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最古の文字なのか? 氷河期の洞窟に残された32の記号の謎を解く
- 作者: ジェネビーブボン・ペッツィンガー,Genevieve von Petzinger,櫻井祐子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/11/10
- メディア: 単行本
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本書は欧州の洞窟368箇所を調べ上げ、5000以上の記号を収集することで世界初の幾何学記号のデータベースをつくりあげた著者による記号探求の過程をまとめた一冊である。原題はTHE FIRST SIGNSなので、最古の墓/音楽など無数の"最初の記号"を辿っていくが、中でも本書のメイントピックといえるのは、データベースを分析することでヨーロッパの洞窟全体で使われた記号は概ね32個に分類できるとの発見から生まれた、"これは最古の文字といえるのだろうか?"という問いかけである。
多くの地域で使われていた記号がこれほど重複しているのは、けっして偶然ではない。これらの記号は、芸術家が適当に施した飾りなどではないのだ。これほどの一致と継続性が見られるからには、太古の祖先はすでになんらかの記号体系をもっていたにちがいない。
368箇所の洞窟は4万8000年前から1万年前までの氷河期時代の物であり、約3万年という長い期間に渡り用いられていた記号が32個に収斂するのは驚きの結果ではある。これが"文字です"ということになれば、定説が大きく覆る結果になるだろう。
最古の文字なのか?
というか32も記号体系があるんだったらそれはもう文字じゃんと素人なので気楽に考えてしまったが、記号が何かを指し示しているのは確かとはいえ、英語やヒエログリフのような本格な文字体系でないのは明らかで、著者によると実は原初の文字と言うには厳しいそうである(いきなり大ネタをバラしてしまった──とはいえ、そこ自体は本書も別にサラっと明かすので大した問題ではないと判断している)。
文字の定義次第ともいえるだろうが、著者は(たぶん一般的な定義として)文字体系を「耐久性のある面に書かれた、視覚的で慣習化された記号を利用する、相互コミュニケーションのシステム」と定義している。耐久性のある面と視覚的な記号の側面はクリアしているが、慣習化(誰もが用いていて、音声言語で使われていたような幅広い単語すべてを表すことができたわけではない)についてはノーと否定的、つまり、"それは文字なのか"に対する答えについてもノーというのが著者の結論である。
しかし、仮にヨーロッパの記号体系が"最古の文字"ではなかったとしても、人類が文字体系を生み出すに至る重要な前身であったのは確かである。『身近な世界の具体的なものごとと抽象的なモチーフとを結びつけるのに必要な象徴的、連想的な飛躍を遂げるために、どれほど複雑な認知能力が必要だったかを考えて欲しい。この能力こそが、その後のあらゆる種類の図形的コミュニケーションの基礎になったのだと、私は確信している。』というように、むしろそこからの分析・解釈こそが本番といえる。
たとえば、32種類の記号が時代ごとに土地から土地へと拡散していく過程を辿ることで、地域間にいかなる文化的な繋がりが存在したのか、どのようにアイデアや人々が伝搬していったのかなど多くの情報が得られる。そして、この32種類の記号が何を意味し、彼らは何を伝えようとしていたのか? を解釈していく過程は、原初的な記号コミュニケーションの在り方がみえてきて、なかなかに楽しいものだ。
おわりに
前半は話がとっちらかっていて辟易させられたものの、後半は"最古の文字なのか"という問いかけを中心として話がまとまっていて、全体としてみれば人類と記号をめぐる旅として読み応えのある一冊といえる。あと、カラー含め40以上の図が載っていて、それをパラパラと眺めるだけでもだいぶ楽しかった(意外と鹿の絵がうまかったりするとやるじゃん昔の人類という気分になる)。