基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

世代別SF作家ガイドが嬉しい、ベストSF2015──『SFが読みたい! 2016年版』

SFが読みたい!  2016年版

SFが読みたい! 2016年版

毎年恒例のSFが読みたい! の2016年版が出ました。

僕はSFマガジンで海外SFのブックガイドを担当していることからこの読みたい! では海外SFベスト20の解説と総括、それからランク外の注目作品について書いています。どれもおもしろさの方向性が違うので「これだけは読んどけ」というのはないのだけど(あるけど)、僕の簡単な解説もけっこう分量が(1万文字ぐらい)あるので、何か適当に読む本を選ぼうかなと思う人は読んでみてね。

さて、では内容の話にうつりたいところなんだけれども、ランキングを1から10までここでバラしてしまうのもおもしろくないので、未読の人でそのへん気になる人は本屋でぱら見したり買ったり、あるいはネットで検索してくださいな。とはいえまったく何も明かさないと話がはじまらないので、僕が隠したところですでに知れ渡っていそうな海外編と国内編の一位だけはバラしてしまう。それ以外は話に出してもランキング何位かは伏せておくようにしましょうか。

海外篇のランキング一位

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

というわけで海外編のランキング一位はケン・リュウ『紙の動物園』! 日本オリジナル編集の第一短篇集でありながらその高い完成度に、一人の作家の振れ幅の広さを感じさせる短篇セレクションと一冊の本として群を抜いた出来。本として出る前からSFマガジンに幾度か短篇が掲載され、その高い実力は知れ渡っていたけれども、出てみたら他の短篇もみんな同じ水準でおもしろく驚いたのをよく覚えている。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
結果的には二位の作品から200ポイント以上離して一位で、多くの人が少なくとも2015年の話題性としては納得したのではないだろうか。ベースにあるのは中国生まれの作家であることも関係してか表題作「紙の動物園」を筆頭に家族、親子が軸になった短篇が多く、題材からしてより幅広く普及していく作品であったことも関係しているのだろう。芸人であり芥川賞作家でもある又吉直樹さんにテレビでオススメされたのも大きい。

日本篇のランキング一位

エピローグ

エピローグ

日本篇のランキング一位は円城塔『エピローグ』。2011年『これはペンです』、2012年『屍者の帝国』、そして2015年に『エピローグ』と、円城塔作品におけるこの5年のランキング一位率が半端ない。日本SFのトップは円城塔なのか! といえば、こっちは2位とわずか2ポイント差での1位であり、偶然にも支えられいるが、どちらが優れているという話ではなくどっちも面白いよという話である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
本作は一言で言えば「ここは、確率という考え方が存在する確率さえ無効になっている場所です。思考がそのまま法則になりうるような場所です。」というように何でもありな宇宙を舞台に何がなんだかよくわからない相手や何がなんだかよくわからない世界の仕組みを相手に、何がなんだかよくわからないことを繰り返してどこかへたどり着いてみせる。無茶だが、それを確固とした理屈が支えており、壮大なホラ話を巨大な建築物に仕立てあげている。

冬木糸一が選んだランキング投票

投票を行っておりそこで僕もランキングを投げている。正直、海外SFは全部読んでいるし日本SFもけっこう読んでいるので五作に絞り込むのは基準を設けなければ不可能である。というわけで自分ルールとして「絶対に外せない作品を二つ」「ランキングには入るだろうけど順位がよめない作品を一つ」「SF読者への知名度が低くあまり投票されそうにない作品を二つ」選ぶという感じで順位を割り振って選んだ。

まず日本篇だが、①『エピローグ』円城塔、②『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アークPART2』小川一水、③『太陽・惑星』上田岳弘、④『マレ・サカチのたったひとつの贈物』王城夕紀、⑤『伊藤計劃トリビュート』をそれぞれ選んだ。先の基準で言えば①は絶対外せない作品、②はシリーズ物の途中ではあるが、あまりにも好きすぎて入れないわけにはいかない作品、③④が「あまり投票されそうにない作品」になる。

⑤はランキングには入るだろうけど順位がよめない作品ということだ。基準を設けずに選んでいたら牧野修『月世界小説』、宮内悠介『エクソダス症候群』、梶尾真治『怨讐星域』が入ったであろう。怨讐星域を除いて記事を書いているので興味があれば検索してみてください。

マレ・サカチのたったひとつの贈物

マレ・サカチのたったひとつの贈物

一押しなのは『マレ・サカチのたったひとつの贈物』*1。読みやすく、驚愕のラストまで一気に突っ走ってくれるので読んでもらいたいものだなあ。あと、この年は『ニルヤの島』の柴田勝家さんや『母になる、石の礫で』の倉田タカシさんなどが揃ってデビューしたのも印象深い。実はいちばん楽しんだのは二人と同時デビューである神々廻楽市さんの『雅龍天晴』なのだが、二巻はまだかしらん……。
エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

