基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

喜劇の大傑作──犬は勘定に入れません−あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎

話の枕

 コニー・ウィリス作品を読んだのは『航路』に続いて二冊目。『航路』にて受けた衝撃が忘れられずに、即座に手を伸ばしたのがこの『犬は勘定に入れません』。『航路』が「死」を真面目に扱ったテーマ性と、死の解明という謎で娯楽性の相乗効果を生みだした歴史に残る悲劇の大傑作であるならばこの『犬は勘定に入れません』は娯楽のための娯楽、喜劇の大傑作といっていいでしょう。テーマというものがあるのかどうかもよくわからず(グランドデザイン、つまりは運命の探求というテーマはあるでしょうが)、犬は吠えまくり川に落ち、猫はその気まぐれさで人間をあわてさせ、とうの人間達はくっつくくっつかないラブだロマンスだシェイクスピアだとどったんばったんとせわしない。一挙手一投足にいたるまで笑いに満ちていて、そのセリフ回しはほとんど反則の域。

 この作品の場合、タイトルで躊躇ってしまうかもしれない。なぜならわたしがそうだったから。『犬は勘定に入れません』ってなんなの? 全然そそられねーし、というかヴィクトリア朝のことなんかぜんぜんわかんねーし(普段はこんな口調じゃねーし)。というのが第一印象で、しかもまずいことに読み始めてから100ページ(これって結構致命的かも)ほどは、主人公が酔っ払っているような一人称で状況を説明(しかもわざとらしい説明は一切してくれない)するので、これが何を目的とした話で今何が起こっているのかがさっぱりわからない。最初の方を読んで、この作品を投げ出してしまった人がいたならば(いたはずだ)それは定期が切れてるとしらずにスイカを使ってしまった時と同じぐらいの損失だろう。いや、もっとだよ。

あらすじ

 ストーリーを説明しておくと、タイムトラベル物です。時間を自由に飛べるようになった時代で、主人公であるネッド君はヴィクトリア朝の花瓶の行方を捜して空襲直後の大聖堂で瓦礫を漁っている。しかし目的の花瓶が、どこにあるのか全然見つからずに、時間を縦横無尽に超えまくっていたら「タイムラグ」と呼ばれる、まあ酒に酔ったような状態に陥ってしまう。狂ったような状況になって、強制的に2057年へと戻されるネッド君。しかし2057年にはネッド君を死ぬほどこき使う存在であるレイディ・シュラプネル(ハルヒみたいなやつなのだ。しかも相手の健康状態を考慮しないのでもっとひどい)が居る限りネッド君に安息は訪れない。なので、ヴィクトリア朝で休ませてあげよう、といって送りこまれる。物語における主人公には「目的」が必要だ。魔王を倒すだったり、犯人を見つけるであったり……ネッド君にあっては、この物語の中での目的は「休息すること」だった。すでに笑えるではないか! まあもちろんこのお話でネッド君がゆっくり休息して終われる訳もなく、時空連続体の崩壊を招きかねない大事件へと巻き込まれていく……。

きゃらくたー

 ヴェリティ、というヒロインがねー、もうスゴイいい味してるんですよ。主にわたしだけかもしれないんですけれどね。本格ミステリマニアっていう時点でもう最高ですし、頭は良いしユーモアは理解できるし、何かにつけて一生懸命ですし、なんといっても主人公との会話がねーもう最高。大森望氏の解説でも書いてあるんですけれども、「あなたはピーター卿で、わたしはハリエットね」って。ピーター卿とハリエットは探偵もののシリーズに出てくる二人で、作中で結婚するんですよ。そういうたとえをわざわざ持ってくるあたりがもう何ともいえねーっすよなあ。「謎を解くのがきみだけじゃないよ、シャーロック」とか言ってくれる女の子、ほんとにいるんかいな? いやいや、いてくれるはず。「笑止千万!」とかね。女の子が「笑止千万!」なんていうの、聞いたことないよ。一度は聞いてみたいなあ。死ぬまでに。原文、なんだったんだろうね。一体何を考えて笑止千万にしたんだろう・・・。まあね、ほんとに好きなヒロインなんで、今まで読んだ小説の中でもぶっちぎりで一位ですよ。性格だけじゃなくて、二人が陥るシュチュエーション、細部に至るまで完璧。

 犬は勘定に入れません、というタイトルなので犬しか出てこないと思うかもしれませんが猫も出てきます。むしろこっちの方が本筋にかかわってきて、まさに「犬は勘定に入ってない」んですね。ブルドッグで、川に落ちて必死に犬かきをしながら、でも全然前に進んでなくて絶望的な顔を浮かべているところとか、げらげら笑いましたけど。そう、この作品、というか作者のコニー・ウィリスの特徴かもしれませんが、「表情」に対する言及が多いんですね。犬の表情にまで言及する。それがすごく的確で、ちゃんと表しているんですなー。小説です、絵ではない。なので、単に「笑顔」の表現をする場面でそこに説得力を持たせるには「状況設定」の正しさが必要なんです。たとえばこんな感じ

 「泳げない?」僕はぽかんとした。「犬はみんな泳げるんだと思ってた」
 「たしかに。『犬掻き』という言葉は、カニス・ファミリアリスが本能的に知っている泳ぎ方に由来する」とペディック教授
 「シリルだって泳ぎ方は知ってるんだよ」テレンスが靴下を脱ぎながら、「でも自分じゃ泳げないんだ。ブルドッグだから」
 どうやらそのとおりらしい。シリルはボートに向かって雄々しく犬掻きしているが、口と鼻はどちらも水面下にあり、その表情は絶望的に見えた。

