そこまで良い本だとは思わなかった。そのほとんどは将来実現しそう、あるいは既に実現していることが今後どのような展開をみせていくであろうかという技術のブレークスルーについてのざっくばらんな紹介であり、著者は個別事例について別に専門家でもない。深い分析があるわけでもない。わざわざこの本で広く浅い知識を得る必要があるかどうか疑問だ。楽観主義にもいろいろあるが、理屈がたいして積み上がっていない、どっかのノンフィクションで読んだであろう適当な知識で「未来は明るい」というような箇所がある。
本書で取り上げられているようなダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』やクリス・アンダーソンの『MAKERS』、リドレーの『繁栄』といった深く掘り下げられている本を読んだほうがいい。ただそうやって一冊一冊読んでいくのも大変ではあるし、大雑把に「今後未来を変えるであろうテクノロジーの数々」について把握するにはいい本だろう。興味がわけば、個別事例にわたっていけばいい。そして楽観主義的に未来を想像することには大きな利点がある(というか、悲観的であることの欠点か)。そこが本書の価値だ。
実際、なぜわざわざ紹介するのかといえば、僕も世界は確実に良い方向へ向かっていっているし、過去には絶対に戻りたくないと考えている意味では確かに楽観主義者だからだ。悲観的であることは、別に悪いわけではない。しかし悲観的であり過ぎることは害悪になる。現実を正しく観ることが出来ないなら、正しい進路もとりようがないし、楽観的な考えができないとそもそも自分の選択肢を狭めることになる(「飢餓」を救えるなどとは到底思えないだろうが、実際できることはいくらでもある)
悲観的な事実はいくらでも挙げることが出来る。津波は襲ってくるわ原子炉は爆発するわシリアで内戦は起こるわエジプトでクーデーターは起こるわ世界中で繰り返されるルール無用のサイバーウォーは過激化する一方だわ監視社会にどんどん近づいているし地球環境はやれ温暖化だやれ太陽の活動期間的にもうすぐ氷河期だのでお先真っ暗なだし石油はいつ枯渇すんだおらあといった感じだしそれ以前に人口が増えすぎて資源かっつかつやし資本主義も民主主義も特にうまくいっているわけではないわでなんか前途多難のような気がする! というかもうダメな気がする!!
がそれでもじゃあ100年前に戻れと言われたって絶対に嫌だと応えるだけの前進はしている! 考えても見ればいい。乳児死亡率は下がり続けているし、それにともなって世界の平均寿命は1900年の31歳から2010年には67歳にまで伸びている。海外旅行なんてほぼありえなかった数百年前の人から比べれば我々の移動距離はどれだけ伸びているだろう? その気になればひとっ飛びで日本の裏側までいける。アフリカの人口は10億人を超えるが携帯電話の普及は7億2千を超え普及率は74%を超える。
もちろん寿命だけではなく、教育の機会も医療の機会も、それに伴った収入発生の機会へのアクセスは比較的容易になっている。新しく進歩した技術は、既存の技術よりも優れている上に多様性を増しているのでさらにその進化を加速させる。iPS細胞が出たかと思ったらstap細胞が出てきたように、常にどこかでイノベーションは起こり続けていて、その速度は加速している。生き延びることに大方のエネルギーを使っておりそれ以外の何か、なりたい何かになれる可能性がある時代というのは考えてみればほんのつい最近のことで、情報へのアクセス権が自由にあることはさらにその状況を加速させるだろう。僕らは現状、100年前ではありえなかった「多様な選択肢」の中に生きている。
本書では教育、水、食料、エネルギー、医療といった「人間が平和に生きていくための下の段から上の段」までを総括的に「新しく立ち上がってきているテクノロジーがいかに現状を変えうるか」と事例を紹介していく。医療の分野では介護ロボットに移植可能な臓器を3Dプリンタで生成する技術。教育の分野ではゲーム性を取り込んだ「楽しくてやめられなくなるような教育」にいうまでもなくネットを使った大多数への動画講義。
「何を言ってんだこいつは」というようなものも、最初に書いたようにある。僕は正直いってゲーム性を取り組んだ教育がうまくいくとはとても思えないし(強制されたゲームなんか楽しくもなんともない。)*1、安全性も発電力も他と比べて段違いという第四世代原子炉にそこまで高望みするつもりもない。太陽光発電や風力発電は期待しているけど、実用可能なレベルにまで達するのがいったいどれだけかかるのかいまいちわからない。
仕事がどうにもこうにもなくなっていきそうだぞ、という時代の新しいモデルもわからないし多くの情報がクラウド上で統合されていった時にクラウドが何らかの理由でクラッシュ(サイバーウォーのせいかもしれないし、たんなる人為的ミスかもしれないし、地震のような災害かもしれない)した場合にいったいどんな被害が出るかもわからない。本書でもそれについては少し書かれているが、まるで不足である。
ようは未来には明るい側面もあるけれど、暗い側面もあるというそれだけの話なんだけど。暗い話題が多いから(良いことを見逃すよりも天敵の出現を見逃した場合の方がダメージがデカイ=即死、からこそ人間の認知機能はネガティブな要素を過剰に評価する)こそこうした本の意義もある。
楽観主義者の未来予測(上): テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする
- 作者: ピーター・H.ディアマンディス,スティーヴンコトラー,Peter H. Diamandis,Steven Kotler,熊谷玲美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/01/24
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楽観主義者の未来予測(下): テクノロジーの爆発的進化が世界を豊かにする (ハヤカワ・ノンフィクション)
- 作者: ピーター・H.ディアマンディス,スティーヴンコトラー,熊谷玲美
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/01/24
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*1:別に事例の紹介だけならいいんだけど、100年間も続いた工業化された教育モデルが支配した時代を振り返って、その次代がそれほど長く続いたのはなぜかと不思議に思うようになるだろうとまで書かれるとそこまで根拠のあるはなしか? と反発してしまう。