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脚本家にとってのバイブル──『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』

ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則

ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則

世界的に有名な脚本講師であるロバート・マッキーの代表作がこの『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』であるようだ。ハリウッドなどでもとりあえず読んでけとしてバイブルのように扱われているようで、本書の解説も最近オリジナルな短編SF映画制作資金としてクラウドファンディングで2000万以上を集め、米国に渡って準備していた堺三保さんが担当している。僕も、この翻訳版が出る前から編集者など、複数人が本書について語っているのをみていたので、ようやく読めるようになってとても嬉しい(原書は1997年だから、20年以上経ってる)。

で、肝心の内容だけれども、”バイブル”と言われるにふさわしく、「Story」、その構成、構造、ストーリー、キャラクタといったものについて、最初はざっくりと定義し、その後各論を細かく詰めていく網羅的な一冊になっている。「何を書けば良いのか」について教えてくれる本ではないが、何かを書きたいけれども、それをどうしたらドキドキ・ワクワクして読者が食い入るように読んでくれるからわからない──という人には、これ以上ないほど具体的な”スキル”を伝えてくれることだろう。加えて、何より素晴らしいのは、その語りがとにかく熱く、時にそれ自体がよくできたストーリーのようにワクワクさせてくれることだ。なので、特に脚本を書きたいわけでもないんだけどな〜という人でも、読み物として楽しいものになっている。

ほとんどは「映画の」脚本についての話ではあるけれども、小説など幅広く「物語」を扱う脚本に通じる部分があるので、そのあたりを求めている人にもぜひオススメしておきたいところ。以下、ざっと内容について紹介してみよう。

ざっと全体の構成について紹介する。

読み物としておもしろいと言ったが、序文からしてなかなかにふるっており、『本書で論じるのは原則であって、ルールではない。』という書き出しから始まる。ルールは「このようにしなくてはならない」だが、原則は「こうすればうまくいく……そして、記憶に残るかぎりずっとそうだった」と教えてくれるものだ。そして、『本書で論じるのは永遠に変わらない普遍的な型であって、公式ではない。』『本書で論じるのは元型であって、紋切り型ではない。』と続々と宣言が続いていく。

そうした「この本は何であるのか」の宣言が終わっていよいよ具体的になっていくわけだが、これについては真っ当に、「ストーリーの諸要素」としてまずは構成全般について語り(概略、設定、ジャンルなどなど)、その後「ストーリー設計の原則」として、構成の中身であるシーンや三幕構成の意味やその設計方法、契機となる事件の描き方などについて語り、最後に「脚本の執筆」として、具体的な描写レベルでのアンチパターン(やってはいけない書き方)、登場人物の描き方、敵対する力をぶつけさせて物語を駆動していくやり方、会話文の書き方についてもろもろ取り上げていく。

ざっと構成の細部について紹介する。

たとえば最初は「構成」の技術なわけだが、まず最初に構成とは何なのかという定義を行う。『「構成」とは、登場人物の人生のストーリーから、いくつかの出来事を選んで戦略的に配列し、いくつかの感情を呼び起こしたり、有る種の人生観を表したりする。』てな感じで。で、これだけでもけっこう具体的で、なるほどね、と思えはするけれども、本書ではさらにこの定義文の中に含まれている割合一般的な言葉の「脚本としての」意味をさらに細かく詰めていくことで、構成をさらに深掘りするのだ。

たとえば構成の中に含まれる「出来事」とは、変化であると語られる。世界は変化に満ちているが、ストーリーを左右する出来事は些細なものごとではなくて、登場人物の人生に意味のある変化をもたらすものでなくてはならない。その変化は「価値要素」として表現されるという。「価値要素」とは何なのかといえば、人間の行動に見られる数々の普遍的な性質のこと──たとえば「生/死」、「真実/嘘」のようなものであり、これがプラスからマイナス、マイナスからプラスへと変化させることで物語は駆動する。そうした「価値要素」は「対立や葛藤」を通じて表現される──と一つの単語をほっていくことでどんどん「構成」の細部が埋まっていくのである。

構成の話が終わると次は「シーン」の話で、これはある程度連続した時間と空間において対立や葛藤から生じるアクションであり、同時にこのタイミングで『登場人物の人生でなんらかの価値を持つものが、少なくともひとつは変化する。』と説明される。そして、シーンの中にはビートと呼称される、構成の最小単位である「行動/反応」の組み合わせがあり、ビートとシーンを束ねるのがシークエンスでこれは2つから5つのシーンの連なりのことであり──と、パズルのように物語構成上の全ての部品が説明されており、そうした緻密な言葉の定義・共通認識を持たせた上で、複雑なストーリーを細かい単位で分解して、部品ごとの無数の組み合わせパターンを網羅していくので、異常にわかりやすいんだよね。そうした全てが、大量の映画作品のあらすじと共に紹介されていくので、作品論的にも興味深く読むことができるのもいい。

熱さもおもしろい

そうやって基本的には教科書的にしっかりと教えていってくれるのだが、時折かなり熱のこもった文章が現れることもあり(全体的に熱くてテンションが高いのだけど)、それがまたおもしろい。たとえば、そうはいってもそうした脚本お作法に乗っ取らない物語もいっぱいあるでしょ、というのはもっともであり、本書でも構造として、古典的設計の「アークプロット」、古典的設計の各要素を最低限取り入れた「ミニプロット」、反小説、不条理劇な「アンチプロット」の大きく3つに分類している。

で、ロバート・マッキーはそれぞれにどういう特徴があって、どんな作品があるか──を丁寧に教えてくれるのだが、それをやるんだったら、それを本当に信じてるんだろうな、おい、覚悟してやるんだぞ? と章の最後に脅しをかけてくるのである。

 だれが書いたどんな物語も、観客に「人生はこういうものだと私は信じている」と語りかけている。どの瞬間にも作者の熱い信念が詰まっているべきで、そうでなければ嘘くさくなる。ミニマリズムで書くのは、その形式に意味があると信じているからなのか、それとも自分の経験から、人生がほとんどあるいはまったく変化をもたらさないと確信しているからなのか。古典的設計に抗うのは、人生が行きあたりばったりで無意味だと確信しているからなのか。もしそのとおりだと強く思うのなら、ミニプロットやアンチプロットを書き、あらゆる手を尽くしてそれを成功させればいい。

その後、でもほとんどの人はそうじゃないだろうし、あえてそれをやる人はその価値観を信じているんじゃなくて、ただハリウッドの商業主義的なものへの「アンチ」として信じもせずにそれをやっているだけで、それって親の関心をひくために非行に走るみたいで、だっせーよなみたいなことをいうのだけれども、まあ、正しいように思える面も多々あり、おもしろいですね。『相違のための相違を求めるのは、商業主義に黙従するのと同じくらいむなしい。自分が信じるものだけを書くべきだ。』

おわりに

小説や脚本を書く人、物語を読む人、「けっこんな原則なんてマジでクソくらえだぜ!」みたいな思想の人も、原則を蹴飛ばすためにも一度読んでくと楽しいのではないだろうか。作曲をしようと思った人が普通は最初に作曲のお作法を学ぶように、脚本を書く時も最初はお作法を学んだほうが物事はうまく進みやすくなるはずだ。