基本読書

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宇宙探査の現実的な意義と物理学的な側面の追求を、専門家が語る──『人類は宇宙のどこまで旅できるのか: これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー』

この『人類は宇宙のどこまで旅できるか』はNASAで初めての惑星間ソーラー・セイル宇宙ミッションなど数々のミッションに関わってきた物理学者レス・ジョンソンによる「宇宙探査・宇宙旅行」について綴った一冊である。人類は宇宙に出て、今ようやく「宇宙旅行」ができるかできないかといったところまでテクノロジーを進歩させてきた。しかし、本書がめざしているのはそのさらに先、恒星間航行・旅行にある。

たとえば最も近い恒星でありSFでもよく用いられるプロキシマ・ケンタウリは、地球から約4.2光年離れている。これは光の速さで4.2年かかるということだ。いまいち想像しづらいかもしれないが、ボイジャーが現在地球から162天文単位先にいるが、ボイジャーの速度だとこのケンタウリにたどり着くまでに約7万年かかる計算になる。

現実的に別の恒星にたどり着くことを目標とするなら、数万年単位でかかっていたらお話にならない。なので、なんとかしてこれを短縮する必要がある。具体的には数百、せめて数千年単位までは縮める必要があるだろう。現在はそれを実現するための技術や発想が、ほとんど構想・試作段階だが存在する。本書は、こうした宇宙探査について、宇宙船や探査機を加速させるための推進剤や推進装置の専門的な話からはじまって、通信方法の最適解について、果てにはSFでよく描かれる超光速航法やワープが物理学的に可能なのかの考察まで、広範なトピックを扱っていく。

著者が大のSF好きであることもあいまって、合間合間にスター・トレックをはじめとした数々のSFの話が挿入される。SFファンかつこうした宇宙系のノンフィクションが好きな僕としては、好物が全部乗せになったような一冊であった。

そもそも別の恒星を目指す必要があるのか?

そもそも、そんな遠くまでの調査・探査をわざわざ大金をかけてする必要があるのか? という、意義の問題が本書では最初に検討されている。もっともわかりやすい意義は「発見のため」だろう。地球や軌道上に設置した望遠鏡で、宇宙の遠くまで見渡すこともできるしあの手この手で他惑星の成分などもある程度は分析できる。

しかし、実際に探査機や人間を送り込むことの恩恵は桁違いだ。1959年にエクスプローラー1号が地球を周回するまで、ヴァン・アレン帯については理解されていなかったし、カッシーニ探査機が土星を周回する軌道に入るまでメトネという衛星が存在すると知らなかった。ニュー・ホライズンを送るまでは冥王星についてほとんど知られていなかったが、今ではハート形の凍った窒素の氷河があることがわかっている。

今のところ太陽圏の外側を観測するには太陽系内に存在する粒子や磁場といったノイズを通してみるしかないが、恒星間を移動できるほどの技術があれば、宇宙に関してよりクリアな、より詳細な情報を得ることができるはずなのだ。

推進剤について

さて、とはいえ現代の科学では探査機すらも(少なくとも通信を維持したままで)別の恒星にたどり着かせることはできない*1。そのためには様々な課題をクリアする必要があるが、まずもっとも重要なのは「推力」にあるといえるだろう。

仮に光速の10分の1まで宇宙船や探査機を加速できるのなら、4.2光年先の恒星にはたったの42年でついてしまう。しかし実際これは至難の技だ。現状のロケットの打ち上げでよく使われる化学推進剤は短期的な打ち上げならともかく長く加速させるには効率が悪く、原子力ロケットも化学ロケットの2倍程度の比推力(Isp)*2で、太陽系内の移動には良いが恒星間航行に耐えきれるわけではない。

実用化はまだだが可能性があるのは核融合を用いた推進システムだ。4つの水素原子核が核融合してヘリウム原子核となる場合は質量の約0.7%をエネルギーに変換でき、化学ロケットと比べてとんでもない高効率になるから(化学ロケットの推進剤の場合は推進剤の質量にたいして約10億分の1程度のエネルギー効率)有望株ではある。もし実用化されれば、速度的には300年ほどで近くの恒星までたどりつけるほどと試算されているが、どうしても質量の問題があるから次の恒星を目指すまでは難しい。

