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予測精度の向上が、ビジネス戦略に破壊的な転換をもたらす──『予測マシンの世紀 AIが駆動する新たな経済』

予測マシンの世紀―ーAIが駆動する新たな経済

予測マシンの世紀―ーAIが駆動する新たな経済

  • 作者: アジェイアグラワル,ジョシュアガンズ,アヴィゴールドファーブ,小坂恵理
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2019/02/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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人工知能の発展・普及のすさまじい昨今だが、すっかりバズワード化してしまって「ここでいう人工知能って何を指しているわけ??」がわかりづらいケースも増えてきてしまっている。そんな中にあって本書は、「人工知能」と言われているものの多くが実際には「何を」提供しているのかを、より解像度をあげて解説している。

たとえば、人工知能とはいっても実際にはそれらは「知能」そのものではない点。また、現在の人工知能と呼ばれているものの多くが提供しているのが、知能の重要な構成要素のうちのひとつ、「予測」であることに焦点をあて、それらが個別具体的にビジネスにどのような影響を与えるのか、どのような思考とデータを必要としているのかを描写していく一冊になる。著者はトロント大学ロットマン経営大学院の教授である三人で、創造的破壊ラボというスタートアップ支援を行っている人たちだ。

不確実性やそれが意思決定にとって持つ意味を理解する際には、経済学を利用するのが常套手段だ。予測の精度が上がれば不確実性は減少する。ならばAIはビジネス上の決断においてどんな意味を持つのか、本書では経済学を使って解説していきたい。

予測が安くなった世界

というわけでここからはもう少し詳細な内容紹介に入ろう。

まず重点を置いて繰り返し説明されるのは、人工知能が提供しているものの多くは「知能」ではなく「予測」であるということ。予測とは具体的に何かといえば、天気を予測する、株価を予測する、あのヒトの行動を予測する、といったように既存のデータを元に未知の情報を埋め合わせていくプロセスのことである。AIはこれを様々な手法で行う(クラシフィケーション、クラスタリング、ディープラーニング、ベイズ推定などなど)が、結局のところどの手法も「予測」していることに違いはない。

需要予測や在庫管理など、AI以前から統計を用いた予測は行われていたが、今はそうした各手法の発展によって予測のコストが劇的に下がり、精度は上がり、これまでは予測しようがなかった分野にまで用いられるようになってきている。おもしろいのが、「予測の精度がある閾値を超えると、ビジネス戦略が根底から変わる」という指摘だ。たとえば、アマゾンのレコメンド機能の精度は高いとはいえない(実際に欲しいものを勧めてくる割合は、現状5%程だという)。しかし、その精度が90%を超えたらどうだろうか? その時、それはただのレコメンド機能の枠を超えている。

たとえば、90%以上の割合で相手が欲しいものが予測できるのであれば、本人がそれを購入するというアクションを押す前に、予測された時点で先に送ってしまえばいい。90%程度の精度だと、10回に1回は「こんなんいらんわ」と拒否されるケースもあるだろうが、その場合は1週間に1回返送用トラックを向かわせるフローを作り上げればいい。大きなコストがかかるだろうが、それ以上の利益があれば問題はない。

アマゾンにとっては顧客の囲い込みに繋がり、顧客にとっては買うという意思表示もなく欲しいものを手に入れられるようになる。「そんなのは妄想だろう」と思うかもしれないが、実際にアマゾンは2013年には「予測発送」の特許を取得している。ここでは超大企業であるアマゾンを例にとったが、予測マシンの精度向上がもたらすビジネス戦略の転換はあらゆる業界で起こると想定したほうがいいだろう。

どのような形の分業が、最高のパフォーマンスの発揮に繋がるか

読んでいて興味深かったのが分業についての章。人工知能絡みの議論では「人間の仕事を人工知能が奪うのか?」的な問いかけが立てられることがあるが、実際にはまだまだ人工知能は完全な人間の知能の代替にはなりえないから、奪うか/奪わないかで考えてもしょうがない。今考えるべきは、「人間と予測マシンはどのように分業することで最高のパフォーマンスを発揮できるのか?」という新しい分業の形だろう。

予測マシンの長所として挙げられるのは、人間とは比較にならないほどの規模でスケールさせられること、何度同じ作業を繰り返させても精度が下がらないところにある。逆に、例外的なケースに対処するのは苦手で、こちらは人間の臨機応変な対応能力に軍配が上がる。そうすると必然的に、例外的な状況には人間が対処し、そうでないときは予測マシンが対処するという分業の形をとることが多くなると考えられる。

たとえば、ガラス上の組織片を分析し、転移性乳がんの発見を競うコンテストがあり、ディープラーニングアルゴリズムの予測の正しさは92.5%、人間の病理学者の予測の正しさは96.6%だった。それだけみるとディープラーニングもまだまだだな、という感じだが、この両者の予測を組み合わせると、人間のエラー率は3.4%から0.5%にまで減少する。これは、人間はガンが見つかったと判断した時の正答率は高く、逆にAIはガンが見つからないという見立ての正答率が高かったからで、人間はAIの予測を自分の参考材料とすることで、予測の精度を上げることができるのだ。

おわりに

このあと本書では、人間が「決断を下す」という時、具体的にそこではどのようなフローが行われているのかをより詳細に掘り下げ、そのどの部分を予測マシンが代替できるかを説明し、最終的には経営層はAIをビジネス戦略の転回に活かす時、どこに焦点をあてて考えてゆけばよいのかまで網羅していくことになる。

これから先予測マシンがビジネスを次々と変えてゆく中にあって、「予測マシンは何が得意で、何が不得意で、十全に働かせるためにはどんな準備をすればいいのか」という基本のキが網羅されている一冊なので、まずビジネス戦略を考える経営者層には読んでもらいたい本である。同時に、著者らの経歴(創造的破壊ラボ)から繰り出される豊富なAI関連スタートアップのビジネス×AIの具体例と合わせて、予測マシンについての好奇心を持つ人であれば、だれにとってもおもしろい一冊だ。

人工知能まわりの話ではないがしろにされがちな印象のある、「データ収集の難しさと、どのようなタイプのデータを集めればいいのか(訓練用データと、予測を行うための入力データと、予測の精度を改善するためのフィードバックデータなど)」といったデータについても一章分割いてくれているのが好印象だった。