 まあ犬は基本的にお笑い要員というか要因というか。可哀想な目に遭遇するよごれ芸人みたいな立ち位置ですよ。ちょっと…いや、だいぶかわいそう。猫はと言えば、主人公達を振り回す振り回す。まあ猫ですからね。そのひと言で終わってしまうのが便利というかなんというか。もちろんヒロインとか犬とか猫とか以外にも常に歴史からの引用で話すペディック教授とか、ちょっとアホなテレンスとか、自分の目的のためなら人をどれだけ利用しても何ら構わないどころか、その強引さで関係者すべてから恐れられているレイディ・シュラプネルとか、めちゃくちゃ魅力的です。なんなんだろうな、なんでこんなに良いキャラクターを生み出せるんだろうとか真剣に考えてしまう。それぐらい良い空間、良い小説、良いキャラクター達なんですよ、セリフのセンスとかもう抜群だし。この小説、凄く長くて中には「無駄な長さだ!」という人もいると思うんですよ。実際蘊蓄が多かったり、無駄な描写が多かったりはするんです。しかし、その無駄な部分がこの素晴らしいキャラクターだったり、間合いだったりを生みだしているんですなー。

れびゅー

 タイムトラベルが主軸になっている以上、SFといえるのでしょうが本作、それだけではありません。ヴィクトリア朝という未開の地(そりゃそうだろう! 誰もいったことなんてないんだから)を冒険する冒険小説でもあり、ミステリでもあり(ヒロインのヴェリティは大のミステリファンでよく会話にも引用する)恋愛小説であり(とにかくみんな恋愛をしている)そして言うまでもなく歴史小説でもあります。それらが混然一体となったところにこの作品の面白さがある。しかもそれらは物凄くうまい構成によってさらに上の次元に推し進められていると感じました。特に前半の方は、ラブロマンスだとかミステリィだとか、とにかく物語の定型といったものを茶化す場面が多く見られます。盗み聞きをしているときに相手が都合よく自分の知りたいことを言ってくれるわけがないのだ、お話の中ならありにしても、とかそういうことを主人公自身が言ってしまう。しかしそれが後半から、ミステリィのお話の定型にのっとり、ラブロマンスの定型にのっとり、冒険小説の定型にのっとっていく場面は笑うと同時に鳥肌が立つような感動を覚えるんですよ。お話の定型を一度否定して見せた上で、「Yes!」と肯定してのける。自分達が運命のレールに載せられていることを半ば自覚しつつ、しかしここで行われるのは運命の肯定。わたしたちの運命は細部から成り立っている。バタフライ理論、日本のチョウチョの羽ばたきが地球の反対側で竜巻を生むように、歴史は猫一匹で変わってしまう。猫一匹、犬一匹も超重要なキーポイントになる、だからこそ本書の一番初めに引用されている言葉は『神は細部に宿る』なのである。細部にまでこだわった結果が、世界で「生きている」と実感させるキャラクター達、そして世界を生みだした。あまりにもよくできている物語のせいで、読み終えた時に、長い間一緒にいた友人と離れ離れになる時のような悲しさとを覚えてしまう。『神は細部に宿る』本書には、まさにうってつけの言葉であろう。以下は名言集とか笑ったところとかをネタバレ満載で引用

 「……ありえないことを除外していったあと、最後に残れば、どんなにありそうになくても、それが真実だ」──シャーロック・ホームズコナン・ドイル『四つの署名』より)

 「よく言われることだが、猫は猫であり、それについてはいかんともしがたいようだ」──P・G・ウッドハウス

 「それにルールがぜんぜんないみたいなの。あったとしても、だれもそんなのまもってないわ──それに、なんでもかんでも生きてるから、もうすっごくややこしいのよ」──ルイス・キャロル不思議の国のアリス

 「僕が来てるってどうしてわかった?」
 「わたしの居場所を知ったら、きっと来てくれると思ったから」ヴェリティはこともなげにいった。

 それまで私の意見に異を唱えた人は誰もいませんでした。まわりの人たちはいつも私の意見を大目に見て、私が何を言っても同意してくれました。従姉のヴェリティだけは例外で、一度か二度、間違いを正してくれましたが、でもそれは彼女が独り身で、求婚者もいないせいだと思います。もっと魅力的に髪を結えるよう手を貸そうとしたのですが、可哀想に、あまり役に立ちませんでした
 「数少ない味方に後足で砂をかけるとは……」と、思わず小声でつぶやいた。
 「『こうして私が結婚した今なら、ヘンリーさんがヴェリティのことに気づいてくれるでしょう』」とミアリング夫人が朗読をつづけた。「『ヘンリーさんに彼女を薦めようとしたのですが、悲しい哉、彼の目には私しか映っていませんでした。二人はきっといいカップルになるでしょう。美男美女でも、聡明な組み合わせでもないにしろ、ぴったりの取り合わせですから』」
 「味方全員かよ」

 ここはもうめちゃくちゃ笑ったなあ・・・。最期の最期までほんとにイイキャラしてるんですよねえ。手紙っていうのは、泣かせるときの必殺技でもあるわけですが、笑わせるときも必殺技になりえるんですな。

 「ネッド」ヴェリティが緑がかった茶色の瞳をまんまるにしてあとずさった。
 「ハリエット」僕はすでに輝いているネットの中へとヴェリティを引き寄せた。
 そして、百六十九年間にわたるキスをした。

 ここは感極まったなああ。今までずっと笑わせておいて、シリアスになると「そして、百六十九年間にわたるキスをした。」なんてとんでもねーロマンティックをストレートに決めてくださる。ドストレートですよほんとに。150km! バッターアウト! って感じ。