基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Ancillary Justice by AnnLeckie

いやーこれは面白かった。Kindle版がなかったから仕方なくペーパーバックでお風呂のお供にしてふやふやになるまでじりじりと読んだけど正解だった。先日こんな記事を書いたが⇒A Calculated Life by Anne Charnock - 基本読書 The Kitschies Golden Tentacle という賞を、『A calculated life』と『Ancillary Justice』は共にノミネートされており、これを受賞したのが本作『Ancillary Justice』になる。賞についてはよく知らないんだけど、どうもデビュー作限定の賞っぽいね。

先日円城塔氏がフィリップKディック賞の特別賞を受賞していたが円城塔さん、米SF文学賞特別賞を受賞:朝日新聞デジタル 『Ancillary Justice』も『A calculated life』も、候補作だった。円城塔氏の作品も含めて、この三作しか読んでいないけれど受賞はなっとくかな。『A calculated life』は面白いがすっきりまとまった良書で、『Ancillary Justice』はこれまた面白いんだけど三部作のうちの第一部という扱いなので一冊の完成度で考えると円城塔氏の作品がやはり飛び抜けている。

話を戻そう。From Nebula and Arthur C. Clarke Award nominated ということでノミネートされた賞の数だけでも、全般的に評価の高い一冊であることが窺える。ジャンルとしてはスペースオペラに近いのかな。遠方の惑星で独自の文化を発展させている帝国が舞台で、千を超える兵士の死体をリンクさせた人工知能で巨大なスターシップだったりいくつもの個体を持っている人工知能が一貫して語り手として登場する。

技法的なユニークさ

小説技術的にユニークなのが、人工知能で個体をいくつも従えているので全く別々の場所で同時進行していることを一人称視点なのに、三人称視点のように同時に見ることが出来るんだよね。

これには著者も自覚的で、ペーパーバック版の最後にはInterviewも収録されているんだけど真っ先にこのbreqというキャラクタの特異性に触れている。複数の場所で、複数の物語が進行する形式を適切に表現することが難しかったが、このやり方なら複数の事象を感情的に語らせることができるので非常にマッチしたのだという。複数の場所で事件が進行しつつそれが合流していくときのどきどき感はたしかに今まで味わったことがないもので、それだけでも読んだ価値が会ったと思うぐらい。*1

最終的にBreqはいくつもの個体と繋がっている状態を捨てざるを得なくなり、たったひとつの人間の身体をかかえて復讐の鬼と化す。復讐の相手はかつての自分と同様に、たくさんの身体を持ち、ほとんど不死であり、帝国の王なのだ。この絶望感! それだけでこの復讐劇の面白さもわかろうというもの。Breqが「私の目的はあいつを殺すことだ」といったときの、その絶望感。「無理だよ、だって相手は千体以上の個体を持ってるんだよ? 殺し尽くすなんて不可能だ」という常識的な反論さえも抑止力にならない復讐の炎!

しかし帝国の独裁者が何人もいてしかも死なないのだったら、有能である場合には、これって実にいいシステムだと思うなあ。ようは独裁者の問題点というのは、ほとんど後継者問題なのだ。いかに優秀なリーダーが一代にして改革を成し遂げても、その後継者がダメなやつだったら後に続かないという。だからこそマシな、平均的な手段として民主主義が産まれてきたのであって、死なない上に個体が千を超える数いれば市政にばらまいて声を聞くこともできるし良いシステムになりえる可能性がある。

大量虐殺をするひどい国ではあるのだから前提である「独裁者が有能であれば」というところは既に崩れていて、しかも複数体の人工知能をつかった全体監視システムを創りあげられるのだから何もかも終わってるんだけど。単なる絶望的に古臭い世界なのかといえばそういうわけでもなく、後に書くがジェンダーの区別がほとんどされていなかったりと先進的な面もみせる魅力的な国でもある。

舞台について

Radchという帝国が主な舞台になる。帝国であるから上に独裁的なトップがおり、近隣を縦横無尽に征服していく。古代ローマなどを参考にしたとInterviewでは語っているが、まさにそんなかんじ。人工知能にはいくつもの身体がリンクされているとさっき書いたが、そうした身体の元はこうした征服した場所におり奴隷化したやつらを空っぽにしたあとにつかっているようだ。本書のプロットには主に2つの軸があって、それらが十数ページごとに交互に書かれていくのだけど、1つめがこの征服中、複数体からなる人工知能が一体にまで減少して復讐を誓うようになるまでの物語である。

もう一個の軸が、いざ復讐を誓った(個体化してしまった)Breqの復讐の物語になって、後半でプロットは結合する。数千の人工知能体から個体への変異の過程が劇的で、アイデンティティに悩む人工知能の物語であり、面白いポイントだ。基本的には全部の個体は同じように感じ、同じように反応する。IとはWEのことであり、その逆も又然り。そのはずなんだけど身体自体は別々だから次第に考え方や反応が異なってきて、I=WEとは自明のものなのだろうか? と違和感に悩み、全体の意志と個々の意志がちぐはぐな状態になってくる。

意識と身体は分けられるものだろうか?

