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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

二十一世紀の宇宙海賊──『ラグランジュ・ミッション』

SF

ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)

ラグランジュ・ミッション (ハヤカワ文庫SF)

もう何百年も前から海賊という存在はいるが、果たしてこの先こいつらがいなくなることなんてあるのだろうか──それこそ、宇宙を舞台に駆け巡るフィクション上の存在であった「宇宙海賊」が実際に実現したりすることはあるんだろうか。本書を読んでいると、たぶんいつになってもそれはいるし、海賊という名前は変わるかもしれないが「宇宙海賊」的な現象は発生するのだろうと実感からして体験させてくれる。

というわけで『ラグランジュ・ミッション』である。これは邦題で、原題は「CORSAIR」、まあようは海賊ですな。シンプルな題だが、2030年の近未来を舞台に実際に「宇宙海賊」をやっている男を描いてみせる長編小説だからまったく的を外してはいない。もちろんこれまで「宇宙海賊」はさまざまな形で描かれてきた。アニメ化もした笹本祐一『ミニスカ宇宙海賊』は有名だろうし、神林長平『敵は海賊』シリーズはSFで海賊といえばこれを思い浮かべる人も多いだろう。

ようはたくさん作品があるわけだが、本書の特異性といえばやはり近未来を舞台にしているだけあって「現代に説得力の有る宇宙海賊」を描き出そうとしているところにある。宇宙で海賊行為をするということは、何者かを襲って、何かを奪わなければならない。宇宙から「何を」盗むことに妥当性があるのか? 「どうやれば」盗むことが可能になるのか? それは「どこで」行われるのか? と、一つ一つの問いかけにたいして丁寧に答えが用意され、サスペンスの舞台が整えられていく。

何を、どこで、どうやって

まず、「何を」盗むのかの部分だが、それは月の「ヘリウム3」だ。石油はもはや主要エネルギー源としての立ち位置を失い、核融合炉用のヘリウム3を月から採取することが、地球で採掘するよりも効率がいい(利益が出る)として重宝されている。当然採掘したヘリウム3は一から十まで宇宙船にドッキングされて地球まで運ばれるのではなく、地球へと落とされる。宇宙海賊キャプテン・ブラックはそんなヘリウム3が入った貨物ユニットをハッキングし、強制的に投下地点を変更してみせる。

 最初にヘリウム貨物を盗んだときは、ハッキングのみの方法だった。地上からの接続を遮断して、海賊の持つ投下ゾーンへ進路変更させた。(……)
 二回目は初めて宇宙へ出た。落ちてくるヘリウム貨物に探査機が速度をあわせてとりつき、力ずくで進路を変更した。
 最後の三回目は、それまでの二回の手法の組み合わせだった。物理的にとりついてから、貨物ユニットの制御系に電磁攻撃をしかけた。

こうした宇宙での事業を28歳有能ハッカーであるところのキャプテン・ブラックは地上(タイのホテルだったり)で行う。通信が繋がっていればいいので、宇宙に行く必要などどこにもないのだ。全編を通して彼の仕事場が宇宙になることはないので、トラブルが起ころうが襲われようがなんだろうが、舞台はずっと地上で進行する。そのおかげで、宇宙海賊を真面目に描こうとするド直球にSFなコンセプトにもかかわらず、近未来のサスペンス/テクノスリラーな雰囲気になっているのがおもしろい。

宇宙海賊といえば、宇宙船をかって他所の船に乗り込んでいくイメージが強いところを裏切られた形になるが、他に大きく裏切られたといえば「宇宙海賊とはかっこいいもの」というイメージだろうか。少なくとも僕が読んだ宇宙海賊はみな堂々としたかっこいいものだったが、本書の宇宙海賊キャプテン・ブラック君は若い時から法をバカにして自動運転モードで走っている車をハッキングして売り払ったりドローンを乗っ取ったりと小賢しい犯罪を悪びれずにやっている、情けないやつである。

