基本読書

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哺乳類の歴史をたどることで、われわれ(人間)の本質へと迫る傑作ノンフィクション──『哺乳類の興隆史──恐竜の陰を出て、新たな覇者になるまで』

この『哺乳類の興隆史』は、その名の通り哺乳類の歴史を追った一冊である。今地球上では、クジラや犬や猫やカンガルーや人間など、数多くの哺乳類が地上で、海で、繁栄している。その数なんと6000種類以上だ。昆虫などと比べれば少ないが、それでもけっこうな数とはいえる。しかし、歴史を振り返ればより多様な──現代の地球環境からすれば想像もつかないような──哺乳類たちが存在していた。

毛むくじゃらの巨大なゾウもいたし、バカでかい枝角を持ったシカも、車ほどの大きさのアルマジロもいた。短い後肢と長い前肢でウマとゴリラをかけ合わせたような体だったカリコテリウム類もいたし、大型化する前のミニチュアプードルほどの大きさのゾウがいた時代もあった。哺乳類は現代のものよりも小型だった時代も大型だった時代もある。それは、周辺の環境や競合の存在によって変動してきた。

だから、いまわれわれが「哺乳類って大きさとか形とかこんなもんだよな。こんな限界があるよな」とある程度共通の「哺乳類観」を持っていたとして、数万、数千年単位ではそれは当たり前ではない時代もあるのだ。彼らはみなユニークな存在で、消えてしまった種が多いが、だからこそその存在を知るのはおもしろい。で、本書は哺乳類の誕生から人間に至るまで、そうした哺乳類の歴史を明らかにしていく一冊だ。

著者について。なぜ哺乳類なのか。

著者のスティーブ・ブルサッテはエジンバラ大学の教授で、脊椎動物の解剖学・系統学・進化を専門とする研究者だ。前著に『恐竜の世界史』という世界的ベストセラーがあるが、僕もこの本を刊行直後(邦訳は2019年)に読んでいた。あまりにもその筆致が活き活きとして魅力的だったから、その続編となる本書(『哺乳類の興隆史』)にも期待していたのだけど──読んでみたら、これが前作を上回るほどの傑作だ!

その理由は、著者自身が『爬虫類や鳥類、その他の八〇〇万種を超える哺乳類ではない生き物には申し訳ないが、哺乳類は地球上で最も魅力的で最も愛されている生き物だ。』(p.4)と愛を持って断言していることも関係しているだろう。著者はもともと恐竜の専門家として研究者のキャリアを歩み始めたのだが、途中で哺乳類に傾倒しはじめたのである。その理由について、著者は次のように語っている。

私の答えはシンプルだ。「恐竜はすごいけど、私たちの仲間じゃない」。哺乳類の歴史は私たちの歴史であり、私たちの祖先を研究すれば私たち自身の本質に迫れる。私たちはなぜ今のような姿をして、今のようなかたちで成長し、今のようなやり方で赤ちゃんを育てているのか。なぜ腰痛になり、歯が欠けたら高額な歯科治療を受ける必要があるのか。なぜ周りの世界に思いを巡らせ、その世界に影響を与えられるのか。(p.8)

よくDNA鑑定などを行って自分のルーツを知ろうとする人がいるが、哺乳類の歴史をたどる行為は、そのより深いバージョンといえるのかもしれない。

哺乳類前史

さて、最初に取り上げたいのは「哺乳類はいつ生まれたのか」という問いだ。知られている限りでは、約3億25000万年前、ペンシルバニアン紀(石炭紀後期)に、鱗を持つ小動物の系統が湿地林に暮らしていた。これはまだ哺乳類ではないが、その系統はその後二つに分岐していく。ひとつが頭骨に二つの穴のペアが開いた双弓類(のちの爬虫類)。もうひとつが、頭骨に一つの穴のペアが開いた単弓類(のちの哺乳類)だ。

で──単弓類の次に盤竜類、盤竜類から獣弓類へと進化の記述が具体的な種と共に語られていくが、このあたりはまだ哺乳類ではない。哺乳類の歴史の本なのだから哺乳類の誕生からはじめればいいではないか、と思うかも知れないが、祖先から語り始めないと現代の哺乳類の特徴がどこで生まれたのかが説明できなくなってしまうのだ。

たとえば獣弓類らは体内の代謝をそれまでよりはるかに高めることで、体内で外の気温や太陽光に関係なく温度を一定に保つ内温性の代謝という哺乳類最大の特徴の一つを獲得しつつあった。なぜ獣弓類でそうした変化が起こったのか? 何が利点だったのか? は議論が続いているところだ。より高緯度の地域に移住して、気温の変化に対応する必要があったとか、広範囲を探索して採食していたことで多量のエネルギーを必要とし、それ故代謝を高める必要があったからとか、いくつかの仮説がある。

