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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

鈴木さんにも分かるネットの未来 (岩波新書) by 川上量生

新書

これは凄く良かった。どこかが突出して良い、コンセプトがいいというよりかは全体的に満遍なく良い。スタジオジブリの「熱風」という一般には販売されていない雑誌に連載されていたもので、「鈴木敏夫さんでもわかるように」書かれているので僕の両親(50代半ばだから世代が違うが)にも渡せるような出来だ。内容としてはそういう前提があるから、「ニコニコ動画とはなにか」「ネット住民とは、リア充とはなにか」というような少しでもネットに触れている人なら「そんなの知っているよ」と思うようなところから流れを説明してくれる丁寧さがある。

鈴木さんにも分かるネットの未来 (岩波新書)

鈴木さんにも分かるネットの未来 (岩波新書)

いくらネットにどっぷり日常的に浸かっている人たちであったとしても、それぞれ得意分野であったり興味分野が異なっているものだから、一部分については詳しくても他の部分については殆ど何も知らないということが往々にしてある。本書はその溝を埋めるようにして広く、細かくおっていくように構成されている為、広く薦められる本になっているのではないかと思う。というわけで、インターネットといったものを見渡した時に、主要な論点をほぼほぼ解説し、未来はどうなるのかを予想という形で示していくのが本書の内容だ。

常日頃の川上さんの文章にならって本書はその内容は基本的に理屈立てて並べられている。理屈とは結論なり概論なりを導き出すために言語と意味上の筋道が通っていることだと仮にしておくが、間違いや異論があったとしても指摘しやすい(筋道がないと指摘もできない)。もっとも僕は本書の内容にほぼ異論はないんだけれども。平均的な日本人より各種の情報が入ってくる位置にいるから当然ともいえるが、やはり川上さん自身関わりあいの深いコンテンツとプラットフォームのあたりの内容は抜群に面白い。何より、当り障りのない「ネットの現在」と「これから」を語るのではなく、あえて議論が割れそうな部分へ踏み込んでいるのが良い。

目次が綺麗にまとまっているのでまずはそこをとっかかりにしよう。1 ネット住民とはなにか. 2 ネット世論とはなにか. 3 コンテンツは無料になるのか. 4 コンテンツとプラットフォーム. 5 コンテンツのプラットフォーム化. 6 オープンからクローズドへ. 7 インターネットの中の国境. 8 グローバルプラットフォームと国家. 9 機械が棲むネット. 10 電子書籍の未来. 11 テレビの未来. 12 機械知性と集合知. 13 ネットが生み出すコンテンツ.14 インターネットが生み出す貨幣. 15 リアルとネット ネット住民とは何かはまあ常識的な話にしてもネット世論はニコニコアンケートの話があって面白かったな。

たとえば100万人以上が回答するニコニコ動画のネット世論調査では、情報源を得る媒体(新聞、テレビ、インターネット)の違いによって支持政党の割合が大きく異なっているのだという。新聞から情報を得る層は自民党指示が38%、テレビが自民党26.8%、インターネットが自民党56.6%。『これをどのように解釈すればいいでしょう。いわゆる世間で世論と呼ばれているものは、自然発生したものではなく、新聞とテレビというマスメディアの強い影響を受けた世論であると考えることができるでしょう』そして当然ネットを主な情報源にする人間も偏った比率を出すわけで、これがいわゆるネット世論ということになるのだろう。

オープンとクローズド、コンテンツとプラットフォーム、インターネットと国境のあたりの話は殆ど一繋がりの話題で、どこかで切ることが難しいのだがそれだけに本書における中心的な話題になってもいる。面白いのは、川上さんは「インターネット上に国境と国家権力による支配があったほうがいい」という意見を語っているところで、背景にあるのはシンプルな理屈だ。ようは日本国内のインターネットを日本政府が中途半端に規制すると、国内の企業はそのルールを守らされ海外の企業はその分だけ有利にゲームを進めることが出来るようになってしまう。違法な動画が海外企業にアップロードされているだけで手が出せなくなる、電子書籍のようにサーバとの通信だけで取引が完結してしまう場合は消費税すら払われない。その分だけAmazonは圧倒的に有利になってしまう。

