- 作者: トム・ロブスミス,Tom Rob Smith,田口俊樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2008/08/28
- メディア: 文庫
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見よ!このブザマなヒーローの姿を。JOJOは地面をなめながら、死んだフリまでして、しかもスピードワゴンを置いてまで逃げ出している!だが!だからといってJOJOがこの物語のヒーローの資格を失いはしない!なぜなら!ヒーローの資格を失うとすれば、闘う意思を JOJOがなくした時だけなのだ!!
ジョジョの奇妙な冒険/荒木飛呂彦
傑作。こりゃ海外ミステリベスト1にも輝くわ・・・。下巻のラストは眠らずに読んだ。というと眠るのも忘れて読んだ感じになってしまうが実態は、いくら頑張って寝ようとしても頭の中がチャイルド44のことでいっぱいになってしまって眠れなくなったから仕方なく眠らずに最後まで読んだという方が正しい。上巻を読み終わった時も夢の中でチャイルド44的世界が展開されていた。ひどく不快な夢だったが仕方あるまい。ジョジョからナレーションを引用してきたが、何故かというとこの小説を読んでいて思い出したのは何故かジョジョの奇妙な冒険だったからだ。圧倒的不利な状況からうんこにまみれてくらいついていく主人公の姿は歴代JOJOのたくましさを彷彿とさせる。
特に舞台がスターリン統治下のソ連というのが素晴らしい。ミステリの舞台としてこれ以上のものはそうそうないのではないか。第一次世界大戦においてもソ連の装備の貧弱さは眼をみはるものがあった。圧倒的劣勢! それこそが物語を生むのだ! 主人公が警察の上層部にいて自由に操作が行えたのならばこれ程のカタルシスは決して得られない! ミステリーにおける警察小説が基本的に組織にたてついて行われるように、ほとんどのミステリの主人公が必死に情報を集めなければならない探偵であるように、捜査における壁こそが重要なのだ。
しかしふたりには金もなければ、食料もない。怪我もしており、着ているものもぼろ同然。しかも国家にしろ地方にしろあらゆる保安組織から追われているのだ。
ソ連という犯罪が存在しない国だからこその逆境! これが全部逆だったら解決出来て当然! そんな物語は誰も読みたくないのである。リアルワールドに溢れているからである。
そして何より主人公たちを主人公たらしめているのは、正しいことをしていることだ、主人公は。そこが最もヒーローにとって重要な要件である。国家という体制を圧倒的な悪者にしたてあげて、主人公を個人に貶めることによるこの戦力の絶望的差! これで燃えずして何に燃えればいいのやら!? 智恵を凝らしドロにまみれうんこにまみれながらなお諦めずに前を向いて歩きつづけることこそが、正統派ヒーローのやらなければいけないことだ。国家にたてつくというと、どちらが悪いのかよくわからなくなることが多々ある。だがここでのソ連は完全なる悪! システムが悪である。人間は悪を行うよりも正義を行った方が余程楽に生きられるといったのは誰だったか。
ひとつ疑問だったのが、ビジョンが見えないことである。主人公であるレオはまあ何か色々あって連続殺人犯を追うと決心するわけだが、追うのはいいとしよう。しかし大半の小説家を目指す人が小説を書きたい衝動だけたまりながら、どんな物語を書きたいのか? といわれたら口をつぐんでしまうようにこのレオには連続殺人犯を追って捕まえた後にお前はどうするんだ? というビジョンが途中まで決定的に欠けていた。許せないから追う、確かにそれでもいいが捕まえた後はどうするんだろうと疑問に思っていたのだ。反体制派になってしまった以上国家に突きつける訳にもいかない。しかし下巻の117ページでこう答える。
「犯人を捕まえたら、そのあとどうするんです?」
思えば奇異なことながら、その問いかけに接するのはこれが初めてだった。これまでふたりは犯人を捕まえることができるかどうかということしか考えていなかった。
