
- 作者: コニー・ウィリス,大森望
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/12/19
- メディア: 新書
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作品傾向として、タイムトラベル技術が実用化されたオックスフォード大学の歴史研究家たちを描くSFシリーズとは別で、今回はなんと現代が舞台。スマホなども出しながら企業に勤める女性と二人の男性の賑やかな三角関係を追っていくロマンス色強めの作品だが、きちんとしたSFでもある。それが『クロストーク』というタイトルとも関わってくるのだが──と、ここからは突っ込んだ内容の紹介に入っていこう。
あらすじとか
物語の中心人物の名は、ブリディ(ブリジット)・フラニガンといい、大手の携帯電話メーカー・コムスパンに勤めている働き盛りの女性だ。その彼氏であるトレント・ワースも同じ企業に勤めており、彼女たち二人はEEDと作中で呼称される、感情の連結手術のようなものを受けようとしている。手術とはいってもちょっと麻酔をうって、脳にたいして何かをする強化措置のようなもので、そこまで危険ではないらしいが、彼女のその行動は親類から強く批判され、さらにはコムスパンに勤める有名な変人C・Bもどこからそれを聞きつけたのか知っており、強く反論されることになる。
いわく、コミュニケーションの量は今のままでも多すぎる。人は嘘をつくように出きており、ありのままを相手に知られるようになったら数多くの不都合が噴出するに違いない──的なことを、ブリディは四方八方からあらゆる表現で伝えられることになる。実際、その通りだろう。EEDで繋がるのは感情だけだと言うが、後ろめたい感情などが伝わってしまったら問い詰められるのは必然であり、あまりいい結末は想像できない。だが、恋する乙女化しているブリディはそうした周囲の忠告を振り切って、愛するトレントとEED処置を受けてしまうのだ。果たして、どうなるのか?
主要登場人物が全員携帯電話メーカーの社員であり、SF的なギミックの一つが感情伝達である──というところからして明らかだが、本書のメインテーマは「コミュニケーション」だ。EED処置を受けることを決心したブリディには、周囲のありとあらゆる関係性から「情報」が押し寄せる。SNSに電話に対話に、現代は情報とコミュニケーションの量は日々増える一方。だから、冒頭で実際にブリディが手術を受けるまでのシークエンスは何がなんだかわからずに情報の洪水に押し流されるようだ。
もう少し踏み込んだあらすじ
で、この序盤の話はなかなかにかったるかった。ブリディがEEDについて良く捉えすぎ、勘違いしているのは明らかで、周囲の反論もわかりきったものだし、C・Bの役回り(ブリディは最後にはこの変人と結ばれちゃうんでしょ的な)もあからさまでダルいんだけど、いくつか新たな設定・秘密が開示されていくうちにだんだんアクセルがかかってくる。たとえば、恋人二人が受けた手術で、なぜかブリディがC・Bと繋がってしまい、しかも本来ならEEDでは感情しか繋がらないのにテレパシー的に相手の考えることがわかるようになってしまうとか(そしてまたドタバタがはじまる)。
さらには、実は最初はC・Bとだけ繋がっていたテレパシー的な能力が、範囲を拡大してまったく別の人にまで拡張されはじめて──といったあたりで、ブリディは本物の”情報の洪水”に襲われてしまう! はたしてブリディはその事態にどうやって対処していくのか。謎めいた男C・Bは明らかに彼女に惚れていて、テレパシーもあるからピンチの時にいつでも助けにきてくれるが、トレントとの関係もあり──といった感じでどんどんハチャメチャ・コミュニケーションが展開していくことになる。
テーマ的なところとか
この情報洪水にどう対処していくのか──というブリディの対応は、素直に現代の問題の写し絵としてに受け取っても良いのだろう。人の本心が流れ込んでくるのは苦しいもの。それはテレパス的にはもちろんそうだろうが、現代のSNSには、あまり眼の前で対話しているときには吐き出されない、悪意やらむき出しの感情のようなものがダイレクトに射出されていて、それを読む我々もテレパス的にしんどいといえる。
ブリディはその能力で潰されてしまわないように防壁の築き方を学んでいくのだが、そのひとつが「図書館に行くこと」というのがなかなか象徴的だ。『〈いい本の力を過小評価しちゃいけないよ〉』読書をしている人たちの思考は、リズミカルで、一点に集中していて、無関係なすべての思考を遮断するので、声を聞いてしまう人たちにとっては外の声を遮断し、穏やかな気持にさせてくれる格好の避難場所になる。
テレパス関連の本とか
人の気持を読んでしまうテレパス物というと、最新だと門田充宏『風牙』とかもあるのだけど、僕は神林長平『ライトジーンの遺産』を思い出す。こちらでも人の心を読んだり干渉できる主人公が出てくるのだけれども、特にそれを深く捉えることもなく、そんな能力は誰にだって備わっているものだろう、と軽く受け流しているのが良い。で、この主人公の趣味のひとつが本を読むことなのだけれども、『「本はうるさくなくていい。」』とぽつりとつぶやくシーンがあり、それが本書と重なるのだ。
おわりに
テレパシーから起こるドタバタ一本で描ききるには、このページ数はさすがに多すぎるなあと思うんだけど、終盤の怒涛の展開はやっぱりさすが。ある地点を超えてからは、いやー甘え、甘えなあ! と思いながらページをせっせとめくる機械と化してラストまで突っ走ってしまう。あと、主要三人のキャラクタは今回しっくりこなかったけど、9歳で大人顔負けの怒涛の議論を仕掛けてくるゾンビ映画好きな少女とかもいてかわいかった(キャラ的には『犬は勘定に入れません』のヴェリティっぽい)。