本書では他にも電気推進ロケット、光子ロケット、反物質、核爆弾を連続的に爆発させて加速させるなど様々な手法があげられていくが、有望そうなのは「加速用のエネルギー源を搭載しなくても宇宙船が加速できる方法」で速度を得ることだろう。たとえば太陽などの恒星から発せられる光やイオンを反射することで宇宙船の推力に変える装置・ソーラーセイル。ソーラーセイルに人工的なレーザー光を照射するレーザー光推進にマイクロ波照射推進、太陽風から推力を得る「磁気セイル」と「静電セイル」など、使えそうな手段は数多い(どれも問題もあるけど)。

重要なのはこの全部を使ったり組み合わせたっていいことで、最初は太陽光から推力を獲得し、その後レーザー推進に切り替えることだってできる。レーザーも減衰するから太陽系からだと限界があるが、順番に太陽から遠くなっていくように、中継レーダーを順々に設置していくことだって考えられる。これはまた別で問題になる「通信」の際の中継点にすることもできるので有望な案だが、当然ながら中継局を送り込み留めるためのエネルギー量も莫大なのでなかなか難しい。

SFがいかに宇宙探査に大きな影響を与えてきたのか

個人的におもしろかったのが、著者が「SFと宇宙探査の関係性」について語る部分だ。『私はあえて、現在の私たちの宇宙探査能力がここまでの水準に達するために、それは不可欠なものだったと言わせていただきたい。』*3(それ=SFのこと)。なぜそこまで思い切ったことをいうのか? といえば、いくつか理由がある。

著者は、娯楽以外に二つSFは未来の宇宙探査に対して強い影響を及ぼしたといい、次の二つをあげている。ひとつは、今後起こることが容易に受け入れられるように文化を準備すること。もうひとつは次世代の科学者と技術者の情熱をかき立てることだ。

特に後者にまつわる著者のエピソードはグッとくる。2010年、ワシントンDCのNASAの幹部たちは、NASA職員が何の影響でNASAで働くことを選んだのか知りたいと考え、調査を行った。数千人の職員から30人が選ばれ、聞き取り調査などを行った後、30人が動機について説明した際に使った単語の使用頻度が明かされたという。

「発見」「探査」「科学」「アポロ」などの頻度が高いのはわかりやすい。しかし、NASAで働くことを決めた際の動機となった因子──約30%を占める──として、ほぼ全員があげた単語が二つ──それは他のどんな単語よりも多く使われていた──あった。その単語はなにかといえば、「スター」と「トレック」だったという。『スター・トレック』は無論フィクションで、現実とは関係がない。しかし多くの人を突き動かし、現実の宇宙開発、宇宙探査を前進させたこともまた確かなのだろう。

おわりに

宇宙探査・宇宙旅行の魅力のひとつは、たとえどれほどかけ離れた惑星や恒星が目的地であったとしても、物理的にそれが不可能なわけではないという事実だ。光速の10分の1まで加速できなくとも、時間をかければいつかはたどり着く。困難も課題もあるが、可能な道筋は存在する。だからこそ多くの物理学者らが、本書のように「あーしたらもっと効率がいい」や「この方がいい」と議論を重ねてきた。

ここで紹介したようなソーラーセイルや核爆弾の連続的な爆破による加速なども、何十年も前から構想されてきたのだ。人間の思考は自由であり、はるか未来にしか実現できないようなことでも、あれこれと考えることができる。そのおもしろさ、その醍醐味が、本書にはぎっしりと詰まっている。

*1:人類の希望ボイジャーも2025年から30年のあいだに、搭載された放射性同位体熱電気転換器が活動に必要な電力を生み出せなくなり、データ送信もできなくなると予想される。

*2:推進剤の消費率当たりの推力を表わし,値が大きいほど重量効率が高いことを意味する。

*3:レス・ジョンソン. 人類は宇宙のどこまで旅できるのか―これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー (p.261). 東洋経済新報社. Kindle 版.