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数学が常に底流にある「ザ・シンプソンズ」──『数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』

数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

数学者たちの楽園: 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち

サイモン・シンの新刊翻訳といえばそれだけで買わないわけがないのだが、主に理系テーマを扱ってきた彼の、新作の題材が「ザ・シンプソンズ」というのは驚いた。でも読んでみると(というかタイトルに入っているけど)、本書は題材がアニメであっても、そこへ数学者/作品の数学的背景という切り口で迫る理系テーマの一冊なのだ。

というのも、「ザ・シンプソンズ」には脚本家として数学的バックグラウンドを持つ者が多数参戦しており、脚本には数学ネタが大量に盛り込まれているのだという。作品で扱われた数学ネタを1個1個取り上げながら、その数学的な背景を解説したり、なぜシンプソンズの脚本に理系が集まっているのだろう? と制作陣に直接といかけたりといった形で、「数学的側面からザ・シンプソンズを解剖」し、同時に「数学のおもしろさへと興味を向けさせてくれる」のが本書のおもしろさである。

それにしても

「ザ・シンプソンズ」について「見たことがある」人はどれぐらいいるだろうか? 少なくとも僕は日本では見たことがない。ただ、オーストラリアに留学しとある家庭にホームステイしていた時、その家族は毎日シンプソンズを観ていて(毎日テレビで放送していたんだと思う)必然的に僕も観ることになった。話はあんまり覚えていないがあの黄色いキャラクタらが気持ち悪かったことをよく覚えている。

一家の息子であり、その時高校生だったマイケル(名前忘れたから適当)は「僕の好きなアニメはひぐらしのなく頃にとエルフェンリートなんだ。」とフランクに話しかけてきて僕は「グロいのばっかりじゃねえか。なんでそれでシンプソンズまで好きなんだ」とさらに謎が深まったものだ。とにかくその当時は「なにがおもしろいんだかわからん」と、そんな風にしか思っていなかったが本書を読むことで「ザ・シンプソンズおもしろいじゃん! 不気味に思って申し訳ない!」とちょっと反省したよ。

僕はたまたまオーストラリアでシンプソンズが日常と一体化して受容されている風景をみたけれども、英語圏のいくらかにおいてはシンプソンズというのは日本におけるドラえもんとかクレヨンしんちゃん、サザエさんと同じかそれ以上の存在なのだろうなと思うわけである。そんでもって本書において重要なのは、そんなアニメの脚本家に数学的バックグラウンドを持つ者が何人もいるという事実だ。デーヴィッド・S・コーエンは物理学の学士と、コンピュータ科学の修士を持っているし、他特に理系度の高い5人はみな数学や物理学で修士や博士までおさめている強者揃いである。

数学本としては異質なおもしろさ

そんな彼らが脚本に参加しているので、必然的に──というわけでもないはずだが作品内には数学ネタが埋め込まれていくことになる。

 たとえば《恐怖のツリーハウスⅣ》(1995)は、ハロウィンにちなむ三つの作品からなるが、その三つ目の作品〈ホーマーの三乗〉ひとつをとってみても、『ザ・シンプソンズ』で扱われる数学のレベルの高さは明らかだ。たったひとつの短編アニメに、数学史上もっとも美しい式への賛辞や、フェルマーの最終定理を知っている人にしかわからないジョークや、百万ドルの賞金のかかった問題などが登場する。それだけの要素が、高次元の複雑な幾何学世界を探っていくというストーリーの中に、ぎっしりと詰め込まれているのだ。

それを解説する本書は、通常ならば一般向けノンフィクションでは嫌われる要素である数式が大量につめ込まれている。シンプソンズの本だと思ってパラパラとめくってみると「これは一体何の本なんだ」とちょっとびっくりするかもしれない。本書の末尾には「笑えることでポイントになる」高度なjoke試験が難易度別にわかれている(たとえば博士程度、とか)。僕はぜんっぜん笑えなかった(二重の意味で笑えない)。

扱われているネタは実際の理論を使ったものもあれば、「もし宇宙がこんなふうだったらどうだろう?」というような架空の状況やまったく新しい理論を想定したものもあって「フィクションだからこその自由さ」がそこにはある。ただそのどれもが基本はコメディ・アニメに使われているネタであり、ようは「理解できなくてもおもしろいもの」だ。笑いを基調にして数学的背景へとうつっていくので「抜群にわかりやすい=好奇心からの導入が完璧」なのが数学本としても異質におもしろい。

なぜ数学的な素養のある脚本家が集められてくるのか

さて、それではいくつか実例をご紹介しよう──といきたいところなのだが、ネタの前提(シチュエーションの説明)とその数学的背景まで(しかも、単純に理解できるような簡単なものはあんまりない)を説明すると非常に厄介だしわかりづらいのでそこはやめておく。その代わり、個人的に気になっていた部分について触れておこう。それは「シンプソンズに理系の脚本家が集まっているのは、意図的にそうしたのか?」という疑問だったが、理系脚本家はまるで磁石のように引き寄せられたのだという。

そこで、サイモン・シンは脚本家らに「なぜ磁石のように引き寄せられるのか」と、問いを投げかけいくのだが、それに対する答えや「数学系の脚本家とそれ以外の脚本家の違い」の話などがなかなかおもしろかった。たとえばある人は理系が引き寄せられてくるのは『この作品の脚本は本質的にパズルであって、複雑なストーリーラインが『脳みそに負荷をかける』からだろう』、またある人は『数学的な証明のプロセスは、コメディーの脚本を書くプロセスと似たところがある。目的地にたどり着けるという保証がないところも似ているね』とそれぞれ答えている。

実写ドラマは撮影されたシーンを繋げ作品にするしかないために実験科学に似ており、アニメはセリフから映像までをすべてコントロールできるために『アニメは数学者の宇宙なんだ』という発言などは、「そう言われればそうだろうなあ」と思う他ない。実際にはデーヴィッド・S・コーエンのような中心的な脚本家がバリバリの理系だったから意気投合したりして自然に集まってきた、というのも大きいのだろう。

おわりに

全17章を通して、大体1章につき数学ネタ──フェルマーの最終定理だったり、πや無限をめぐる議論だったり、ベースボールを統計で出し抜けるかという「元祖・マネーボール」をやった回だったりが1つ解説されていく。中には数学は関係ないというか、「シンプソンズの登場人物はみな片指が4本で両手で8本しかないのに「十進法を採用しているんだろう?」」と作品考察みたいなことをやる章もある。

『本書は、『ザ・シンプソンズ』のキャラクターを通して、数学世界を探検しようという本なのです。ですから数学が大好きというわけではない人も、これを機に自信を持って、いろいろな数学の本を手に取ってほしいですね。』*1と語られているように、基本はわからなくても笑えるコメディアニメの解説なので「数学はちょっと……」という人でも充分に満足できる(楽しめる)一冊だ。著者インタビューが現在HONZというサイトで読めるのでこっちを読むともっと雰囲気がよくわかるだろう。
honz.jp