早川書房が国内作家の電子書籍セールをはじめたので、個人的なオススメをピックアップしようかと。全作50%オフなうえに、伊藤計劃から冲方丁、小川一水、百合の勢いが止まらない宮澤伊織まで、本気なラインナップである。早川書房の告知記事では、「ライトノベル読者にもオススメ!」とキャッチがついているので、ラノベ読者向けのラインナップで揃えているのかもしれない(神林作品とか一冊もないし)
https://www.hayakawabooks.com/n/nbd267fe219cf
まずは定番から
定番から紹介しておくと、映画化もされ最近netflixで配信開始された伊藤計劃『虐殺器官』と死の間際に書き残したド級の百合SF『ハーモニー』がちゃんとセールに入っている。もちろん短篇集『The Indifference Engine』もある(『屍者の帝国』は河出書房なので無いが)。ゴリゴリのSFでありながらも、「『虐殺器官』を読んでSFを読み始めたんですよ」という人が数多くいる、間口の広い傑作でもある。
地味に嬉しいのが、冲方丁の傑作《マルドゥック》シリーズが最新のマルドゥック・アノニマス第3巻まで全部セール対象になっていること。アノニマスについては新刊が出るたびに記事を書いて、そのたびに「ええ! このシリーズ新章が始まってたんだ!」と驚く人がいるので「みんなもっと読んで!?」と思っているのだけど、最新の3巻はシリーズ中もっとも規模のデカイ能力バトル戦と”バロットのその後”を描きだしていて頭がおかしくなりそうなほどやばいので、どうか、どうか読んで欲しい。
続いて小川一水作品も外せない。とりあえず全部おもしろいのでどれを読んでもらってもいいのだが、長篇なら月に結婚式場を作り上げ、人類が月を地球の五大陸に続く第六の大陸に位置づけるための日々を描く『第六大陸』、短めの長篇なら壮大な歴史が絡み合った時間SFが物の見事に解決・収束していく圧巻の『時砂の王』、短篇集はどれも最高だが2017年末に出たばかりの傑作数学ファンタジィが封入された『アリスマ王の愛した魔物』を推す。でも、どれもおもしろいよ。セールにはなってないけど、この世界で一番面白いSF『天冥の標』シリーズも読んでね……。
定番というと野尻節前回のハードSFでありながら物語的にはライトでポップで女子高生がエロティックな宇宙服を着て宇宙船に乗り込みがしがし危機を乗り越えていく冒険小説である野尻抱介《ロケットガール》とか、《クレギオン》とかのライトノベル寄りのハードSF各種も読んでいないならぜひオススメしておきたいところ。
11年ぶりの新刊が出る高千穂遙《ダーティペア・シリーズ》や野田昌宏《銀河乞食軍団》もなんとセール対象。
わりかし新刊に近いやつ
新刊に近いやつを紹介していくと、藤田祥平『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』は、幼き藤田少年がポケモンをプレイする場面からはじまるゲームと密接に絡み合って何がなんだかわからなくなっていく人生についての自伝的小説で、平成初期に生まれその後の人生をゲームと共に過ごしてきた人間には何から何まで刺さる。
最新の3巻が先月出たばかり(それはセールにはなっていない)でオススメなのが、百合に人間にしてもらったあと人間の体を捨ててワオギツネザルとしてバーチャルユーチューバーになってしまった作家・宮澤伊織が描く渾身の百合SF《裏世界ピクニック》シリーズ。表紙を飾る美麗な女の子たちがきゃっきゃしながら巨大な感情をぶつけあっていく異作であり、ストルガツキー『ストーカー』に連なるゾーン物と実話怪談のかけあわせとしてもスマートな傑作である。同著者『そいねドリーマー』も、添い寝をして一緒に夢の世界に行くことで睡獣と呼ばれる人類の眠りを苛むファンタジック生物と戦う添い寝百合ドリームSFで意味分かんないけどおもしろい。
『未必のマクベス』でヒットを飛ばした早瀬耕の最新短篇集『プラネタリウムの外側』は現実と仮想の領界を揺さぶり続け、ラストの一文に至るまで完璧な構成が光る連作短篇集。大学を舞台にしていることや、登場人物の思考、筆致などが森博嗣作品を彷彿とさせるので、森ファンにもウケるだろう。純粋におもしろい短篇集、もしくは恋愛譚が読みたい人にはぜひオススメしたいところ。
単純にオススメ
単純にオススメなやつ。芝村裕吏作品もあらかたセール対象に入っているが、中でも《セルフ・クラフト・ワールド》全3巻はオススメ。芝村裕吏が仮想現実を描くというだけでも期待が跳ね上がっているのに、1巻、2巻、3巻とそれぞれでまったく異なる世界の状況を描きながら、最後にものすごいカタストロフを起こしてまとめあげてみせる傑作。イーガンとはまったく異なる技術的アプローチもおもしろい。
知られていないものの異様なのが矢部嵩『〔少女庭国〕』。ある時女子中学生3年生の仁科羊歯子が卒業式会場へと向かう途中で意識を失い、目をさますとそこは謎の暗い部屋。ドアを開けるとその部屋で寝ていた新たな中3女子が目覚め──部屋に貼られている張り紙によると、脱出条件は、“ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n‐m=1とせよ。時間は無制限とする”。かくして密室状況下の血みどろの殺し合い&終わりなきカニバリズム社会の生成へと物語は異常な速度でかじを切っていくのだった──みたいな話で、一言で言えばやばいSFである。
『正解するカド』のスピンアウト小説『正解するマド』で、真摯に野崎まどと向き合い、そのうえアニメとの関連も華麗につけてみせた異才乙野四方字『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』は、それぞれ独立した話ながらも両方読むとリンクが浮かび上がってくる凝った構成の並行世界SF。「並行世界の存在と移動が実証された世界」を描き出す世界観設定・仕組みがおもしろい。野崎まどの二作品『know』と『ファンタジスタドール イヴ』もセール対象。後者はアニメ『ファンタジスタドール』前日譚だが、完全に野崎まど化されていて単体でも読める。
草野原々のデビュー作『最後にして最初のアイドル』は実存主義的ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSFと著者自身が語る、そのまんまの作品集。「アイドル」「声優」「ガチャ」といった、その作品の中核概念が語られ、それを宇宙規模・この世界の起源に絡めることで独自の宇宙観念をつくりあげ、その理屈を作中人物たちが解き明かしていくことで物語を駆動していく。その途中ではさまざまな作品のネタが取り入れられ、パワーワードでキャッチーな台詞や描写が横溢し、どの部分を切り取ってもめちゃくちゃおもしろい。完全にイカれているが。
おわりに
心霊捜査官物から保険×アクションまで幅広く書き分ける柴田勝家のド真ん中のSF『ニルヤの島』や『クロニスタ 戦争人類学者』、桜坂洋の傑作格闘ゲーマー小説『スラムオンライン EX』、菌類や藻類など多様な知性が登場する、海洋SF短篇集である瀬尾つかさ『ウェイプスウィード ヨルの惑星』など、司祭にオススメしたい作品はめっぽうあるのだがキリがないのでこんなところでやめておこう。