基本読書

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スティル・ライフ/池澤夏樹

スティル・ライフ (中公文庫)

スティル・ライフ (中公文庫)

 どこかで読んだ事があるような、と読んでいる最中にふと思ったが、村上春樹だったか。ただ村上春樹が階段を下るように自分の内面と向き合うような小説だとすれば、このスティルライフは最初に示された序文のように自分と、この本の二本の木が次第にあやふやになっていく小説である。ぼく、の考え方とか淡々とした語り口やらは完全に村上春樹的な何かだが、だから何がどうというわけではない。

 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
 でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。

 u-bookさんもこちらを引用していたけれど、その気持ちがよくわかる。たまに読み返せたらいい気分になれそうな良い文章だ。全体的に文章の雰囲気がよくて、読み飛ばそうという気持ちに少しもならない。一文字一文字しっかり読んで、染み入ってくるような文章である。表題作のスティル・ライフとヤー・チャイカ、どちらも中編程度の分量だけれど、くどさを感じずとても自然で、あるがままといったような印象を受ける。どちらも世界の調和、二つの世界といったようなものをテーマにしているがその内実は簡単には説明することができない。単純に能力不足という点もあるだろうけれど。とにかく表現が完成されているので要約といったような行為がうまくできないのである。なんだろうな、この本を読んで一気に好きになって、彼の他の本も全部読んでやろう! というような衝動が湧いてくる本ではない。ただ気がついたら、日にちがたって忘れたころにふと彼の本が読みたいな、と彷彿とさせそうな本なのである。