の機能にもいえる。卵を母体内で孵化させて幼生の形で産む卵胎生は独立して100回以上も進化を繰り返したといわれている。光合成も、少なくとも31の系統で別々に進化してきた。この収斂進化の力によって、おそらく地球のコピーで生物が生まれ進化を繰り返していったとしたら、飛翔する生物も、光合成をする生物も生まれるだろう。

生命が棲む惑星の物理的・化学的性質が地球と大きく異なり、もっと暑かったり寒かったりすれば、地球上の生命に似た「形態」を期待することはできない。羽毛は地球の空気のなかを飛ぶためのものであり、木星のアンモニアの雲のなかを飛ぶためのものではないからだ。しかし、地球上で見られるのと同じ「機能」(すなわち飛翔)を木星で見つけたとしても驚きはしない。(p.60)

地球の最初の生命と同じ流れを、地球外生命体も繰り返すのか?

すべての生物は細菌、古細菌、真核生物のいずれかに分類されるが、これらの生物はすべてLUCAと呼ばれる共通祖先から分岐していったものだ。LUCAとその子孫たちは、拡散、多様化していく中で、似たような問題に直面していく。いちばん重要な問題はエネルギーをどこから手に入れるかだが、30億年以上前の当時エネルギー源になりそうなのは海底火山活動による地熱か、太陽光の二つしかない。

海底火山は特定の場所にしかないが、太陽光はあらゆる場所に降り注ぐので、最初の生物たちは太陽光を捉え、そのエネルギーを利用するための器官を進化させた。この時代は現代と比べると安穏とした状態だ。何しろ太陽光は奪い合わなくても平等に降り注ぐから、捕食者もいないし、ほぼ動く必要もない。だから、生命はおよそ38億年前に誕生したが、最初の32億年間は太陽光以外のものを摂取する生物はいなかった。

そこから何が原因になったのかは定かではないが(日光浴をする生物でビーチがいっぱいになっったのかもしれないし、気候変動で日照が減ったのかもしれない)、ある時から一部の生物は他の生物をエネルギー源とするようになった。捕食がはじまると、身を守るための棘をつけるものあり、捕食するための歯をつけるものあり、移動速度を速くするものありと進化が急速に進む。弱肉強食の世界がやってくるのだ。

はたしてこうした生命の進化の流れは地球に特有のものなのだろうか? 確かなことはわからないが、太陽の光は最初の生命維持のためのエネルギー源の中では最も手に入りやすく、強力なものである可能性が高い。生物において太陽光を利用する方法が最初に生まれるのは、理にかなっている。その後の進化の過程──捕食し、移動する生物の誕生──はどうかといえば、これも、一般的な物語といえそうだ。

というのも、宇宙のどこであっても生命はエネルギーと空間の二つを必要とする*1。ゆえに、太陽光をメインに増殖を繰り返す生物がいた場合、その生物群もいつか必ず飽和し競争をはじめることになるからだ。『生命が存在するところでは、いずれエネルギーと空間をめぐる競争が起こる。だから、乏しい資源を求めて移動し、競争する動物が出現してくるのはほぼ必然なのである。p.85』

空中を浮遊し続ける地球外生命体は存在するか?

魅力的なトピックが多い本だが、個人的におもしろかったのは、「地球外生命体に空中を浮遊し続けるような生物はいるのか?」という問いかけ。これは、少なくとも地球にいないのは皆様御存知の通りである。しかし、物理的に不可能なわけではない。理論的には、魚の浮袋のような気体の入った袋(中身は水素になるだろう。代謝の過程で細菌や微生物が生成してくれる)を使って、浮遊する生物を想像することはできる。

あとは、大気中にプランクトンかそれに類するエネルギー源になる何かが浮いていれば、クジラが海を泳ぎながら大量のオキアミを吸い込んで暮らすのと同じように、浮遊性の生物が生きていくことはできそうだ。これは地球のような環境では難しい(地球の大気は水と比べると密度も粘度も薄く、微生物らは空気の流れや動きに翻弄され、自分を浮遊させ続けることはできない)が、地球外惑星では成立する可能性がある。

たとえば、木星のような巨大ガス惑星の最も密度の高い大気中や、地球より小さくて重力が弱い惑星の大気中でなら、微小な生物は浮遊しつづけることができて、そのまわりに食物連鎖や生態系ができてくるかもしれない。しかし、この仮定にも問題はある。浮遊できるほど重力が小さい環境を想定すると、大気をとどめることができず、大気が宇宙に逃げていってしまうのだ。実際、重力が地球の3分の1の火星の大気の質量は地球の200分の1であり、これではとても浮き続ける生物は存在できないだろう。

木星型のガス惑星にはまだ希望があるともいえるが、ほとんどのガス惑星の大気は激しく乱れていて、生命の進化には適していなそうだ。

おわりに

と、ここまでの内容でまだ100ページ程度の内容をかいつまんで紹介しただけであり、ここから様々な考察が続く。たとえば地球の生物にみられる普遍的な特徴である「群れを作る習性」は、地球外生物にも生まれるのだろうか。地球外生命体はコミュニケーション能力を発達させるのか、させるとして、どのような手段をとるのか。

基本的に本書では生物は進化論に沿って考えていくわけだが、知的生命体が自己複製する人工生命体を宇宙にばらまいたとしたら、その機能や性質を予測できるか──など、後半に向かうにつれ壮大なスケールの話が展開していく。SFや地球外生命体好きな人にはたらまないだろうが、生物が好きな人も大いに満足させてくれるだろう。

*1:系はエネルギーが入ってこないと崩壊して無秩序になり、生命がひとつからふたつに増えればその分だけ空間を多く占める(増えない、もしくは不死の生命で宇宙が溢れない理由についての考察も本書では別途行われている)。