- 作者: アンディ・ウィアー,小野田和子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/12/08
- メディア: 文庫
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- 作者: アンディ・ウィアー,小野田和子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/12/08
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これは一言でいえば心地のいい映画だ。
あらすじは「植物学者ワトニーが火星に取り残され、生き残るために僅かな物資と科学知識を総動員する」でだいたい説明できる簡潔明瞭なもので、次々と致命的なピンチが訪れるわりに陽気なワトニーに引っ張られストレスがかからない。
どこか特定の箇所に、何度も観たくなるような燃えるシーンがある……というのではなく、全編を通して登場人物一人一人のセリフと感情の遷移に深く納得がいき、出てくる科学者も責任者もそれぞれが自分の判断と立場において最善手を繰り出し続けるプロフェッショナルであるおかげで全てのシーンが迫力に満ちている。
これは何も「無能を物語に出すな」と言っているわけではない。だが、今回のような作品に限って言えば宇宙飛行士やNASAの一流のエンジニア達が「無能であるはずがない」という信仰が僕にはある。宇宙飛行士には超人的な能力を持っていて欲しいし、NASAのエンジニアにはいつだって冷静に、あっと言わせる工学的な解決方法をとってもらいたい、そういう願望が底にある。それに、実際に無能の集まりであれば宇宙に人間を送り込めるはずないだろという現実的な解釈でもある。
そうそう、火星で一人ぼっちになるワトニーが主人公はいうまでもないのだが、彼を助けようと尽力する地球の人々がいなければ生還など不可能である。70億人が彼の帰りを待っているというキャッチコピーがついてはいるが、物語の序盤はNASAの面々さえ調査中に死んだと判断され取り残されたワトニーが生き残っていることを知らない。それでもある日衛星の情報からその生存を知り、通信を復活させてワトニー生き残りの策を模索していく。その過程は一貫して物理法則にのっとったものだ。
火星から地球までの距離を短くすることはできないし、とうぜん超凄いブースターとかが何の説明もなく出てきて10日間で行って帰ったりすることはできない。火星の大気は希薄、あってもほとんど二酸化炭素。土壌は食物を育てられる環境ではない、使えるエネルギーといえば太陽があるぐらい。人間は火星で生きていくようにはできていない。環境のありとあらゆる場面がワトニーにとっては致死的なダメージとなりえる。そんな状況でいかにして科学的に正確に生き残らせるのか──。その方法を延々と考え、実行していく過程こそがまさにこの映画の魅力のコアである。
そもそも、もともと原作は著者アンディ・ウィアーが個人サイトで無料連載していたものだ。著者は連載開始の時点では、ワトニーをどうやって生き残らせるかは考えておらず、連載を続けながらさまざまな手を考えていったという。もちろん、物語なのだからヒーローに振りかかる困難がなければならない。ワトニーが迂闊な人間であれば、彼の誤りによって困難をいくらでも降りかからせることができるだろうが、この物語ではそれはない。プロフェッショナルなのだ。しかしそれでも問題は起こるからこそ血湧き肉踊り、その解決方法も科学的解決方法だからこそ強く惹きつけられる。
著者はインタビューで『Science creates plot!』*1と言っているが、まさにそのまま、科学こそがプロットをつくっていくのだ。その具体的な過程、解決方法については当然文字媒体である原作の方が情報量が多いが、映画も限りある時間の中でセリフを圧縮する、議論を断片的にみせて情報をつなぐなどして情報量を凝縮している。それだけに、映画を見ながら自由にググれればなあ! と思ったぐらいだ。
映画と原作の比較について
映画はほぼほぼ原作に忠実な形で進行していくが、火星の風景はただひたすらに美しく、その中で孤軍奮闘を続けるワトニーの寂寥感は文章だけでは表現しきれない映画ならではのものだ。たとえば、遠景からワトニーが一人作業していたりする場面が映し出されると「ほんとにひとりぼっちなんだなあ」という実感が湧いてくる。
また、映画では「地球側の視点」が重視されていたかなと。それというのも、人類はワトニーが火星で一人取り残されていることを知る時がくるが、NASAや高度な軌道計算ができるエンジニア、実際に宇宙で活動している宇宙飛行士や技術を持っている国家機関を除けば、それを知ったところで手助けをすることのできる人はいない。つまり70億の人類のほとんどは「ただ、彼が生還することを祈って待っている」ことしかできないわけだが、これは映画館でヒーローを鑑賞する我々観客と、立場的にはまったく同じなのである。
俳優はマット・デイモンがよかった! むきむきで、決して最高のイケメンってわけじゃあないし、知性もあるようなないような顔だ笑 しかしユーモアって点では素晴らしい破壊力を発揮する。当然資源がないから痩せるシーンもあるんだけど、これでまた印象がガラッと変わるのがいい。そこまでいくともう、すんごくかっこよく見えるんだな。火星パートはずっと一人なわけだけど、その一人の振れ幅(シリアスからユーモア、タフネスな男から痩せた男まで)が大きいのが楽しかったように思う。
ラストに原作にはない(示唆されているが)サスペンスが存在することと、付け足されているシーンがあるが、これは僕はかなり好きな場面だ。何より、その中心的な精神性──進歩と科学、そして「もっと先へ」という軸がブレていないので違和感がない。総括すると、とにかく原作ファンは話を知っていても観たらおもしろいし、そもそも映画として隙のないつくりなので文句なしにオススメだなあ。
付け足し。
かなり科学的に正確な描写にのっとっているとはいえ、当然いくつか大きな嘘はある。最初火星の砂嵐によってクルーは慌ててミッションを中止して火星から逃げ出してしまうわけだが、これはまずありえない。火星の大気は地球と比べれば極度に希薄なため砂嵐で発生するダメージはほとんど存在しないだろう。とはいえそれは原作からあるし、だいたい「わかって」やっていることである。
オデッセイあわせでSFマガジンに書いた(一部の作品ですが)火星SFガイドがcakesに上がっているのでこっちもよかったらドウゾ。100文字制限なのでかなり苦しいのだがまあ作品数がやはりそれなりに多いので仕方なかろう。
cakes.mu