成長して28になっても傾向はかわらず、宇宙海賊を自称していたり宇宙一の大悪党を目指していたりとなかなかに痛い。でも天才的な技術屋というのはえてしてそういうものかもしれないと思う。不自由や縛りを嫌い、いつまでもどこかに子どもっぽさを残している。キャプテン・ブラックは先に引用した三回の仕事のあと、人生へのメリハリともちろん莫大な金と保証を求めて四回目の大きな仕事にとりかかるわけだが、その仕事中に彼は依頼主からの束縛を嫌い大きな問題を引き起こすことになる。

海賊とは

物語はそんなキャプテン・ブラックの第四回目の略奪ミッションと、それを阻止しようと画策を続ける米国空軍大尉のエリザベスを交互に往復する形で展開する。はたして、第四回目のミッションは成功するのか、それはどのような方法なのか、エリザベスはその計画を阻止することができるのか──というサスペンスだ。

それと同時に描かれていくのは、「海賊行為」の意味すること。海賊と一言でいっても、それは海だったり宇宙だったりで行われるだけではない。たとえばネットで不正に手に入れられるソフトなどを「海賊版」と称するように、海賊行為はそこら中にころがっている。これを抽象的に定義するとなれば、ルールの外側からの攻撃、ということになるだろうか(これだと犯罪者全部そうだろという話になるが)。

世界は規格化を推し進める。国ができれば中には法令ができ、ルールができ、国境ができ、国境ができれば侵犯という罪が生まれる。これは国境だけではなく、新しい場所、新しいシステムが生まれる場所ではお決まりのプロセスだ。たとえば電波という新しいメディアが規格化されると、そこから排除された人々による非正規の放送、海賊放送が現れる。ルールの徹底、取り締まりがより過激化すればなくなっていくが、そうした徹底化には施行されるまでのタイムラグ(あるいは対策利益に見合わないと放置される)がある。そういう場所に海賊は組織化されて現れるのである。

果たして、ヘリウム3を燃料用に採掘にいくのが現実的に考えてコストに見合う利益を生み出すのか──? というあたりはまあおいておくにしても、「月が誰のテリトリーなのか」がまだ決定的には定まっていない、この2030年という移行期に「宇宙海賊が出現する」という筋書き自体には、僕はおおいに納得感を覚えた。

そのやり方もまた、スマートなものだし。

「おれは前回のミッションをタイの高級ホテルからやった。もう二十世紀じゃないんだぜ。全員を1ヶ所に集めて、エンタープライズ号のブリッジみたいなでかいスクリーンを見ながら管制する時代じゃないだろう」
「安全のためだ」
「だったらますます一ヶ所に集めないほうがいい。ここを襲撃してくださいって看板を出すようなもんだ。時代は分散だよ。人ごみにまぎれ、痕跡を残さない」

ちとキャプテン・ブラックに対抗するエリザベス側の描写が弱いけど、途中からの展開を思うとそれもまたいたし方なし。あと、もう少しテクニカルな描写が多かったら「藤井太洋(オービタル・クラウド)や小川一水(第六大陸)に匹敵する傑作!!」ぐらい推せるかと思ったけど、そこまでではない。ただ、スリルあり、何からなにまで自動化された世界へ危険を告発する啓発性あり、二十一世紀ならではの宇宙海賊を描こうとする気概(新規性ともいえるか)ありとなかなかの水準にある近未来スリラーだ。

最後になってしまったけれど、著者のジェイムズ・L・キャンビアスはこれが本邦初訳で作品としては第二長篇になる。第一長篇は「A Darkling Sea」でこれは厚い氷の下で暮らす異星人とのファースト・コンタクト物らしい。二作目はつまり、随分と方向性を変えてきたわけだ。一作目の翻訳が進んでいるのかどうかわからないが、次に何が飛び出してくるかわからない面白さがあるので今後の作品もたのしみである。