基本読書

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彼女はまちがいなく、世界一の美女だった──『ブロントメク!』

ブロントメク! (河出文庫)

ブロントメク! (河出文庫)

著者のマイクル・コーニイは『ハローサマー、グッドバイ』が有名で、この『ブロントメク!』はそれと並ぶ最高傑作と評価されている長篇だ。

『ハローサマー、グッドバイ』は傑作だっただけに本書へも期待がかかっていたわけだが、たしかに並ぶぐらいにはおもしろい。銀河中に人類が広がっており、特定の周期で特別なことが起こる惑星、特異な能力を持ったエイリアン、理想を体現した現実とは思えない美女の存在とこの世界のさまざまな要素が提示されていくが、それらがどう結末に絡んでくるのか最初はまったくわからない。それでも読み進めていくうちに、見事に要素が組み合わさって驚きと切なさを残して終わる、美しい作品だ。

ひとことで表現すれば手触りのいい作品、という感じ。描写のひとつひとつ、やりとりのひとつひとつが心地よく、世界それ自体へと興味を惹きこまれていく。それはまあ、マイクル・コーニイ作品に(少なくとも読んだものについては)共通している要素でもあるのだけど。発表年は1976年で、日本ではサンリオSF文庫で一度出ているが現在は中古以外では入手不可。というわけで僕は今回はじめて読んだ。それなりに時間も開いているし、新訳で手に入れることができるのはシンプルに嬉しい。

世界背景とか

物語は、先に書いたように銀河中に宇宙に人類が広がっている状況で、大陸がひとつだけぽつんとある海洋惑星のアルカディアを舞台にして進行する。中心人物であるケヴィン・モンクリーフは、ちょうど地球からこのアルカディアにやってきた移住者で読者への案内人となりながら移住して早々、この惑星にまつわるさまざまな問題に巻き込まれていく不幸な男である。

問題のひとつは、この惑星そのものにある。6つの月があるこの惑星では、52年に一度月が1ヶ所に集まることで高潮などの自然現象が発生する。この自然現象自体は別に人類滅亡に繋がったりすることはないのだが、この周期に合わせて大量発生するプランクトンが持つ感情伝達能力、動物に対する支配能力によって、人間を含む動物たちをその意志に関わらず海へといざない大量虐殺が発生してしまう。

もう一つの問題は、人口が3分の1になってしまったというアルカディア人口減少問題と必然的な有効需要の喪失による経済の停滞である。まあ52年に一度そんな悲劇に襲われるんだから人口も減るわな……移住もしてこないだろうし……という感じだが、そこに現れたのがヘザリントン機構。彼らは惑星アルカディアの為に多額の金を出すかわりに土地の所有など惑星のほとんどすべてがいったん機構側にうつり、住民には5年という期限つきとはいえ最低賃金での労働を求めてくる。

金も移民も必要で、そのためには機構の力を借りねば……と議論と葛藤を続ける市民ら。いったいどこまでが保証されるのかといった現実的な議論に加えて、貧民層は自分の利益よりも富裕層を引きずり下ろしたいという嫉妬心に突き動かされていたりと現代のさまざまな問題と重なってくる部分もあっておもしろい部分だ。

あらすじとか

ストーリー的に重要なのは主にはここから。やはり大きな問題は人口現象なので、ヘザリントン機構主導による「移民の流入を促すための大掛かりな宣伝キャンペーン」をやることになる。船に人間を乗せてアルカディア一周航海に出発させ、その冒険を他惑星にまで全面的に中継することによって宣伝に変えようというのだ。個人の造船工場を開いていたケヴィンはこの船の設計・建造役に任命され、度重なる仕様変更や迫り来る納期に襲われながらもなんとか船の建造を進めていく。

なんといっても本書の肝はケヴィンが一目みたときにヴィヴィッときてしまう(『彼女はまちがいなく、世界一の美女だった。』)美女のスザンナだ。最初の出会いは彼がつくった船の進水式の広告も出るとしてであったが、一目で惚れ込んで二人のロマンスが進展していくことになる。その容姿がどのようなものなのか、読者としては想像するしかないが知的でジョークを軽々と繰り出してくる彼女は、ケヴィンとのたどたどしいやりとりだけをみていても非常に魅力的である。

「愛してる。スザンナ」囁くように言った。ずっとずっと昔からきみを愛していた。ただ、最近まで出会わなかっただけで。」

これは単なるくどき文句ではなくケヴィンはそれ依然から架空の美女を視界の中に見てしまうという奇癖があったのであってまったくもって事実である。

はたして、ケヴィンとスザンナのロマンスの行方は? 船は無事に完成し、アルカディア一周航海は成功するのだろうか? アルカディアは移民を手に入れ、機構からの支配を免れることはできるのだろうか? あるいは受け入れてしまうのだろうか? とさまざまな要素に、多幸薬物イミュノールや書名にもあたる土木工作ロボットのブロントメクまでもがからまって綺麗に着地してみせる。

「支配された」生物であること

中心となっているのは、結局愛の物語──というよりかは、遺伝子に支配されている人間という動物の限界と可能性についての物語だったように思う。嫉妬心から自己の利益よりも富裕層を引きずり落とそうとする人間、理想的な美女に憧れる男の本性、名誉を求める承認欲求、飲むと無条件にハッピーになることのできる薬──。

人間が時に薬で、時に本能に「支配された」生物であることをこの物語ではいくつもの事象で表現していく。ケヴィンはスザンナにどうしようもなく惹かれるが、これも「美の支配」だ。これにたいしてもう一人の主人公ともいえるアルカディア一周航海に出発するストレングは『「ほんとうに正直で論理的な主張は、けっして論破されない。おれは成功者だし、自分でもそれに満足している──自分に正直だからな。みんなもそうなればいいと願っているよ」』というような極端に正直かつ論理的な人間で、この物語の中では特異な存在といえる。

様々な形でなされる「支配」にたいして、人間はどのようにして対抗し、時には受け入れるのか──そこには「これが正しい」という方法は存在せず、幾人もの登場人物がそれぞれのやり方でこの世界に適応していく変化が、みな愛おしい。SF的にはなにげに人間という種が持つ遺伝子的な弱点を克服する手段が提示されており、直接的に描かれているわけではないにせよ人類進化的な飛躍を含んだ読みもできそう。

おわりに

訳者の大森さんはあとがきで『せっかく『ハローサマー、グッドバイ』のブラウンアイズをもしのぐ(訳者個人の見解です)魅力的なヒロイン、スザンナが登場するのに(……)』とおっしゃっているが、いやー、どうだろうか。スザンナはあまりにも完璧すぎる、やはりブラウンアイズが至高だと僕は思う(個人の見解です)。でも表紙にスザンナを持ってきたのは素晴らしく、素敵な装丁に仕上がっている。

本書が売れたら河出でマイクル・コーニイの他の作品も翻訳してくれるんだろうか。これで打ち止めというのはあまりに悲しい。

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)