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ゲーム好きにはたまらんゲームSF傑作選──『スタートボタンを押してください』

スタートボタンを押してください (ゲームSF傑作選) (創元SF文庫)

スタートボタンを押してください (ゲームSF傑作選) (創元SF文庫)

  • 作者: ケン・リュウ,桜坂洋,アンディ・ウィアー,アーネスト・クライン,ヒュー・ハウイー,コリイ・ドクトロウ,チャールズ・ユウ,ダニエル・H・ウィルソン,チャーリー・ジェーン・アンダース,ホリー・ブラック,ショーナン・マグワイア,デヴィッド・バー・カートリー,ミッキー・ニールソン,ジョン・ジョゼフ・アダムズ,緒賀岳志,米光一成,中原尚哉,古沢嘉通
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/03/12
  • メディア: 文庫
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小説を読むのも好きだがゲームをやるのも大好きだ。受動的に一本の道を読み進めていくのと、自分自身の手で操作し、分岐なしの一本道であっても自分が思うままに進めていくのとではその体験は大きく違ったものになる(別にゲームは物語があるものだけではないが)。というわけで『スタートボタンを押してください (ゲームSF傑作選) 』はそんなゲームを題材にした海外SF短篇が集められた傑作選だ。

日本オリジナル編集なのかと思ったら、原著『PRESS START TO PLAY』の26篇から12篇をよりすぐった精選版ということらしい。序文は『ゲームウォーズ』のアーネスト・クライン、作家陣には桜坂洋、チャールズ・ユウ、ヒュー・ハウイー、アンディ・ウィアー、ケン・リュウなど日本でもよく知られている作家らに加えてこれまで本邦では一度も翻訳されたことのない作家も多数登場している。コリイ・ドクトロウ「アンダのゲーム」以外は全部本邦初訳・初出で、今時貴重な一冊でもある。

ざっと紹介していく。

そんなわけで12篇もあるので目についたやつをざっと紹介していこうと思うが、トップバッターは桜坂洋「リスポーン」。こんな作品どっかに発表されてたっけ? と思ったら原書のために書き下ろされた作品で本邦初紹介らしい。桜坂さんは『スラムオンライン』や、ゲーム的にループを繰り返す『All You Need Is Kill』など、ゲーム的な作品を数多く書いてきた作家だが今回は系統としてはAYNIK寄り。

語り手の男は深夜の牛丼チェーン店でひとりぼっちで仕事をしていたら突如強盗に押し入られてしまい、その後別の客によって止められそうになり逆上した強盗に頸動脈を切られて死んでしまう──。AYNIKならここでちょっと時間が巻き戻るところだがこれは「リスポーン」であり、死んだはずの「おれ」はなぜか意識が自分を殺した強盗へと乗り移って、犯人なのでそのまま警察に捕まり刑務所へと連行されてしまう。

その後彼は自分がどんな形で死んでもまた近くにいる別の誰かにリスポーンするだけであることを発見してしまうが──明確なゴールもなく、死もなく、人から人へと移り渡るだけの存在になった彼が最後に望むことはなんなのか。具体的な”ゲーム”こそ出てこないものの、ゲーム的事象を現実に置き換えその追求を書いている点が抜群におもしろい。オチもきっちり決まっており文句なしの快作だ。

続いて、彼氏がMMORPGにはまり込み、ゲームと私どっちが大事なのと問い詰めた結果、最終的にゲームを選ばれてしまった女の子が奮闘するデヴィッド・バー・カートリー「救助よろ」。別れたのち、彼女は彼と連絡を取ろうとしてゲームにログインするのだが、彼は自分の救助を求め、彼女の世界はゲームと現実が入り交じった状態へと変質していく。好みではないが、MMO廃人と化した人間と話をするにはゲームにログインするのがてっとり早いというあるあるネタがおもしろくてわりと好き。

