フューチャー・クライム――サイバー犯罪からの完全防衛マニュアル
- 作者: マーク・グッドマン,松浦俊輔
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2016/02/08
- メディア: 単行本
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誰もが自由に情報を発信し、3Dプリンタで複雑な立体物を出力し、音楽をつくり、意見を交換しドローンをぶうぅーんと飛ばしたりする。素晴らしい! とはいえこうした素晴らしさは同時に犯罪者らにも同様の力を与えることになる。しかも犯罪者は法律で縛られないために、"誰よりもテクノロジーを自由に使ってみせる"
テクノロジーと犯罪
たとえばドローンが刑務所へと飛び入って、携帯電話や麻薬を落としていった事例は各国で報告されている。麻薬のメッカ・メキシコでは、国境を超えるためのドローンをつくるため、麻薬組織が大量の労働者を雇って、工場までつくって本格的に組み立てている。もちろん運ぶものは麻薬に限らず、武器弾薬まで何でもありだ。
「人間が許可なく出入りできないように」設計された壁はドローンには無意味であり、低空も自由に飛ぶドローンはレーダーにも探知されず安々と国境を超えることができる。性能は日々上がっており現代のドローンは一回で100キロのコカインを運べる。それが凄まじいまでの利益を産むために、本格的に運用している組織は"より高性能な犯罪用ドローン/ロボットの研究開発に投資する"ことができる。
3Dの世界でもう一つ忘れてはいけないのは3Dプリンターだ。お手軽に3次元の物体を出力できるこの技術がもたらすのは「デジタル産業で蔓延する知的財産の窃盗(音楽、ゲーム、漫画など)」が、3次元の世界にまでやってくる事態。今はまだそのレベルにはないが、高性能/精細な3Dプリンタでブランド品だろうがなんだろうが本物と見分けがつかないレベルで出力可能になってしまえば、デジタル産業で起こっていることがそっくりそのまま3次元で再演されることが容易に想像できる。
本書はそんな、テクノロジーの発展によって起こりえる未来の犯罪について縦横無尽に語られた一冊である。いくつか例をあげたように、現実で起こっている具体的かつ広範な事例と、それがどのように成され、今後の変化でどんなリスクに繋がっていくのかを解説していく。その事例は現代で既に起こっているものについてだけでも「そんなことがすでに可能なのか」と驚くような犯罪ばかりだ。
インターネットや最先端テクノロジーに触れずに過ごすのが難しい今、知らずに搾取される個人情報、あっけなくハックされる電子機器などなど本書で解説される一つ一つの危機は実に身近なものである。それゆえ犯罪例はどれも我が事としてのめりこんで読むことができて、めちゃんこおもしろいのだ。
現在の事例
車はもはやガソリンだけではなく、プログラムによって動く。そうすると何が起こるのかといえば、『ロンドン警視庁によれば、二〇一三年にロンドンで盗まれた八万九〇〇〇台の車のうち半数近くは、犯罪者が車を開けて始動するための様々な電子機器を使ってハッキングされたものだった。』──というのはほんの一例にすぎない。
GPSは便利に自分の位置を知らせてくれるが、あまりにも簡単に妨害されたり操作を受ける。GPS信号はもともと弱いので、不正者は正当な信号をもっと強い対抗信号で圧倒して騙すことができる。実際に2013年には、GPS信号の妨害によって8000万ドルのクルーズ船が奪われる事件も発生した。それ程の金がかかった物でさえセキュリティはザルであり、あっけなく奪われてしまうのだ。それ以外の船舶の弱さは言わずもがなである。当たり前のように使っているスマホやパソコン、飛行機や顔認識アルゴリズム、指紋認証でさえもたやすくハックされてしまう。それが「現在」だ。
未来の事例
では、未来はどうなるだろうか? たとえば、世界的な潮流として取り上げられることの多い「物のインターネット(Internet of the things)」はスマホもタブレットもテレビも目覚まし時計もカメラもほとんど全ての物がインターネットに接続したり、相互に通信しあったりする状況のことをいう。スマホから家電や電気のオンオフ、将来的には家事用ロボットの制御まですべてが行えたらそれは楽で素晴らしい未来に思える。しかし、それは「全てがハッキングされかねない世界」の到来でもある。
IoTを支えるテクノロジー、RFID(ICタグ)やワイヤレス通信技術の一つであるブルートゥースは簡単に突破されてしまう。現状すでに空き巣などは、標的のFacebookやTwitterの投稿によって「いない時間を見計らっている」が、家の中のものがすべて繋がってしまえば、それもさらに容易になるだろう。冷蔵庫が最後にあいた時間を調べたり、室温調節器に長期旅行モードになっているかどうかを聞けばいいだけだ。
IoTには語り尽くせない恩恵がある一方で、その潜在的な裏面も巨大だ。二〇二〇年までに五〇〇億個の対象が新たに世界的な情報網に加わるということは、そうした装置のそれぞれが、潜在的には良きにつけ悪しきにつけ、他の五〇〇億個の接続された物体と相互作用できるということだ。その結果、二五億兆通りの対象と対象が相互作用する可能性ができる──あまりに広大で複雑なために、理解もモデル化もできない。
遺伝子情報はこれからもっとたやすく取得できるようになり、我々が普段目にする「画面」や「情報」はもっと広くなっていくだろう。Google Glassのコンタクトレンズ版も開発中だというし、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)やサイボーグ技術などテクノロジーと人間の関係が密接になり、情報のやりとりが活発になればなるほどセキュリティの脆弱性がもたらすリスクはより増大していく。それが「フューチャー・クライム」における明白な結論の一つだ。
どうすればええねん
そんな増大する一方のリスクにたいして、我々はどう対抗していけばいいのだろうか──といえば、完全な防衛は無理だという結論に本書を読むと達するだろう。
個人でも頻繁にシステムにアップデートをかけるとか、パスワードはできるだけ長くし、使いまわさないとかはすぐできる。とはいえ、たとえインターネットに一切繋がなかったとしても自身がSNSなどでなりすまされるリスクは依然として残る。さらに、周囲がインフルエンザにかかっていれば自分がどれだけ対策をしていてもあまり効果がでないように、個人がとれる対応策の限界点もまた存在する。
求められるのはより上流、抜本的な対策ということになる。そのため政府や企業がそのリスクをしっかりと正しく認識し、できることから始めていくしかないのだろう。本書でも提言はいくつか行われ、それは「すべてを解決する魔法の杖」ではないにせよ堅実かつ実際的な内容である。インターネットから離れて生きるというのがほとんど不可能な現代人にとってはそのリスクをまっとうに評価するために必読の一冊だ。