『実質的には海外企業の保護政策みたいなものになってしまうからです。』そもそもインターネットに国境をつくるとはどういうことかといえば、自国の法律に従わない海外のサーバへのアクセスに制限をかけることだ。それだけで事実上のシャットアウトになり、法律は守られる範囲だけでネットが存在するようになる。当然これについては今まで当たり前に出来ていたことが出来なくなるわけで、反発必至だ。何もかも自由ならそれはそれでフェアだ。しかし半端な規制がかかった状態で考えると、普通に利用している個人からすれば迷惑な話だ、となるけれども自分たちだけ枷がハメられている日本企業からすれば朗報だし、国家としても本来のルールならとらなければならないはずの税金がとれるようになるわけだから正常な形といえる。

それは結局のところコンテンツ企業が息を吹き返す結果になって、結果的に個人にまで利益が還元されるかもしれないし、そんな事はないかもしれない。ただ現状インターネットが法律や税といった面においてグローバルにグダグダ、無法地帯になっているのは確かで、そこに秩序を求めるのは動きとしてそう間違ったものではないと思う。その後の「グローバルプラットフォームと国家」で語られるように、現在AppleやAmazon、Googleのような巨大プラットフォームがいつでも変更可能な税をとり、審査によって法を決め、場合によっては削除まで思いのままでそれに抵抗することのできない国家の力が弱まっていくという現在の構図まで含めて、世界の見取り図としてよくできている。

機械が棲むネット、電子書籍の未来、テレビの未来、機械知性と集合知、ネットが生み出すコンテンツ、インターネットが生み出す貨幣、あたりは繋がりはさほどなく個別テーマの仔細検討と言った形だけれども、どれもまとまっていて良い。電子書籍については結論だけ書けば紙の本が電子書籍に置き換えられるのは避けられない未来だというけれども、まあそうでしょうね。コストと利便性の殆どの面で優っているので、置き換えられない理由はほぼないでしょう……というのが個人的な感想だけれども、一方でアメリカの電子書籍ブームは終了したという話もある。⇢アメリカの電子書籍、“ブーム”は終了 « マガジン航

どうなんでしょうね。このまま二十年後も紙の本をみんな読んでたまに電子書籍買います、っていう未来像は想像しにくいけれども。置き換わるときはけっこうあっという間に置き換えるんじゃないかなあ。書店自体はどんどん減っている。流通する書店があるから紙の本をするし、トラックをガンガン走らせているわけで、流通する書店が減っていくに連れそうした輸送コスト及び製本コストがどんどん割りに合わなくなっていくと結果的に電子書籍への移行が進むと思っていたけれども。あとは定額課金制はすべてのコンテンツの制作費を賄うほど収入を分配することが難しいと言っているのは(今は移行が終わっていないから可能なだけで)まあ、そうだろうなあという感じ。

最終章のネットとリアルでは、ネットを自分たちの住処とするネット原住民とビジネスサイドからネットを見る人達と、生まれた時からネットが身近にあるデジタルネイティブを対比して語っている。ネットの利用者層がデジタルネイティブになるにつれ当たり前のようにネットがあり、リアルとネットの対比などそこには存在せず、当たり前のようにそれを使う、自然な融合が行われるようになるのだろうという。ただ「デジタルネイティブ」と一言でいっても、その使い方はそれ以前の層とは随分違うんじゃないかな、というのが個人的な感想。非常に限定的で、Twitterには鍵をかけ、興味範囲を「囲う」「閉じこもる」ような使い方が目立つように思う。

まあ、そのへんは僕の主観でしかないけれども。本書には未来予想がずらずらと並べられているが、ニコニコ動画以前と以後でネットの様相が大きく変わったように、何か一つの大きな要因によって5年、10年先のネットの未来図が想像もつかないものになっていてまったく不思議ではない。今だと人工知能やVR・SRだろうか。あるいは既存で可能な技術であってもいくらでも一変させる仕組みは起こりえる。教育において「学校に行く」形が撤廃されて各自自宅からインターネットを通して授業を受けるようになるだけでその世代の価値観と未来像はまったく変わることになるだろう。「学校にいく」ことをしない世代が「会社にいく」ことを当たり前のこととするわけはないし。

本書で書かれた予想は一年以上前のものだけど、それ故に現在において「あ、あたっているな」と思える部分も見えてきていて検証にもちょうどいい。僕はこれからはSFの時代だと思っているけど、あまりにも変化のスピードがはやいから「ちょっと先」のことを書くぐらいが読者の側からすると「感覚にぴったり」だったりするからだ。Twitterで暴れまわっている川上さんをみると「なんなんだこの人」と思ってしまうけど、いや(いくら対面ではないとはいえネットでやりとりする時に言葉遣いが荒くなる人が多すぎではないか。見るたびに辟易する。)、良い本ですよほんとに。