基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

読書会について

読書会について書いていきます。長いですが下の方に結論だけまとめたものがあるので読めない場合、読み飛ばしてください。

僕は結構読書会をやってきた。大学生のときは先生と協力して読書会の授業を作って、毎週読書会を十何人でやったこともある。ネットで知り合った知人と読書会もやってきているし、スカイプ読書会も僕が企画したわけではないのだが何度か参加したことがあるし、スカイプジャンプ読書会というものを自分でやったりもした。自分で主催した数の方が多いが、主催側に立っているといろいろとできることできないこと、問題点などが明るみに出てくるものだ。

就職してからはすっかり読書会に自分から参加も企画もすることもなくなってしまったのだが、思えばもっと一回一回分析して「読書会」としてどこがまずくてどうすれば読書会は面白くなるのかといった経験を蓄積させていくべきだったかもしれないと今は考えている。なにしろ「面白い読書会」をつくるのは経験者ならある程度わかってもらえると思うが、結構難しいものだからだ。

なので過去の読書会経験についてここで簡単にまとめておこうかなと思う。最初に失敗気味だった体験談を話して、失敗した原因について考える。次に成功体験を話して、成功の原因について考えてみよう。

失敗気味の読書会

1.大学生時代に経験した読書会について
大学生時代は何度も読書会をやった。授業でもやったし、マルクスエンゲルス研究会という頭がいっちゃってどう考えても誰も入ってこないだろというサークルをつくったりもした。正確にはなんか集まっていたら自然と誰かがサークルということにしていて、名前を勝手にマルクスエンゲルス研究会にしていたのだから仕方がない。マルクスもエンゲルスも特に読んでいないのにマルクスエンゲルス研究会なのだ。なんじゃそりゃ。

この頃にやった読書会はどれも印象的なのだが、どれも盛大な失敗続きだった。まず最初にやったのはフロイトの『精神分析入門』だった。これは熱烈にやりたいといった先輩がいたからやったのだが、とうの先輩は今では思い出せないがなぜかこれず、集まったのはフロイトに興味も何もないがとりあえず読んできましたという雑魚ばかり。これで読書会がうまくいくはずがない。

かくいう僕もフロイトのいっていることは物語として、読み物は面白いがでもこの人、正直いってアホだよねとそのときは思っていた。彼が精神科医としてはほとんど誰も治せなかったという経歴も僕の疑惑をかきたてたし、それは他の人にとっても同じようで結局「まあいってる事は面白いけどこの人キチガイだよね」とだけ共通理解をもたらしてその読書会はおわった。

次に読んだのが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を4人ぐらいで読んだ。これは一人の先生が熱烈にやりたいといったのでがんばって読んだ。といっても一気に読むのではなく、一週間に一回、一章ずつ読んでいくという方法でやった。しかしこれがまた意味不明で、一章だけだと「はあ、まったくその通りですなあ」という他ないことも多く、「その通りですなあ」だけでは、当然ながら時間がもたないことが多々あった。

そのあと何を読んだのかあまり覚えていないが、最後にやったのはハンナ・アーレントの『人間の条件』でこれはなかなか面白かったものの、批判できるほど教養があるわけでもなくみんな「まったくそうだよなあ」とか「ここに書いてあることが意味がわからん」などといって適当に時間をつぶした。ダメだったのは「意味がわからん」といっても誰も意味がわかるやつなどいないことで、結局何にもならなかった。もちろん「ここがいいよね」といっても「そうだねえ」で終わりなので話が広がるはずもない。

結局マルクスエンゲルス研究会でやった読書会はやった本が重たいので記憶には残っているのだが、面白かったという記憶はまったくない。反省点はいくつかあるのでまとめてみよう。

1.難解な物をやる場合は最低一人でもいいのでその分野の専門家がいた方がいい。
2.やる気がないやつが集まってもどうしようもない。
3.一章ずつというのはモチベーションが続かないので、明確に目的があり準備もしている場合を除けばやめたほうがいい。
4.以上を踏まえて、課題本と参加者の選択は一番重要である。

1は特に重要で、ぶっちゃけ歴史的宗教的な背景がなにもない馬鹿がいきなり『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読んだって何か語れるはずがないのだ。この本が出てくる歴史的必然性とか、そのときの状況を理解していないとこの本が何をやってどれだけ革命的だったのかということがわからない。もしどうしてもやりたいというのだったら、分野に詳しい人間を連れてきてリードしてもらうほかない。

3は考慮の余地があるだろう。たとえばITエンジニアなどの技術職であれば多少わかりにくい概念のところをみんなで検討する、一章ずつ何かを作りながら前に進んでいくといった感じでできるかもしれない。ただそれでもわかっている人間がいることはどうしたって前提になるだろうな。

