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圧巻の情景を緻密な理屈で裏付けてゆく、ラリイ・ニーヴン傑作選──『無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン』

無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン (ハヤカワ文庫SF)

無常の月 ザ・ベスト・オブ・ラリイ・ニーヴン (ハヤカワ文庫SF)

『リング・ワールド』などで知られるラリイ・ニーヴンの日本オリジナル傑作選である。なぜ突然ラリイ・ニーヴン? と思ったら、どうも表題作「無常の月」の映画化が(ジェームズ・ポンソルト監督によって)進行中というのが要因のひとつにあるようだ。そんなわけで、『リングワールド』は好きだけどどんな作家なのか忘れかけていた状態で読み始めたが、こんな作家だったな……と一瞬で思い出すことになった。

作風としては、ファンタジィ作品などもあるが重要なのはその特異な世界や奇想天外な事象を支える科学的な理屈である。プロットがやけに地味であったりグダグダであっても延々と物理や生態学の話をしているだけでめっぽうおもしろいし、本書はさすがに傑作選というだけあって読ませる短篇が揃っている(一部ネタがかぶっているのはご愛嬌か)。中短篇あわせて七篇が収録されているので、順番に紹介していこう。

ざっと紹介する

トップバッターは生物・植物SFの「帝国の遺物」。異星生物学者のマン博士が無人の惑星で調査を行っていると、そこに横暴な海賊がやってきてあっという間に制圧されてしまう。海賊はなんでも、高度な知性を持つが極端にビビリで、絶対に自分たちの居住惑星を明らかにしないパペッティア人の星系の場所を知っているという。

パペッティア人の能力は高く、守銭奴で金をたんまり持っているので星系の近くで張り込んで交易船をとらえて一儲けしたり、脅したりできるので、寿命を延ばす細胞賦活剤のためにも大量の金を欲しているマン博士は(そもそも口封じに殺されるだろうし)海賊一派の打倒を目指すが──といった感じで、その打倒の手段にこの惑星の特殊な植物が関わってくる。その植物の描写が、またSFならではのもので素晴らしいもの(星系の離脱速度まで脱し、惑星から惑星へと種子を行き渡らせる樹木など)。

「中性子星」は「帝国の遺物」と同世界を舞台にした〈ノウンスペース〉物の一篇。中性子星とは恒星の成れの果てで、圧縮され直径20kmほどの大きさに太陽ほどの莫大な質量を持つもののこと。この短篇では、その中性子星への調査に向かった”可視光を除くいかなる種類の電磁エネルギーも物質も通さない”船殻を用いた船の乗組員が、謎のパワーによって死んでしまうところから物語は始まる。密室殺人のようなもので推理過程がおもしろいが、何も通さない船殻はちととんでもすぎる気はする。

 なにものかが、ゼネラル・プロダクツの船殻をとおして、船をつかんでいる。直径二十キロの太陽に幽閉されたサイコキネシス生物だろうか? しかし、およそ生あるものが、どうしてそんな重力に堪えられようか。
 その周回軌道上になら、ありうるかもしれない。空間にも生命はある──アウトサイダー人や星間種子や、ほかにもまだ見つかっていないものもあるだろう。そもそも場合によっては、BVS=1そのものが生きていることだって考えられる。そんなことはどうでもいい。X力がなにをしようとしているかは、すでに読めた。そいつは、この船を引きちぎろうとしているのだ。

「太陽系辺境空域」も〈ノウンスペース〉物で、太陽系の辺境で何隻もの船が行方不明になっていく謎を調査していく。犯人は海賊か、超空間に移行した時に何者かに食われたのか、太陽系外縁部に未知の質量があるのだろうか? 各種宇宙起源論、ブラックホール理論などの宇宙物理学を元にした推理がガンガン投入され、”船消失”の不思議を解き明かしていく過程はスリリングで、本書の中でもお気に入りの一篇だ。

だいぶ古いのに重力波を用いた通信なんていうアイディアも出ていたりしておもしろい。火星がまるっと消滅してしまう危険性について宇宙物理学的に描き出していく「ホール・マン」と、若干ネタがかぶっているのが悲しいところではある。

異常なまでに月が光り輝いている。月の光は太陽の光を反射したものだから、それはつまり太陽に”何かが”起こったに違いない──夜が明けた時には自分たちはどうなるのか、そもそも今太陽が当たっている側の人たちはどうなってしまったのか!? と慌てふためくフリーライターとそのガールフレンドの女の子の物語が、表題作でもある「無常の月」。夜が明けたら死んでしまうかも……という終末的な状況と、燦々と輝く月光の対比があまりにも美しい短篇で、かなり映像化が楽しみでもある。

最後はファンタジックな二篇。「終末は悪くない」はいわゆる剣と魔法のファンタジィ。並外れた力を持つ〈魔術師〉は、土地に十五年程とどまり魔法を使っていると力が弱まってくる現象を前にして、その原因を解き明かすために実験を繰り返しついに大いなる怖るべき真理に到達する。〈魔法〉という強大な力があるものの、国がそればかり頼りにすると力が枯渇し〈剣士〉に蹂躙されるというバランスのとれた世界背景というか世界システムがまた魅力な〈ウォーロック〉シリーズの第一作でもある。

「馬を生け捕れ!」はそのまんま、馬を生け捕りにしようとする話。ただし主人公は馬がいなくなってしまった未来からタイムトラベルしてきた未来人で、馬がなんなのかわからない。馬っぽいものを発見するのだが、絵本の記録とは違っていて……と筒井康隆が書いていてもおかしくなさそうなドタバタ・コメディ。馬と触れ合う少女を見つけて『「異種族愛好症だ!」スヴェッツは考えつく最悪のののしりの言葉をつぶやいた。彼は異種族差別主義者だった。』とかやたらと一文の切れ味が鋭い。

おわりに

そんな感じの傑作選です。しかし集めたとはいえ7作中5作がヒューゴー賞+星雲賞受賞作で、ラリイ・ニーヴンが一時代を築き上げてきた作家なのだということをあらためて感じるなあ。時期的に古びているところもあるが、つまらないということもなく楽しんで読めるだろう。