海外篇は①『エンジェルメイカー』ニック・ハーカウェイ、②『紙の動物園』ケン・リュウ、③『ゼンデギ』グレッグ・イーガン、④《サザーン・リーチ》ジェフ・ヴァンダミア、⑤『ブロの道』。先の基準で言えば①⑤が「あまり投票されそうにない作品」、②③が「絶対外せない作品」、④が「ランキングがよめない作品」に該当する。紙の動物園を一位にしたと思い込んでいたが今みたらエンジェルメイカーが一位で「これで良かったんだろうか……」と若干焦ってしまったが、まあそれぐらい個人的に思い入れの強い作品であった(20位以内に入っててよかったなあ)。

ソローキンの『ブロの道』も僕としては年間ベストにしたいぐらいめちゃくちゃおもしろい作品なんだが、あまりにも理屈からかけはなれた作品で、おすすめしづらい。SFと言い張るのも結構大変だ。基準を設けずに選んだらパオロ・バチガルピ『神の水』、スタニスワフ・レム『短篇ベスト10』、ジョン・ヴァーリイ『汝、コンピュータの夢』あたりをなんとか入れたかったなあという気持ちがある。特に『神の水』はバチカルピ作品の中でも群を抜いて好きなだけに入れられなかったのが惜しい。

海外SFの今年の特徴といえば、ランキング20位までを見渡すとレムやヴァーリイ、ホジスンやオールディス、ディレイニーにジーン・ウルフと古典(という表現もおかしいのだが)の力強さみたいなのを感じたか。ヴァーリイは2016年もまだ八世界全短篇の2が出るし、マイクル・コーニイの『ブロントメク!』も出るし。

ヤングアダルトとか

ヤング・アダルト系やミリタリSFはランキングでは弱い。おもしろいものはたくさんあるんだけど。2016年版には中の人緊急対談!(いったいなにが緊急なんだ……) としてヤングアダルトSFについて早川書房と東京創元社のくらりさんが対談してらっしゃる。早川書房Tさんは『レッド・ライジング』を推して、東京創元社Iさんは『100%月世界少年』を推している。

時を紡ぐ少女 (創元SF文庫)

時を紡ぐ少女 (創元SF文庫)

僕のオススメは対談で挙げられている二つを除外するなら、子どもが全員男女の双子で生まれ、どちらかが死ぬとその片割れも死んでしまう特殊な社会を描いた『アルファ/オメガ』がいい。これ、オメガ側はほとんどの場合体に欠損があってそのせいで社会構造的にアルファから虐げられているんだけど、殺すとアルファも死んじゃうから殺せないんだよね。そんな世界ならではの社会構造と、覆し方がSF的でおもしろい作品。いちおう核戦争から400年後というポスト・アポカリプス物でもある。

東京創元社でオススメをあげると『時を紡ぐ少女』で、繊維で構成された世界を舞台に、世界を織ることで気候や食料生産を制御する刺繍娘を描いている幻想的な長篇。この設定だと「ファンタジーなのかな?」という感じだけど、タイトル通り主人公は織ることで時さえも制御してみる女性版承太郎で後半になるとこの世界の真実の一端が明かされていき「ああ、これはSFですわ」って展開になるのがおもしろい。

ミリタリではシリーズが完結した『孤児たちの軍隊5』と、元軍人が書いたデビュー作で迫真の戦場描写が魅力のマルコ・クロウス『宇宙兵志願』をオススメしときます。

世代別SF作家ガイド111

世代別SF作家ガイド111は2016年版の特別企画。ちなみに2012年版は21世紀SF必読書ガイド100、2013年版は作家別日本SF最新ブックガイド150、2014年版はSFで読み解く2013年、2015年版はベストSF1990〜2013一挙掲載。もっと前からSFが読みたいは有るわけだけど、世代別の作家ガイドという切り口は新しいか。

デビュー年を基準として第1世代が1960年代。第6の2010年代まで10年刻みで現役SF作家を分けている。海外作家は邦訳年がデビュー年に設定されているので違和感もあるが、海外も日本も同時に並んでいるので「ここがそういう世代なのか」だったり「その世代の傾向」が場合によっては一目でわかっておもしろい。ジーン・ウルフと筒井康隆が上下で並んでたり。

第6世代作家は時代を反映してか作風が大きく異なる人ばかりでこれからが楽しみだ。ジャンル・フィクションも先鋭化がはかられていく傾向があるように思う。2010年代はともかく、2020年代はジャンル・フィクションの在り方、読まれ方も今とは有り様が一変しているかもしれない(在り方、読まれ方が変わっていかない年なんかないだろといえばその通りだが)。

*1:最初間違えてデビュー作と表記してましたがデビュー作は『天盆』になります。ご指摘感謝