なので「読んでもよくわからん本を、よくわかってない人たち」でやることは基本的にあんまり意味がないというか、意味がなくても楽しければいいんだけどそもそも楽しくないのである。2.は当然として、3.はまあ例にあげた通り。ただこれも成功例はいくらでもあると思う。たとえば多少複雑な概念を扱っている本を読む時(プログラムなどの)、ディスカッション形式で一章一章やっていくのはありだと思う。

しかしこれも結局のところ「何の本を選ぶのか」「誰がその会に参加しているのか」に大きく状況を左右される事案なので、実行する場合はよくよく考えてほしいと思うということで4.の結論に至っている。

ではまた僕が行ってきた読書会をみて、どんな読書会がつまらない読書会なのかをもう少し見ていこう。

大学でやった読書会の授業

これはどっちかというと僕は企画側だったが特別何かしたわけではない。授業の形式はどういうものかというと、12人ぐらいの学生が集まり、課題図書を週に一冊読んできて、それについて語り合い、最後に次週の課題本を決める、というやり方だった。『プロテスタンティズム〜』などを一週間で読んで来いというのは過酷なので、大抵はさらっと読めそうな文芸本であった。

実をいうと文芸書を読書会するマルクスエンゲルス研究会とは別の読書会もつくっていたので、そっちでもやっていたのだが、面白かった点も問題点も同じようなところなので一緒にしてしまう。最初はやり方も決まっておらず、12人が一人一人端から感想を言っていき、途中で出た疑問点などを最後で議論するという方式でやった。

が、いうまでもなく1時間30分という制限時間内で12人が一人一人言っていたのでは時間が足りず、自分が喋る時間の数分を待つために人の退屈な感想を聞かないといけないので苦痛だった。その後問題点に気づき、6人6人の2チームにわけてそれぞれのチームで出た疑問点をみんなで議論するという形式に変えたが、これもまた微妙だった。

まあ問題点はいくらでもあったが、まず一人一人が感想を発言していくのだが、どうしたってかぶる感想は出てくるし、それを聞いているのが苦痛なのだ。しかもさらっと読める文芸書に対してプロでもない素人たちから出る感想だからどうしたっておもしろかった〜以上の突っ込んだ話にはなかなかならないのである。そしてチームが分割されて、なんだか話が盛り上がらないチームに分けられてしまい、別のチームのほうがわっはっはっはと盛り上がっているとなんだか無性に焦ってくる。うう……こっちのチームは笑い声なんか起きねえ……あっちのチームにいきてえよう……と思いながらつまらない話を聞いているのは苦痛そのものだ。

結局「一冊の文芸本をテーマに、素人が複数人であーだこーだいうタイプの読書会は難しい」という結論に至った。もちろんそれだけテーマの多い重層的な本だったらいくらでも語りようがあるのだろうが(グイン・サーガとか、銀河英雄伝説とか、基本的にはシリーズ物)一週間に一冊ペースの読書会という授業では難しい。

ただ盛り上がらなかった回がないのかといえば、そういうわけでもない。解釈がわかれるタイプの作品というのはあって、語りやすい本は確かにある。よしもとばななや、村上春樹などは盛り上がった。またこの授業の中でやっていたことだが、「作家を読んでの読書会」をいくつか企画してやって、それは普通におもしろかった。それは「面白かった読書会シリーズ」で書く。

さて、失敗談の方はこれが最後だが、スカイプ読書会である。僕が参加したのはそこそこ小難しいノンフィクション系の本を読んできて、不定期でスカイプで集まって話し合うというやつだった。スカイプがあれば距離など関係ないという現代っぽい読書会だが、これもまた難しい。上記で語ってきた問題が噴出するのである。

本が難しくて内容の確認だけで終わってしまう。把握するだけで精一杯なので、疑問点など出るはずもなくよって議論にならない。スカイプという黙っていても特に問題のない形式の為、フリートーク形式の場合司会がうまく話をふらないと数人が苦し紛れに話すだけになってしまう。

なにしろやったことがある人はわかると思うが、スカイプというのは当然相手の顔がみえないので、沈黙がひどく怖いのだ。誰も何も喋らないときの初対面同士の沈黙というのは最高に重たい。この世の終わりかと思うような沈黙だ。主催者はそれだけは避けたいばかりにつまらないことを喋り続ける羽目になる。

ちなみにジャンプ読書会は二回ぐらい僕が企画してやったのだが、そこそこ面白かった。軌道にのったら面白かったかもしれないが、僕がめんどくさくなって(というかジャンプで読みたくない漫画が増えすぎて)すっかりやめてしまった。あの時集まってまたやろうねっていってくれたみんな、ほんとごめん。

