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経済はごまかしに満ちている──『不道徳な見えざる手』

不道徳な見えざる手

不道徳な見えざる手

  • 作者: ジョージ・A.アカロフ,ロバート・J.シラー,George A. Akerlof,Robert J. Shiller,山形浩生
  • 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
  • 発売日: 2017/05/12
  • メディア: 単行本
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本書はあまりまとまっては指摘されることのない、"市場で行われる釣り/詐術"の手口についての一冊である。わかりやすい例から紹介すると、"ジムに来場一回ごとに金を支払う"か"月次の自動更新払い"か"年額払い"かといった選択肢がある時に、ほとんどの顧客は月次契約を選ぶが、八割の人は一回ごとの方が安上がりとなる。

つまり、ほとんどのジム会員は"月次で支払っても元がとれるぐらい来る"という思い込みに釣られて無駄な金を支払っているのである(心当たりがある人も多いのではなかろうか)。ジムだけでなく、似たような事例は世の中に溢れている。会員制動画サイトは大抵、入会後の初月や二週ほどが無料だが、その際確実にクレジットカード情報の入力を求めてきて、忘れていると自動で引き落とされてしまうことになる。

その上、入会だけはあちこちにクソデカイボタンを置くわりに、解約のボタンはまるで隠すように置いてあったり、3回も4回もクリックしないといけなかったりする(ニコニコ動画とか、ほんと最悪。検索しないと解約方法すらわからんかった)。

むしろ私たちが考える基本的な問題は、誠実とは言いがたい行動を促す圧力が競争市場では奨励されてしまっているということだ。競争市場は、本当のニーズがある革新的な新製品を持ったビジネスマンヒーローのやる気を出させて報酬を与えるのに長けている。でも規制のない自由市場は、別種のヒロイズムにはなかなか報いてくれない。それは顧客の心理的、情報的弱みにつけ込むのを控える人々のヒロイズムだ。

ニコニコ動画を筆頭にネットをやっているとクソが! と思うことが多いが、上記引用部にもあるように、そういう状況になっているのは当たり前ともいえる。何しろ、法律で規制されているわけでもない場合(また、法律で規制するほどでもない場合)、やった方が得ならそれをやらない手はないと考えるのは理屈が通っているのだから。

本書はそこで、世の中こんなクソみたいな釣り/詐術で溢れているんですよ、と多くの事例を挙げて説明してくれる。たとえばクレジットカードで必要以上に促される消費。不要な物を生活に不可欠だと誤認される広告。過大な効果を宣伝される食材。自動車の販売員はあの手この手を使って車を買いに来た顧客に対して、後々考えてみれば全然いらねえやと思うようなオプション(ガラクタの数々)をつけさせようとする。

政治におけるロビイスト。酒、アルコール、ギャンブルなど事例には事欠かない。とはいえ、著者らも認めている通り、事例の一つ一つは新しいものではない。数パターンも読めばどういう理屈が並ぶかもわかるから、最初の40%程を読めばあとは目次を読んでどんな話題が並ぶのかを読めば、大方内容は把握できるだろう。

そうはいっても、どうしたらいいのか?

解決策についても述べているが、大した内容ではない。たとえば釣りに対する対抗策の一つとしては、既に行われている社会保障がある。税金を通して所得をプールしておくことで、釣りによる使いすぎに対する対抗策になる──などなど。とはいえ、抜本的な解決策などありえないわけで、個別具体的に地道な対処を続けるしかない。

本書のような本が広く読まれ、多くの人が市場にはびこる釣り/詐術に対する知識、市場が持つ弱点について認識することも地道な一手といえる。釣り/詐術が行き過ぎた場合は議論が加熱して法規制か、というところまでいく例もあるが、どうしたってそこまで行きようがない場合などは、もう個々の消費者が「あそこのやり口は嫌いだからもう金を落とさない」と決断する流れが起こるといいなと個人的にも思う。

とはいえ、そもそも"釣り"と"健全な企業努力"に、大して差がないことも多い。お菓子をつくる時、できるだけ美味しく作るだろう。その努力において、どこからが"中毒化させて買わせる"釣りで、どこまでが"企業努力"なのだろうか? ガチャのシステムを取り入れているゲームはすべて悪なのだろうか? そうではないし、先に書いたように明確に"釣りである"と判断されるケースもあるが、基準は常に曖昧である。

その上、この問題で厄介なのは、"釣りである"と知っていたとしても、個人での対処が困難な場合があるところだ。1%で当たりが出るクジなら、100回引けば必ず当たるはずという確率についての誤謬や、今まで投資したものが無駄になるからと途中で引き返せなくなるコンコルド錯誤など、いくら知っていてもその影響下から完全に逃れられるわけではない。(僕も何度もガチャを回したからよくわかる!)

おわりに

こうした人間の認知の罠をつくようなやり口に対して、我々はどう対応していくのがいいんだろうな、というのは前から気になっていたテーマの一つであった。本書は事例がずらずらっと並んでいるだけで、(議論の偏りも含め)正直言ってそんなに大した内容の本ではないのだが、そこに焦点を絞ってくれているのはありがたい。本書が土台となって、この方面の議論が進むことを期待したいところだ。