体毛の発生、内温性の代謝、大きな脳、複雑に分かれた歯(これは単弓類の時点ですでに萌芽がある)、授乳など数多くの特徴が哺乳類にはあるが、これらはすべて、進化の過程でひとつひとつ追加・変化していったものなのである。哺乳類の本質を知るためには、まず哺乳類の祖先を知る必要があるのだ。

哺乳類と恐竜

それで結局最初の哺乳類はだれなんだい──というのは、定義が難しいうえに複数あるので簡単にはいかない。たとえば三畳紀後期に繁栄した初期哺乳類を代表する種類にモルガヌコドンがいる。小さいネズミほどのサイズで、形は完全に哺乳類だが歯や関節などに現生哺乳類と違いがあることから専門的には「基礎的哺乳類」とか「非哺乳類型哺乳形類」と呼称する。そこまで細かい定義は非専門家には不要だろう。

さて、哺乳類が生まれた時代(三畳紀頃)は同時に恐竜がいた時代でもある。この時代、恐竜と哺乳類が跳梁跋扈していただけでなく、地球環境もまた激変していた。まず、前提として、ペルム紀から三畳紀にかけて地球にはたった一つの大陸パンゲアが存在していた。しかし地下内部からの圧力を受け、今から2億100万年前の三畳紀末、パンゲアに亀裂が入って中心から裂け始めた。大陸がちぎれるだけならまだ良いが、その合間の大地からは溶岩が引き出し、約60万年間にわたって断続的に巨大火山が火を噴き続け、気温は高まり、少なくとも30%の種が絶滅した。

この絶滅を、哺乳類と恐竜は生き残った(この災厄を恐竜が生き残った理由はまだ定説がないらしい)。そして、それは絶滅を乗り越え、大地が安定を取り戻した時、競合がいない新天地が広がっていることを意味する。

サイズの話

恐竜はこの機に乗じて体を大型化し、ゾウ5頭分以上の体格を持つ竜脚類が現れた。一方の哺乳類は? といえば、こちらは小さいままだった。巨大な体の生息域は恐竜にとられたので、小さな生息域をとるしかなかったのだろう。そのかわりに、地下や暗所、樹冠、物陰などの隠れたニッチは哺乳類の世界になった。

この時代の情景、化石をみたとき、目がいくのはどうしても巨大な恐竜だ。しかし、よくみれば哺乳類もまた小さな世界で多様性を獲得していたのである。

哺乳類は、小型なままでいることにかけては、恐竜より優れていた。(……)恐竜が哺乳類の大型化を阻んでいたのは確かだが、それをいうなら哺乳類もまた途轍もないことをしていた。哺乳類は恐竜の小型化を阻んでいたのだ。(p.100)

そして、知っての通りにこの後恐竜は小惑星の衝突などもあって地球環境の変化についていけず絶滅。一方の哺乳類はなんとか──わずか7%ほどだが──生き延びた。こうした地球環境の変化に際しては、基本的に体が小さいほうが有利だ。

体表面が小さいことから温暖化の影響も相対的にゆるやかだし(気温が高ければ高くなるほど、生物のサイズは小さくなるというデータがある)、小さな穴に入ることで様々な災害をやりすごすことができる。そのため、基本的に大量絶滅直後の動物相は全体的に小型化することが知られていて、これをリリパット効果という。

おもしろいのが、大量絶滅の直後は体のサイズが小さい方が有利だが、そこからしばらく経つと巨大な体の生物が生きてきたニッチが空くので、今度はそれまで小型だった動植物が大型化するのだ。哺乳類も例外ではなく、有胎盤類は数十万年の間にかつてのトリケラトプスやラプトル類が占めていたニッチに進出し、一気に大型化する。

かくして進化上の役割が入れ替わった。鳥類は小型化し、哺乳類は大型化しつつあった。哺乳類は恐竜に取って代わっただけでなく、ある意味、恐竜になったのだ。哺乳類の時代が始まっていた。(p.192)

おわりに

と、哺乳類の時代がはじまったところでこの記事も締めとしよう。とにかく魅力的なエピソードと問いが多いので、紹介したい箇所はまだいくらでもある。たとえば哺乳類が恐竜になった、大型化したのだ、というが、そのサイズは最大でも恐竜ほどにはなれなかった。その理由は「肺」の仕組み、効率の違いにあるのではないかとか。

現代最大の動物であるクジラが、どのような進化を経て海に潜っていったのか。小型化/大型化する規則はリリパット効果以外にもあって──などなど。そして最後にはもちろん人類も登場する。本書を読むと自身の肉体の細部──歯や体毛、頭骨の構造に体温調節、妊娠──への解像度がよく上がっているだろう。哺乳類の見方を一変させてくれる一冊だ。