「捕まえたら、そいつを殺す」
ここで初めて明確な目的が示されたわけである。捕まえたら殺す、確かにそうすれば殺人はもう止まるだろう。この一連の事件は一応の結末を見ることになる。だがレオは逮捕され処刑されてしまうだろう。それじゃあいかんだろうと思ったなにしろこいつを殺した所で、こいつのような連続殺人を許してしまう社会主義というシステムが原因であって、こいつ一人殺した所で何の意味もねーじゃんと思っていた。そして都合よく犯人を殺したらいつのまにかシステムも崩壊していた。。しかしそれはあくまでこの小説を個人対国家ものとしてとらえていたからだ。だがこれは最初から最後まで個人対国家などではなくて、兄対弟の壮絶に歪んだ兄弟喧嘩にすぎなかったのだ。故にレオは国家に対して反逆を起こそうだなんて考えないし、弟のおかした罪は兄がつぐなうことによって全ては決着がついたのだろう。最後までレオは亡命を考えなかった。
起きてしまった事はもう取り戻せない。<中略>
時間が経てば、その記憶は薄れるかもしれない。でも、消えることはないだろう。それがわれわれの関係を複雑にするかもしれない。でも、これは私の経験から言えることだけれど、それでもやっていけるものだ。
作品全体に対する答えだろう。もちろんソ連に対しても。
しかしこの物語はここで終わりなのだろうか。最後に怒りを宿した目でレオのことを見つめていたナージャに対するフォローは何もなし? ナージャ視点からしたら突然やってきた父の兄を名乗る人間に父親が殺されてわけわからんのだろうけれど。このまま次はナージャがレオを殺す物語が始まるとかじゃないよね?
さてここからまたいつもどおり何のまとまりもない話を転々とつなげていくことになる。この小説とジョジョが徹底的に結びついてしまった要因の一つとしてこのセリフがあげられる。
「最後には、私もきみたちがしゃべらせたがっていることをしゃべってしまうんだろうが、今、これだけは言っておこう。それは私ことアナトリー・タラソヴィッチ・ブロツキーは獣医だということだ。すぐにそちらの記録の上ではスパイということになるんだろうが。いずれきみたちは私の署名入りの供述書を手にして、私にほかの人の名を言わせることになるんだろうが。その結果、さらに何人かが逮捕され、さらに署名入りの供述書ができあがるんだろうが、私が最後にどんなことを言ったとしても、それはすべてでたらめだ。なぜなら私はただの獣医だからだ」
個人的ナンバーワンかっこいいキャラクターブロツキーさん。なんかほとんど同じようなセリフがジョジョにあったような気がするのだけれど探し出せず、残念。スパイの嫌疑をかけられて、俺はただの獣医だ! まいったか! と胸を張って言えるブロツキーさんはかっこよすぎる。ブロツキーさんもまた、一本筋の通った男である。
彼女は思った。猫を殺すのはそうむずかしいことではない。むずかしいのは、罰を逃れることだ。
ナージャの独白なのだが、怖いなぁ。確かに猫に限らず人を殺すのもそう難しいものではあるまい。知り合いならやあとかなんとかいって突然鉄アレイか何かで殴ればいいだけだし。問題はどうやって罰を逃れるかだ。だれしも罰を逃れることを考えるということは、今の罪に対する罰の量は割と適切であるのかもしれない。刑というものを経済に置き換えて考えてみると、別にあいつを殺せるんなら懲役30年ぐらい食らってもいいしーと思っている人間は殺すだろう。バランスってのは難しいものだ。って話がそれているな。これを考えているのがナージャだっていうのが問題である。最終的にレオが踏み込んだときにはまだ猫は生きていた。実行をためらったのか、罰を逃れる準備がまだ整っていなかったのか。どちらにしろ若くして引用部のような事を考える人間は犯罪者になる資格があるだろう。何回読んでもここは、将来ナージャが復讐鬼になる未来を予測しているとしか思えない。二作目が出来たらしいけれど、これの続編ってこたあないよなあ?