基本読書

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知中論 理不尽な国の7つの論理 (星海社新書) by 安田峰俊

面白かった。論点を7つに絞って、シンプルに歴史的背景から説明を重ねていくので読みやすくわかりやすい。キチガイのように見える相手の中にも、そう見えているだけで中にはまっとうな論理や、感情にいたるまでの経緯があるものだ。そうした部分を見ずに結果だけ見て反発しても実りあるものにはならないだろう。反中、反韓思想が書店でもご意見番と呼ばれそうな人達の中でも人気だが、相手には相手の事情や論理があるのだから、そうしたものをキチンと把握して、反論するならその上でやろうぜという非常にまっとうな本である。

やっぱり、事実関係の部分については知りやすくても、感情的な部分で中国人(中国はめちゃくちゃ多くて広いので、意見も知識階層、部族、居住地でばらばらだが)がどう考えているのか、歴史的にどのような経緯を持っているのか、あるいは死生観や宗教観的な部分での相違がどの程度あるのかといった部分についてはなかなか出てこない。一冊の中でそれらがひと通りまとまっているのが良かったな。

ちなみに7つの論点の内訳はというと……1.中国がここまで領土にこだわる理由、覇権主義的な姿勢をとる理由はなにか。2.尖閣諸島問題について。3.反日デモはなぜおきるのか、どういう性質で、今後も起きるのか。4.習近平は何者なのか。5.靖国参拝はなぜ非難されるのか。6.少数民族問題はなぜ激化しているのか。7.日本人はなぜ中国に腹が立つのか。といった感じになっている。主要な論点はだいたいまとまっているのではないか。

たとえば靖国問題を扱った章では、その根っこに横たわっているのは日本人と中国人の死生観の違いだという。日本人は歴史問題を認識し、学校でも教育を受けているが、死生観的には「相手が死んだら敵でも祀る」「結局はみんなしねばカミサマやホトケサマになる」というものだ。一方の中国では「個人の罪業やそれに対する後世の人々の憎悪は、当事者が死んでもなお半永久的に継続する」もので、この違いがキイになっているというのである。僕は靖国参拝は基本的に政治問題(脅してぶんどれるだけぶんどるから、脅す材料に使えるうちは脅し続ける)だと思っていたのでこういう価値観的な部分への注目は新鮮だった。

また尖閣諸島問題については著者が農村地帯を足でインタビューして回っていた時の話があり、これもローカルな話題で大変面白かった。尖閣諸島でにわかに問題が脚光をあびたのは日本の海保巡視船に突撃してきた漁船の船長が福建省南部の相当な田舎もんであり、このあたりの地域の田舎者は相当に喧嘩っ早く(喧嘩というレベルではなく)、村の威信が傷つけられたとなったら相手の村へ人数を集めて武力衝突をしかけにいくようなやつらの生息地帯なのだという。これはもちろん政府側の使い捨て鉄砲玉であることを否定するものではないが、まあそういう地域性のある船長なのだから次のようにも考えられる、となる。

日本の海保巡視船がやってきて、よくわからない言葉でガーガー言い出してうるさい。このまま引き下がってはメンツが立たない。この海は俺たちの海だ──。結果、「後のことはどうでもいい、ひとつ船をぶつけて男の根性見せてやれ」といった短絡的な決断がなされたとしても、そう怪しむには足らないのではないかと思われます。

尖閣諸島問題では、他にも歴史的、近代的な国際社会における契約プロセスにのっとっていない部分での「ここはもともと自分たちの海だった」という領土意識があることも明かされていて、周辺の人間が実際どのような感覚でもって尖閣諸島界隈を捉えているのかを知れてよい。この手の領土問題は尖閣にかぎらず、明確に線など引かれておらず、今だって別に物理的な何かがあるわけでもなく、ただ近代の論理と契約が縛っているだけなのでことの決着がつけにくい。お互い国家のメンツもあって引き下がれないポイントがあるわけであり、明確に線を引いてしまうより曖昧なままずっと棚上げにしておけばいいのにと思うこともあるが国民姿勢としてはなかなかそうも言っていられない状況が発生してしまうのはやるせないものがありますね。

けっ、それぐらい知ってるし自分で意見ももてるわい、というのでなければ、基礎教養として読んでおいて良い本ではないかと思った。ただ個人的に聞いた話や体験談から事例をひいてきている箇所がいくつかあり、そうした一例二例から推論して話を組み立てている部分もあるので(上記引用部の怪しむには足らないのではないかみたいな部分の箇所)、コレ一冊で中国事情を理解したというのはやめたほうがいいのは当然だ。それはこの本に限らずどんな本でもいえることである。

あと各章ごとに小話的な典型的な中国人家族(とその中に一人いる親日的な長男)を描いた漫画が載っていて、妹の女の子が可愛かったです(話も面白かったです)。

知中論 理不尽な国の7つの論理 (星海社新書)

知中論 理不尽な国の7つの論理 (星海社新書)