基本読書

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皆殺し映画通信 by 柳下毅一郎

これはかなり凄いぞ。一冊読むだけで日本映画の見取り図を手に入れられるの。かなりダメな見取り図だが。日本映画ばかりをレビューしていくのだがことごとくツッコミが入る。つまらないなら見るなよ、というのが何かにたいして「つまらない」といったときに条件反射的に返ってくる台詞だが、うるせえ馬鹿野郎俺はつまらねえ映画をあえて見た上で、つまらねえと評価するプロなんだという批評家としての矜持が見えるレビュー集だ。

見えている地雷に突っ込んでいくのは正直どうなんだと柳下毅一郎さんの所業をみながら他人ごとのように眺めていたのだが、こうして一冊の本になってみるとこれはこれで、凄く価値のある本なのではないかと思い直してしまう。何しろこの日本でいったい何人が見たんだろうと思うようなドマイナーで、絶望的な映画まで進んでみにいって、そして懇切丁寧に解説してくれるのだから人力地雷処理班などというレベルを超えて、誰も気がついてすらいない地雷を持ってくる。

この本の冒頭は『あなたは日本映画を知らない。』という一文で始まるのだが、確かに読み終えてみれば、何にも知らなかったのだと強烈に思い知らされることになった。『ハダカの美奈子』とかいったい誰がみているんだろう。『体脂肪計タニタの社員食堂』とか映画を観に行く理由をひとつも思いつかないし、声優とニコニコの歌い手がサバゲーをしているところを流した劇場版ワルノリっ なんてめまいがしてくるようなひどさだ。なぜそれを映画にしようとしたんだ。

といっても、僕は日本映画をほとんどみていない。この本にあがっている中で見たことがあるのは『風立ちぬ』だけという体たらく。最近に限らず、10年単位で見ていないと思う。アニメを除けば最後に何を見たかまるで思い出せない。同じ金を払うんだったらより大金がかかっているハリウッドかアニメを見たほうがいいじゃん、という映画ファンでも何でもない単なるミーハーなのでその程度だが、それでもこの本は面白い。

なにしろあらすじを毎度毎度きっちり説明して、ツッコミどころも説明してくれて、オチの方までそのままいってくれるのだからほとんど見たような気になってしまう。それだけに山形さんが言っているように胸焼けしそうになるのだが柳下『皆殺し映画通信』:一気に読んではいけません。 - 山形浩生 の「経済のトリセツ」 、映画地獄めぐりツアーみたいな感じで面白い。最初のうちは「日本のダメ映画に共通するポイントでも抜き出してみて記事にしようかな」なんて思っていたのだが、多彩すぎて分類できない笑

トルストイは「幸福な家庭はすべてよく似たものであるが、不幸な家庭は皆それぞれに不幸である」とアンナカレーニナの冒頭で書いていて、僕はこれに納得いっていない人間なのだが映画においては正しいのではないかと思ってしまった。ダメな映画はみなそれぞれの理由によってダメになっている。脚本が悪いのかプロドゥーサーが悪いのか監督が悪いのか俳優が悪いのか……。

もちろん全てにおいてダメ出しをしているわけでもなく、中には「これは」という作品の評もあって大事故の現場にたった一人の生存者を見つけたような爽やかな気分になるところもある。そしてたぶんこうした「あからさまにダメそうな作品の中から宝を見つけ出すこと」が柳下さんがダメそうな映画まで含めて見まくる底力を感じさせる。

そしてあからさまにダメな映画にもちゃんと突撃していって、ダメな映画である理由を並べ立てて、正当に批判してのける柳下さんの活動は批評家としてかっこいいと思う。ダメな映画ばかり見ているのは正直健康に悪そうで心配ではあるが。しかしさすがにこれだけの本数をこなしているとダメな映画を見る楽しさみたいなものを見出しているんだと思ってしまうなあ。

皆殺し映画通信

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