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不死を得た世界に、新たな神が現れる。フランス作家による未来への警告──『透明性』

透明性

透明性

この『透明性』は、セネガル生まれのフランス人作家マルク・デュガンによる長篇小説である。本書が長篇のフィクションとしては本邦初紹介作となるが、これまで13作の小説を刊行していて、映画監督やジャーナリストとしても活躍する、フランスでは名声の確立した作家のようである。FBIのフーバー長官や、ロシアの原子力潜水艦についてなど、過去とその歴史をテーマにした、ノンフィクション的な小説が有名だった著者だが、今回の作品は、2068年頃を舞台にした近未来小説だ。

どのような世界なのか

トランパランス(透明性)社の社長の女性とその12人の仲間たちが、世界の金融市場に前例のない攻勢をかけ、全人類を新時代へと投入させることを画策する場面から物語は始まる。彼らは世界の株式が大暴落する事件を起こし、事前に莫大な規模の空売りを仕掛け、グーグルを始めとした世界を支配する企業の買収を計画している。

トランパランスは、透明性の名の通りにすべての情報を本人が提供することで、将来のパートナーとの相性や仕事の相性を判断できる、すごいマッチングサイトみたいなものだ。遺伝的傾向、セックスの好み、社会的、精神的変化に関する無数の情報。この時代、データを明け渡すことは様々な報酬によって推進されており、たとえば肌にチップを埋め込むなどして、バイタル情報までも送るようになっている。そうすることで、医療リスクを低減し、さらには生きていくための報酬を得ることができる。

この時代の人々は、調べればなんでもわかってしまうので、逆に自分自身ではもはや何も知らない。GPSなしにはどこにもいけず、太陽や星から自分の位置を見つけることはできない。検索して、退屈を退ける。綿密な知的文化的構築をしないようになっていて、それはきちんと組み立てられた知識がないと、あらゆることを知っているようで何も知らない状態に陥るからだ、というわけだ。トランパランスの社長を中心に据えながら、非常にデジタル社会への批判的な論調が一貫している。

新時代の神

そんな世界においてグーグルはどのような会社になっているのか。グーグルとその他のデジタル大企業は、2030年には横断的な国家となって、独立した領土に本拠地を置きもはや国の法に縛られていない。データを提供してもらうかわりに一種のベーシック・インカム的な固定収益を与えることで、いよいよデータの帝国と化している。

リバタリアンたちは限りなく富を増やそうと行動を続け、貧しい人間たちは生活水準が上がるとこれまで以上に消費活動に励み、それがさらに地球の環境悪化を促進させる。地球上から鳥の声はほとんど消え、金持ちはどんどん北へ移住していく。トランパランスの社長カッサンドル・ランモルドティルはそうした時代に対して『私は、絶滅の危険に脅かされて、人間が完全に生まれ変わらなければならない、この刺激的な時代の挑戦を受けて立つことにした。』と宣言するような人物である。

彼女はそこでトランスパランス設立後にグーグルのトランスヒューマニズム部門に入社する。バージョンアップされた人間、機械化された人間。人工知能との協働。「新しい人類」の創造。グーグルは不死を目指し、不死の実現に時間がかかるなら、死を先延ばしにしようとした。だが、カッサンドルはそうした状況に同調しなかった。

この国は不死の文明として立つ貪欲なアメリカからの転向者であるトランスヒューマニストとリバタリアンの混合なのだ。マウンテン・ヴューでの最後の数カ月の間、私は発狂した精神病者の群とともに生きているような感覚を持った。彼らは現実と決定的に決別してしまい、彼ら同士、永遠の王国の扉に立つ使徒のように彼らの顔を照らす輝かしい恍惚状態があるかどうかでお互いを認識していた。彼らは人間に別れを告げようと焦っているように見えた。感受性や感情、確信の欠如や脆弱さでできている人間に、彼らはもう属していなかったのだ。

彼女が思い描いている理想の不死は、グーグル的なものとは違っていた。脆弱性を抱えた人間を、脆弱性を抱えたまま不死へと移行させること。莫大なデータ収集から、ソフトウェアとして個人をシミュレートさせることで、それを実現する。グーグルは一握りのエリートにのみ永遠の命を保証しようとしているが、彼女はより一般的な、アルゴリズムによって再生されるか否かが決定される、平等なシステムを夢想した。

それはある意味では、アルゴリズムが新しい神になる世界だ。人々は死んだ後も生き続けたいと願い、そうである以上、アルゴリズムが望む「死後も生きるに値する人間」に適合するように行動を変容させる。新しい神はグーグルにあるのか、はたまたカッサンドルがその夢を実現するために立ち上げたエンドレスにあるのか。そのために、彼女は物語の冒頭のように「世界の金融市場に前例のない攻勢をかけ、全人類を新時代へと投入させることを画策する」。はたして、新しい時代の神は誰なのか。

200ページちょっとのコンパクトな物語で、凄まじい速度で事態が進展していくので「おいおい」と思うところもあるのだけれども、その分ざっくりと、大きく世界の変容が描き出されていてSF的にもおもしろい。長くトランプ政権に対する批判というか、トランプ文明論が語られているところもあって、(あまりにもざっくりとしたデジタル社会への批判的な描写もだけど)そのへんの現代の政治と関わってくる部分の語りについては、くどいととるか、おもしろいととるか分かれるだろう。

おわりに

近年のトランスヒューマニストや、シンギュラリティをめぐる議論をみていると、それらの多くが科学的な議論というよりも、死生観の話に繋がっていて、これは要するに宗教の話をしているのだなと思う。シンギュラリティは新しい宗教であるといっていいだろう。これを信じることで、我々は死後の生を得ることができる。

シンギュラリティが起これば、我々は死から解放されるだろう。だからこそ、シンギュラリティ教の信者は、自分が仮に生きている間にシンギュラリティが達成されなくても、人体の冷凍保存などを駆使して死後に期待をかける。人体を冷凍保存したところで科学的に復活は不可能と言われているが、宗教なのでそうした細かなことはあまり関係ないのだろう。ゆえに、不死をめぐってトランスヒューマニスト的なアプローチをとるのか、はたまたカッサンドルのエンドレス的なアプローチをとるのかは、「はたして誰が神になるのか」を問う、新たな宗教戦争なのだといえる。

我々は死後の生を保証してもらうために、どんなテクノロジーを信じるのか? 近未来の話ではあるが、扱われているテーマは現代的だ。