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サイエンス重視の意思決定ではもはややっていけない──『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』

HONZは自分の好き勝手に本を紹介するサイトなので、同じ本についてレビューが書かれることはあんまりない(先に書かれると書きづらいし)。ところが、本書『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』は偶発的に同時にレビューが上がったのもあって、興味を持って読んでみた。

で、言っていることは「現代のエリートはアートを学ぶ」という単純な事実なのだけれども、これがおもしろい。たとえば「芸術学修士(MFA)は新しいMBAである」と題した記事がハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたり、グローバル企業がアートスクールに幹部候補生を送ったり、といった新たな流れが実際に存在している。

それがなぜかといえば、ただ箔をつけるためとか、ビジネス上の会話をスムーズに進めるためなどではない。『彼らは極めて功利的な目的のために美意識を鍛えている。なぜなら、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない、ということをよくわかっているからです。』

今、美意識が求められている理由

これだけだと意味がわからないと思うので補足説明すると、現代において「美意識」が求められている理由について本書では次の3点を主な理由として挙げている。

1.論理的・理性的な情報処理スキルの限界が露呈しつつある。⇛多くの人が分析的、論理的な考え方をするようになった結果、誰もが"同じ正解"にたどりつき差別化が不可能になってしまった。また、現在のように複数の因子が複雑に絡み合う状況下では完全に論理的・合理的な決断は下せない状況が多くなってしまっている。

2.世界中の市場が「自己実現的消費」へと向かいつつある。⇛これもその通りで、ようは機能面ではもう完成してしまっている商品が多く(掃除機とか、これ以上進化するの難しいし)、もう「持っていることで承認欲求が満たされる」とか「持っていることが究極の自己満足に繋がる」みたいな要素が比重として大きくなっている。その時に必要なのは、合理性よりもむしろ感性に訴えかける力である。

3.システムの変化にルールの制定が追いつかない状況が発生している。⇛現代は変化が早すぎてルール/法律は後追いでそれを認めたり認めなかったりするので、極端な合理主義で「現在の法律ではこれはグレーゾーンなので顧客から金を搾り取りマースwwwwww」みたいな、美意識や顧客への誠実さに欠けた経営をやると、一時的に金は儲かるかもしれないが、大きな権力を持つであろうエリートこそ行ってはならない。結果として法改正が追いついて、しっぺ返しを喰らったりするしね。

そもそもアートって何なのか

そもそも「アート」とはいったい何なのかという疑問が湧いてくるが、簡単にまとめてしまえば「なんとなく、これが美しいから」という感覚が「アート」であって、それがなぜ美しいのかといった「分析」はそこには存在しない。経営の意思決定の理由を問われてそんな返答をしたら叩かれそうだが、逆に理由を言語化できるということはつまり再現性があるということであり、容易く他者にコピーされてしまう。

誰もが同じ結論を出す世界から抜け出し、差別化を行う際に「アート」を許容できる組織は強くなっていく。で、すべての意思決定がそうした「アート」的感覚で決められたらうまくいくはずもないが、現代企業の多くは「サイエンス」偏重がすぎるので、バランス良く経営にとりいれていきたいよねという話である。『この問題を解決する方法は一つしかありません。トップに「アート」を据え、左右の両翼を「サイエンス」と「クラフト」で固めて、パワーバランスを均衡させるということです。』

さあ、しかしそもそもが美意識、アートとはフワッとしたものであり、本書も直感の領域を美意識の範疇に含めたりなんか「説明のつけられない事象のほとんどを美意識の定義の中に入れられちゃいそうだなあ」とか、そもそも「美意識を鍛える」って言ってるけど、ホントにそんなもん鍛えられんの? 御大層にアートだなんだといっているアメリカの大企業もコンプライアンスグダグダじゃね? アマゾンのどこに美意識がある? kindleアプリマジでクソだから早くなんとかしてくれよとかいろいろ疑問はあるけれども、少なくとも大筋の理屈としては非常に納得のいく一冊だった。

新書で読みやすいので、幅広くオススメしたい所。この記事では触れなかったが誠実さについてや哲学について、「天才」の定義の話など、幅広い事例を通して美意識を鍛える意味を教えてくれる。