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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

暇と退屈の仕事論──『働くことの哲学』

働くことの哲学

働くことの哲学

僕自身は働くということについて思い悩んだことはなく、「金は稼がなあかんのやから働かなあかんやろ。技術が蓄積できて賃金が上がっていってそこまで忙しくないのであれば楽しかろうが楽しくなかろうがなんでもええわ」と思ってここまでやってきた。そんなわけで、特に本書に惹かれるところはなかったのだが、読んでみるとこれが包括的に「働くこと」について語っていて「はあ〜そんな考えもあるんな〜」と普段想像したこともない仕事の側面に触れているのがおもしろかった。

哲学というとやたらと小難しいイメージがついてくるが、本書では哲学はもちろんかつて狩猟採集民族はどのように働いていたのかという歴史学や社会学的な観点も取り入れつつ、仕事に関するさまざまな側面──仕事はどのような変遷を経て今の在り方になっていったのか、仕事とレジャー、管理されること、労働と賃金の関係性についてなどなどについて個別に思索をめぐらせていく。

たとえば仕事とレジャーの章では「仕事はレジャー、あるいはレジャーは仕事になりえるのか。暇を恐れて必死に遊びすぎることによって、仕事以上に疲弊しているのではないか」と問いかける。「給料をもらうこと」の章では、自分の稼いだ額が多いことよりも「ほかのひとと比べた時に自分の稼いだ額が多い」ことが評価に繋がることなどの観点から賃金と労働の関係性を語る。本書は2008年に書かれたものを、グローバリゼーションや仕事の自動化が進む様相を盛り込んだ2015年の改訂版となるので「仕事の未来」についての記述も取り込まれているのがなかなかうれしい。

手段と目的

言っていることは非常にもっともというか、仕事がどのような意味ないし意義を持つのかという実際的な語りが多い。たとえば、もっともシンプルにいえば仕事とは『生活必需品を獲得するために外界に変化をもたらす行為を意味する』し、同時に『ときに娯楽や個人的成長といった内面にかかわる財をつくりだすことにも関係する』

前者は仕事を金を稼ぐための手段としてだけ見ている考え方で、後者はようは仕事がつくりだす社会的な立場や尊敬、楽しさ、自己満足を得るため、仕事それ自体を目的とみなすような考え方と大雑把に分けるとわかりやすいだろう。たとえば人と会った時に「お仕事は何をされているのですか」と訊かれたり、仕事を請け負う時も肩書を記載することが多いが、仕事はその人を形作り位置付けるものでもある。

現代では前者よりも特に後者として仕事を考える機会が多いのではないだろうか。個人主義が広まった結果、人生のうち大きな時間を占める仕事についても「あなたらしくあれる仕事につくべきだ」という天職幻想が広まったが、実際は天職なんてものがあったとしてそれにうまくマッチングできるかどうかはまったく別問題である。給与も尊敬も待遇もと仕事に対して求めるものが多すぎる、期待が高過ぎると結果的に「その期待は絶対に満たされないよ」と幻を追い求めることになりかねない。

本書は仕事について特定の主張を擁護するものではない(君たちは好きなことを仕事にして生きていくべきだみたいなことは書いていない)が、あえて主張をまとめてしまえば『仕事とはあるひとにとっては災いのもとであり、別のひとにとっては祝福をもたらすものであり、大半のひとにとってはこのいずれでもある。』というどっちづかずの、何かを言っているようで何も言ってない言葉に集約されるだろう。

自分なりの言葉で言い換えてしまえば、まあ「好きなことで生きていく」とかいって天職幻想に生きるのも、金を稼ぐ手段でしかないと仕事をツールとして割りきって生きるのもどっちでもいいけど、大半のひとにとっては「自己実現や仕事それ自体は目的」であり、同時に「金を稼ぐ手段」なのであって、その配分をどうするのかは人によって違うよねという感じだろうか。たとえば僕は本業は別につまらなかろうが楽しかろうがどうでもよく金さえもらえればいいが、時折依頼されるライター系の仕事は楽しくてやっているので別にそこまで金を求めていない。

働き過ぎて身体を壊す人や、非人道的な言動や労働時間を強制されたりする事例が溢れているが、「どこまでは許容して、どこからは許容しないのか」はよくよく考えておいたほうが良いだろう。僕も本業はWebプログラマという非人道的な労働環境の蔓延する職種だが、基本的に残業しないし残業を強制されたりまともとは思えない言動を受けたら「なら辞めますわ」といってあっという間にやめてしまう。所詮Webプログラマという職は僕にとっては効率よく金を稼ぐための手段にすぎない。

そこに絶対の答えはなく、人それぞれの配分があるわけだが──本書はさまざまな側面からその配分について考えなおすきっかけを教えてくれるだろう。

おわりに

帯に『暇と退屈の倫理学』の國分功一郎さんが『生きがい、意味、人生、実存。この本は暇と退屈に向き合うことを運命付けられた人間存在の諸問題に、〈働くこと〉という実に身近な観点から取り組んでいる。』と文章をよせている。

仕事は大変っちゃ大変だけどそれがなくなってしまった時に発生するであろう暇と退屈も苦痛となりえる。大規模調査の結果や著者自身の考えとしても「ほとんどのひとがこれ以上働かなくても人生を締めくくるのに十分なだけのお金を得たあとであっても、働きつづけたいと述べている」といっているし。とはいえ僕は金があるんだったら一秒も働きたくないし、それは「仕事以外にやりたいことがたくさんある」からであって、仕事からいったん目を話して考えてみるとやっぱり「人生でやりたいことがある」ことが仕事にも関係してくるんだろうなと思う。

仕事についていろいろと考えていくのと同時に、あくまでも仕事は人生の一部分でしかないということも教えてくれる一冊だ。