どんな場合にあんまり面白くない読書会が出来上がるのかについては多少わかってもらえたのではなかろうか。ちょっとまとめておこう。

失敗した要因

課題本について
・参加者の誰もがしり込みしてしまうような難しい本を選ぶと失敗する。
・内容が軽すぎる本を選ぶと誰もが同じことしか言うことがなくなって失敗する。
・そもそも一冊しか課題本がないと話すことがなくなる傾向がある。

形式について
・一週間につき一章のようなやり方は多分大学の授業でやるんでもないとモチベーションが保てないので無理。
・スカイプなどでやる場合は、黙っていても違和感がない。そうすると対面でもない為、表情も出ないから喋ってないときの空気が最高に重い。司会が全員が発言できるようにしないと責任感のある人間が無理やり空虚な喋り続けることになる。
・一冊の本について一人一人感想を言わせる形式は、少人数ならいいのだが大人数だと難しい。

読書会のメンバーについて
・共通理解(SFがすき、ラノベがすきとか)がないメンバーで、課題本が一冊だけの場合は純粋に本のことだけを語り合う羽目になるので慎重に本を選ぶ必要がある。
・まったく未知の分野の読書会をやるときに、無知な人間ばかり集めて挑むと「よくわかんない」を言い合うだけの不毛な会になる。
・普段ろくに本を読んだことがない人間ばかりが集まる場合、司会がうまくやらないと「面白かった」だけで感想が終わってしまう可能性がある。

読書会をするときに重要なのは「どのような形式で」「どんな本で」「どんな人たちと」やるのかだというのがここまでの失敗談でわかっただろう。ここからは「成功した(面白かった)パターン」について書いていこうと思うが、だいたい上記3つのうち、どれかが当てはまると読書会というのは楽しくなるというのが僕の考えである。

また例外的な規則として、主催側が明確にその立ち位置を打ち出している場合は面白くなる確率は上がると思う。ようは、事前に作品を読み込んでおき、論点となりそうな部分をいくつかピックアップしておく。たとえばこのキャラクタは好きか? 嫌いか? どのキャラクタが一番好きか? といったような問答から、あるいはこの選択はアリか? ナシか? この解釈の分かれそうな部分をみなはどう考えるのか? などなど。こうした疑問点を自然に投げ込みながら、会話を誘導していくことができれば小説であればだいたいうまくいくだろう。

面白かった読書会

1.大学での読書会(作家を読んでの読書会)
大学での読書会がわりと失敗だったのは前述の通りだが、1クールに1回作家を読んでの読書会というのをやっていた。これは今までの読書会に、こちらから著者にアポをとって大学まで来てもらい、著者の本を一緒に読もうという試みだった。

わざわざ著者がきてくれるのだからみんなしっかりと読み込んでくるし、色々な話も聞かせてもらうので当然面白かった。作家さんの方も恐らくだが、対面で感想を聞かせてもらう機会というのはなかなかないのではないだろうか。意外と作家というやつは暇なのか、呼べばきてくれることが多い(もちろん敬意も経費も払っていますよ。人によるけど一回2〜3万ぐらいだったかな)。

もちろん人気作家(伊坂幸太郎を2〜3万で呼ぶなんて無理だ)であったり、住まいが遠いなどだと難しいだろうが、「著者を読んでの読書会」というのは実はそんなに難しいことではないのだ。どうやって作家へのパスを通していたのかといえば普通に編集部に電話して依頼を投げていた。まあひょっとしたら大学だったから出来たのかもしれないけどね。

これは当然読書会をやるための「どんな人たちと」やるのかに相当する。著者を呼ぶのはひとつ究極の形だろう。

2.スゴ本オフの読書会
スゴ本オフの読書会がある。これは第一回にしか参加していないのだが、きっと今はもっと面白くなっているんだと思う。もっとも今は多くの人が参加したがっているので、参加するのも一苦労だ。ここらでどんどんスゴ本オフ型の読書会がラーメン屋ののれん分けのようにしてわかれていってもいいのではないかと思うが、それはまた別件。

スゴ本オフ型は僕が読書会をやっていていいなと思った要素が全部ある。さっき書いたように形式、どんな本か、どんな人たちか、だ。まず形式だが、スゴ本オフではテーマを決めて(たとえばSFとか)そのテーマに沿って、一人一人がお勧め本を持ってくる。そして一人数分程度で、自分が持ってきた本がいかにお勧めなのかをアピールする。

この形式のいいところは基本的にかぶりというものがないところだ。一人一人がアピールするのは僕がやっていた大学の読書会授業と同じだが、そこでは全員が同じ本についてアピールする為に内容の重複が多くて飽きてしまっていた。だがスゴ本オフではテーマにそった形でみんなが別々の本をプレゼンするので、飽きない。また最後には本をシャッフルすることにより、読書会の目的である「未知との遭遇」に沿っているのだ。