これはそのまま「私とはいったいなんなのだろうか」という個人のアイデンティティをめぐる問題に直結してくる。これはSFでは珍しい問いかけではない。が、問いかけている対象がただの人工知能ではなく、いくつもの身体を有する人工知能であると話は別だ。本書の宣伝文句にも使われているSF作家のJohn Scalziは自身のレビューの中でこの点について特にくいついている。The Big Idea: Ann Leckie | Whatever

John Scalziの主張は明確で、ようは人間の身体と精神は不可分のものなのであるというものだ。これはある人が意識だけを別の人にうつして、うんうん、あそこに自分がいるぞ! と冷静に認識して、また元に戻して……ということは不可能だとする考えになる。まあ、わからなくはない。我々の感覚、認識、趣味趣向はすべて身体の影響を受けて、生物学的な脳と直結して、そこからの反応で意識的なものが産まれているから、それらを容易に切り離せると言われても「そうかなあ?」としかいいようがない

その問いかけ自体はJohn Scalziが思いついた時点で唯一の物ではなかったが、しかしもっとも基本的な問いかけの一つだったと書いている。『These weren’t the only things I came up with, when I asked myself what about this story interested me. But it was one of the first, one of the most basic questions. 』 身体と意識が別物なのではなく、一体化しているものなのだという主張派の、本作は面白い回答の一つだと思う。「身体」、というよりかはその個体が経験してきた各種事項によって「区別」が生まれ、「わたしたち」とは異なる「わたし」が生まれてしまったわけだから。

このことに気がついていく、テーマ性とプロットが相互に関連しあって盛り上がっていくクライマックスは見事の一言だ。デビュー作とは思えないぐらい技巧的なんだよなあ。

ジェンダーについて

この小説にHeは一度も出てこなかったと思う。人間はすべてSheとして表現されている。それは男がいない世界だからというよりかは、性別は常に曖昧なものとして表現されているからだ。性行為抜きで繁殖することができるが、性行為自体はジェンダーに関係がなく行われている。これ、全てsheだからといって性別がまったくないということではなさそうで、maleだと告白したキャラクタに対してもsheの人称が使われる。あんまり英語が得意じゃないから最初意味がよくわからなかったよ。あれ、こいつは男なんだっけ? 女なんだっけ?? と。

このように小説を読むときに男だか女だかといったことは常に意識させられてしまうものだが、本作ではそれをあえて外しにかかっている。たとえば最初、雪の中からSeivardenをBreqが救出する。もちろんSeivardenは女性であるべきだし、Breqはそれを救うヒーロー、男性であるべきだと、これまでの物語の文脈からすれば、誰もがそう思うはずだ。しかしBreqはSheと呼称されるし、Seivarden はその後自分はmaleだと告白する(しかし人称は一貫してShe)。

この奇妙な性別における表現は強い違和感となって残る。実際の性別がよくわからなくて小骨が刺さったような嫌な感じが残るのだが、読者とのフォーラムの中で各キャラクタの生物学上の性別について著者自身から答えが出されているので興味があれば見るがよろしい。⇒Author Ann Leckie is here to talk to you about Ancillary Justice ただし、Breqのような複合的な人工知性体からの派生は当然ながら性別という概念は持たないし、そもそも社会的に性別の区別をつけないので「あまり深く追究しない」のが本来の読み方なのだろう。

ジェンダーの不鮮明さからそれが恋愛モノに陥らずに信頼関係だか、擬似的な恋愛関係だかよくわからないところにとどまっている奇妙さもまたよかった。性別における区別がまったくない世界というのを、人称を統一することだけで強烈に表現しているのだからよく考えたものだ。とにかく旧来からの役割と性別の感覚を持ったまま読み進めると不思議な読書感覚を味わうことになるだろう。

こうした不可解な事象、違和感をもたらす視点、認識が次第に「そういうものもありかな」と新たな視点として自分の中に定着していくのは、『闇の左手』なんかでル・グインが試みた一種のジェンダーSFとしての感覚に近いものがある。性差別に関しては日本はまだまだ後進国だが、アメリカでも十全の状況ではない。本当に性別の区別がなくなった社会、誰しもがそうしたことを気にしない社会とはどういうものなのかを、本作は端的に教えてくれる。

Ancillary Justice (Imperial Radch)

Ancillary Justice (Imperial Radch)

翻訳版でたよ〜
叛逆航路 (創元SF文庫)

叛逆航路 (創元SF文庫)

*1:まあそのせいで人工知能の癖にやけに感情たっぷりな人間としてのキャラクタになってしまったがその辺にも一応理由付けはされている。