まだネットの友人は本当の友人ではないとする風潮が濃い時代に、面識のないネット友人の葬式へと友人たちが集い、彼が作ったテキストアドベンチャーゲームをプレイするうちに死の真相を知ってゆく。シンプルながらもテキストアドベンチャーのおもしろさが十全に発揮されたホリー・ブラック「1アップ」。衛星基地で資源採集行動を行うだけの単純なNPCだった男が、とあるきっかけにより決められたルーチンを逸脱する行動をとるようになっていき──NPCが主体的な行動をとっていくさまを本人の一人称視点で描き出した特異な小説であるチャールズ・ユウ「NPC」

FPSゲーム開発会社に勤めたいと思っているFPSゲーマーが、大好きなゲーム『リコイル!』のαテストに会社で熱中しているうちになぜか会社に特殊部隊のような武器を持った男たちが入ってきて──なミッキー・ニールソン「リコイル!」は、FPSゲーマーが実際に銃器を持ったとしてもいきなりベテランの兵士のように活躍するありがちな話かと思いきや、ラストは一捻りし、描写も凝っていてうまい。

ヒュー・ハウイー「キャラクター選択」は産休中の「わたし」が夫のFPSゲームをプレイしていたら後ろからここはあーしろこーしろと口うるさくプレイ・スタイルに口出ししてくるが、断固として自分の特異なプレイスタイルを貫く話で、「こうやって自分のプレイスタイルを押し付けてくるやつマジでウゼーよな」と共感させてくれる。オチは収録順も相まって「はいはい」という感じではあるのだけど。

凄腕の女バウンティ・ハンターが苦労して捕まえた男のテキストアドベンチャーゲームをプレイさせられることで、彼の持つ秘密を知りそこに深い共感を抱き、さらには自分自身の秘密を知ってゆくケン・リュウ「時計じかけの兵隊」。最初宇宙を股にかけるバウンティ・ハンターの女とか意識を持つドロイドなどの未来設定とテキストアドベンチャーの組み合わせが突拍子もなさすぎてうまく飲み込めなかったが、ゲームという”選択”をもたらす形式ならではの物語であり、何の苦労もなくドロイドに意識を持たせることができるのに、それをドロイドを奴隷にし続けるためにやらないのは罪なのではないかという問いかけなど、SF的にもおもしろい面も多々ある。

おわりに

MMORPGにテキストアドベンチャーにFPSにRPGに……と読んでいるとやっぱりゲームはいいなあと思えてくる。ゲームを取り巻く状況はこの10年、20年でめまぐるしく変わっているので(子供の遊びだった時代から、大人もみんなやるようになったり)発表年代によっては若干価値観的に古いなと思うところもあるんだけど、それを考慮に入れたとしてもゲームの発想をうまく取り入れた作品が揃っている。

欲を言えばゲームの幅がもっと広かったら良かったなーと思うところではある(未収録の方にありそうだけど、特に調べていない)。たとえば、デジタル・ゲーム系だけではなくボドゲ・TRPG系も欲しかったし、盤上遊戯系も面白くできそうだし。また、このテーマで日本作家で編んだらさらにオモシロイことになりそうだなと思ったりもする。新時代のゲーム系小説家として赤野工作氏もいるわけだし(さっそく先月出たSFマガジンにドマイナな題材のゲーム系短篇を寄稿していたが)。

S-Fマガジン2018年4月号

S-Fマガジン2018年4月号

カバーイラストを手がける緒賀岳志さんは書籍の表紙だけでなくゲームのコンセプトアートなども手がけていて、中でも重力を操る少女の物語である『GRAVITY DAZE-重力的眩暈』シリーズの、この能力がある世界ならではの独自の視点から世界を、空を描き出すイラストが大好きなんだけど、空の印象的な今回の表紙イラストはどこかそれを彷彿とさせるのもいい。頼む、頼むから残りの14篇も出してくだせー。

あわせて読みたい(というか読ませたい)

ちなみに緒賀さんの表紙仕事としては『バネ足ジャックと時空の罠』からはじまる三部作のヤツも圧巻(作品もゴリゴリのスチームパンクSFでおもしろい)なんだけど、なんかいまいち本への評価を目にしないんでついでに再度推しておく。

バネ足ジャックと時空の罠〈上〉 (大英帝国蒸気奇譚1) (創元海外SF叢書)

バネ足ジャックと時空の罠〈上〉 (大英帝国蒸気奇譚1) (創元海外SF叢書)