基本読書

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もし太陽フレアによって、全世界が長期の停電に陥ったら──『赤いオーロラの街で』

赤いオーロラの街で (ハヤカワ文庫JA)

赤いオーロラの街で (ハヤカワ文庫JA)

本書は、第五回SFコンテストで受賞はのがしたものの最終選考に残った長篇作品である。受賞した『コルヌトピア』、『構造素子』共に、違った方向へと目を向けた素晴らしい作品だっただけに、受賞は逃したとは言え刊行された本書にも期待しながら読み始めたのだけど、これがおそろしく地味な作品ながらもめっぽうおもしろい。
anond.hatelabo.jp
ちなみにはてなの人には上の記事を書いた人の本といったほうが伝わりやすいかもしれない(僕は本物なのかどうかはしらないが、小川一水さんも下記のようにツイッタで反応していたし本物なのではないだろうか。

簡単にあらすじとか

端的にいえば、太陽フレアが起こり全世界的な停電が起こった中で、どのような被害が起こるのかを復興へ向かう人々の姿と同時に淡々と描く、災害シミュレーション小説である。日本が沈没するというほどに致命的な出来事ではないが、電気が途絶え通信・交通網が数年単位で復活しないとなれば人々の生活には多大な影響が発生する。

本書はそのきっかけを、現実的な脅威(今後10年で巨大太陽嵐が起こる確率は12%)の太陽フレアに求め、舞台と登場人物を主に北海道の市民や居合わせたローカルな場に限定することで、しっかりと"市井の人々の目からみた復興"を描き出していく。

おっさんプログラマ香山秀行がテレワークの体験で北海道・知床の町を訪れ災害に巻き込まれていく冒頭部分は「じ、地味〜〜〜〜」と思ったものだ。ところが、読み進めていくうちに、太陽フレアがもたらす現実的な致命傷の数々であったり(太陽風による地磁気誘導電流によって、変電設備が軒並み使い物にならなくなり復興に数年を要するなど)、最初は単なる都合の良い舞台としか思っていなかった"北海道小説"としての書き込みであったりに惹き込まれ、あっとういまに読み切ってしまった。

最初が地味なのは当たり前で、政治家でもなく北海道に取り残されたしがないプログラマ目線なのだから最初は何が起こったのか何にもわからないのだ。太陽フレアによってどれ程のことが起こるのかもよくわかっていない。だがしばらく電気も通信もGPSも使えない状況で暮らすうちに、じんわりとそのヤバさが伝わってくる。

災害シミュレーション小説

農家に行ってみれば牛から授乳した乳を排水口に捨てている(工場も稼働していないし、毎日絞らないと乳房炎になってしまうから)。B型肝炎の患者は、薬が海外からの輸入品であるばかりに死活問題だ。といった太陽フレアによる直接的な被害やその結果としての状況を描きながら、少しずつ回復していくものも描かれていく。

停電発生から一ヶ月すると、各拠点に設置された無線を使って「交換手」を介することで仮の電話を使えるようになり、GPSが使えないが、代わりに天測航法を用いて船を運行し──と原始的な技術や方式を復活させて、徐々に復興を遂げてゆく。北海道だけではなく、都会は都会で大変で、インターネットは使えなくなっているし電気の復旧もまだまだなのでエレベータが使えない。そうすると高層マンションは住むのも通うのも無理だし、そもそも(使用する電力が莫大すぎて)電車が動かんので都会の生活はむしろ不便となり、田舎の実家や親族のもとへと疎開する人々が出てくる。

株取引についてもオンライン取引がすべて停止しているので再開が不可能で、資本主義が根本的に機能不全へと陥いり、他にも原発、国の防衛、闇市の発生など無数の側面から、"太陽フレア一発でこの世界がどうなってしまうのか"を表現してみせる。

そんな、科学技術の多くが使えなくなり、情報の伝達スピードが極端に落ち、いい加減な情報が蔓延するようになった状況で、香山はもはやできるかぎり正確性を保った知識の伝達を志すようになり──というのが本書の筋/テーマのひとつ。それは人々がその脅威にあまり目を向けていない状況で、あえて太陽フレア災害のシュミレート小説を書くことで脅威を伝えるという、本書/著者の姿勢にもつながっている。

北海道小説

北海道の農家の話を先に出したが、日本の(カロリーベース)食料自給率40%前後に対して北海道内では200%以上。火山の噴火で出来たカルデラ湖や津軽藩士殉難事件、アイヌや温泉などど、作中に北海道の文化や歴史を自然に折り込みつつ、そんな土地を果敢に切り開き生活を楽にしてきた人々の精神性や、現状ではどうやっても勝てない自然災害と、それでも自然を利用し生きてゆく人間のしたたかさを描いており、土地とテーマが結びついていてこれがまたうまい。

おわりに

とってつけたようなクライマックスなど、ドラマ部分はたいしてノレないのだけど、まあそこをガッツリ描きこむような作品でもあるまい。描写含め、全体的に十分満足できる一冊だ(素材が身近なものに寄っていることもあって、他のものがちゃんと書けるのか、そもそも書きたい気持ちがあるのかちょっとわからないが)。ちなみに解説は太陽研究で著名な宇宙物理学者の柴田一成氏が書いており、『本書で語られている太陽フレアや磁気嵐に関する解説は驚くほど正確である』とのお墨付き。