星間帝国の皇女 ―ラスト・エンペロー― (ハヤカワ文庫SF)
- 作者: ジョン・スコルジー,内田昌之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/12/05
- メディア: 文庫
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舞台となっているのは、超光速航行を実現している「フロー」と呼ばれる時空の流れが存在し、人類がその勢力を宇宙中に広げた時代、そしてそれを支配しているインターディペンデンシーと呼ばれる星間帝国だ。主人公カーデニア・ウー=パトリックは、本来は皇帝の地位につく予定はなくそれなりにのびのびと日々を送っていたのだが、兄の死亡、さらには続く父の死によって思いがけず皇帝の地位につくことに。
こういう予期せぬ流れで皇帝の後継者に! というケースだととても皇帝にはつけそうにもないポワンポワンな子が出てきたりするものだが、表紙イラストの苛烈なイメージと同様に、力強く決断力を持って──まるでもともと皇帝の座につくのを約束されていたかのように──状況をコントロール下に置こうと行動をおこしていく。
「公家ウーにもギルドがあることを忘れないでもらいたい」カーデニアはエドマンクの言葉をさえぎった。相手はこの時点で明らかに気分を害していた。「ゆえに、我らはギルドの利益を軽んじることはない。我らは教会の母でもあり、議会の一員でもある。我らはすべてに関心があり、すべてに公平なのだ。ギルドの問題については必要なときに対処しよう、ロード・エドマンク。しかし我らは父とはちがう。父があなたにした保証に耳を貸さないわけではない。だからといって我らがそれらに縛られることはない。いまはわたしの父ではなく、わたしが皇帝なのだ」
もちろん、戸惑いはあるし、絢爛豪華で社交辞令にまみれた儀式への嫌悪感、気軽な関係が築くことができなくなった深い孤独、自分自身必要性を理解している政略結婚への苛立ち(わりと性については自由で、政略結婚の相手を一族の弟にしようか姉にしようか悩む)なども抱えながらではあって、その辺の葛藤もおもしろいところだ。
人類の破滅
とはいえ、物語の本筋としては別にあって、カーデニアは自身が皇帝となってすぐに、この星間帝国に破滅の時が迫っていることを知ることになる。なにしろ、この星間帝国を支えている技術的な基盤であるフローが、高確率で30年以内に崩壊するという予測・研究が報告されたのだ。人類が宇宙に広がっているこの世界において、皇族なんてものが成立するのは、47星系を結ぶ、すべてのフローが集まる場所、ハブを彼らが抑えているからに他ならない。交易や移動のために、絶対に通る必要があり、すべてが集まる宇宙の中心を抑えているからこそ、誰もが彼らを無視できない。
もし、フローがなくなってしまえば、インターディペンデンシーがこれまで宇宙を支配できた理由はなくなり、同時に人類は再び散り散りの状態に戻ることになる。さらには、これはインターディペンデンシーの特徴なのだが、人類にはフローが制御できないので、”あるものを利用するしかない”。そうすると、人類の版図が広がっているとはいっても、居住可能惑星ばかりがあるわけではなくて、フローで移動できる先にある惑星のラグランジュ点などに人工の生活環境を作り上げるか、生活に適さない惑星の地下をくり抜いて住むなど、かなりの苦労を迫られている。そうした場所での生活は、基本的にすべてフローがあることが前提となっているので、崩壊してしまえば星間帝国だけではなく、人類それ自体が破滅へと向かうことが予測されるのだ。
政治劇
そうした人類存亡の危機が迫っていることは、まだ多くの人々には知られていない。しかし、その研究の情報自体は権力者から順々に漏れ出しており、当然ながら生き残りをかけた権力闘争へと発達していく。フローがなくなると多くの人工生活環境は破滅だが、人間が地表で暮らしている、辺境の惑星「エンド」なども存在している。
本書でも焦点があたるのはこのエンドだ。今まさにエンドから中心のハブへと向かうフローは消滅しつつあり、帰還するためのフローも近日中になくなる見込みである。最終的にすべてのフローが消滅することが確定しているのであれば、人類が地表で生存できる「エンド」を抑えられれば、次なる「皇帝」の地位にも等しい権力を得ることができるかもしれない──。無論主人公であるカーデニアは、そうした権力争いに加わるのではなく、いかにして人類を少しでも生きながらえさせるのかを考え、同時にこの星間帝国が世界に対してつきつづけてきた「欺瞞」を終わらせることを目的として、行動していくのではあるが──、政治から距離を置くこともできぬのである。
おわりに
現状三部作予定らしいが、人類発祥の地である地球は、千年以上まえにフローが途切れたことによって今どうなっているかは誰も知らないなど、後の展開に繋がりそうな伏線もばらまかれており、今後が楽しみになるばかり。今のところ、銀河帝国の危機を乗り越えてさらに繁栄させるような話ではなく、「どのように、少しでもマシな破滅を迎えるのか」という撤退戦のような話で、それがまた個人的には好みでもある。