この形式は「どんな本か」という問題もクリアしている。難しすぎても、簡単すぎてもノーだったのは基本的に「一冊を対象にした読書会」だったからだ。「一冊を対象にした読書会」で行われる未知との遭遇は「異なる考え方」との遭遇であって、その楽しさを得るためには読む側のレベルと、何より本自身の語る幅が必要だった。もっとも一冊を語る方式にも良いところはいっぱいあって、その点は犠牲にされているが、ようは発想が違うのである。

最後に人だが、創元推理の編集者やハヤカワ書房の編集者を呼んだり、その業界の人間に声をかけている点もさっき述べたように「ひとつ究極の形」だ。一冊の本をテーマにしているわけではない以上、作家を呼ぶのはなかなか難しいのだが、その代わり多数の本を集めるテーマに沿ってその道の専門家である編集者を呼んでいるのである。参加してないので実際にどうだったのかはわからないのだが、きっと楽しかったはずだ。


3.誰が得するんだこの書評の読書会
主にSFの短編年間傑作選を選んでやっていた。この形式のいいところは、ひとつひとつの短編について少人数で感想をいっていくのがけっこう楽しいところにある。一冊長編だとぶっちゃけ時間がもたないのだが、短編は発想に注目して語れるので読書会との相性はとてもいいのだ。しかも個人の短編集だと発想や語る内容も偏ってしまうのだが、年間傑作選やNOVAのような複数作家によるアンソロジー形式なら作家論も混ぜられるので良い。

スゴ本オフ程大規模ではないので人も「SF好き」と傾向をまとめていられるので人の面でも良い。失敗談のところで共通理解がないとやりづらいと書いたが、逆に言えば共通理解をもっている人たちがメンバーだとやりやすいのだ。たとえ一冊しか課題本がなくても、自然と同ジャンルの他の話題と結びつき話しやすくなる。

4.スカイプジャンプ読書会
毎週定例にしようと思ったのだが失敗した。『誰が得するんだこの書評の読書会』であげた良かった点をジャンプ読書会はだいたい踏襲していた。ジャンプ好きが集まってきて、ひとつひとつの漫画に対して語れるのでよい。もっとも誰もが全部の漫画を読んでいるわけではないので、その点はちょっと難しかった。

これをやっていて勉強になったのは、少人数だと結構全員の話が聞けるところだ。掲載順に感想を言い合っていき、盛り上がりが悪いところは「これっておかしくない??」などといって疑問を持ち上げると4〜5人だと話が盛り上がりやすい。これは司会の腕の見せ所だろう。

と、とりあえずここまでで僕がやってきた読書会経験はすべてである。他に面白そうな読書会として、巷にはAtoZ読書会とか、やつはみ喫茶読書会などのように「一冊をテーマにした読書会」があるのだけど言ったことがない。短編集などではなく一冊をテーマに語るタイプを楽しくやる方法はこの記事中では経験として語れなかったので、参加してみたい。人と本さえうまく合えば、とても面白くなるのは確かだ。

いったん僕が考えた読書会成功要因を挙げてみよう。

成功の要因

課題本について
・内容が多層的、あるいは解釈がわかれそうな語れる本にしよう。
・複数人が書いている短編集を課題本にすると、語りやすい。
・出来るならば、出席する人に合わせて本を選ぼう。

形式について
・より深く潜るための「一冊の本について語り合う⇒未知の解釈、感想との遭遇」なのかより広く潜るための「お勧め本を持ち寄る⇒未知の本、考え方との遭遇」がいいのかをまず考える。
・前者の場合はテーマに沿って各人がお勧め本を持ち寄ってプレゼンする「スゴ本オフ方式」はお勧め
・一冊の本を持ち寄る形式をやる場合は、「語れる人」か「語りやすい本」のどちらか一方でも得られるように気をつけよう。

読書会のメンバーについて
・共通理解をもっている人たちがメンバーだとやりやすい。たとえばミステリが好きだ、ライトノベルが好きだ、といった共通項があること。これならたとえ一冊しか課題本がなくても、自然と同ジャンルの他の話題と結びつき話しやすくなるからだ。
・著者や編集者のような「専門家」や「多くの人が知らないことを語れる人」などがいると、当然だが盛り上がる。
・感想を言いなれていない場合は、自発的に言わせるままに任せると「面白かった」だけで終わってしまいがちだが、疑問系できくと答えやすくなるのでそのあたりは司会の腕のみせどころである。

書き終わった

一息で書いたので疲れた……普通に二時間ぐらいかかった……。。何も参照せず、自分の経験だけを頼りに書いたので独りよがりはなはだしいですが、うまくやると読書会ってのは知らない人と会ったり、知らない本とあったり、知らない考え方と会ったりがすごく楽しいのでお勧めですよ。