「実話ホラー」と銘打たれた本書は人体を冷凍保存し、未来の科学力に期待して復活の機会を待つという人体冷凍保存会社のひとつであるアルコーに、一人の元救命医が転職し、また出て行き、告発するまでのお話である。人の記憶は絶対ではないので、過去は変わる。そして容易に自分にとって都合のいい方へと記憶をねじまげたり、思い込みから事実がねじまげられたりもする。
特に著者は完全な神経衰弱に陥っていてどこからどこまでが被害妄想なのか、どこまでを信じていいのかわからなくなるのだけれども、ここに書かれている100分の1しか本当のことがなかったとしても、それは十分に恐怖と言える。
それぐらい怖い。そして不快。「絶対に人にオススメできない」本というと僕はジャック・ケッチャムの一連の本を思い浮かべるけれども、あのような「なぜこんな世界が存在しなければならないのか」感を味わう事になる。段々と著者が見聞きしていくアルコーの内部情報、そして転落はすべてがフィクションだといっても信じてしまいそうなぐらい「ホラー小説」っぽい。
「これはどこからどこまでがフィクションなのだ?」という疑問が、読んでいて恐怖を煽る。「まさかこれは本当じゃないよな?」と読んでいる時に何度も思うけれど、結局それを確かめるすべはない。もちろん実話として書かれている以上、かなり真実には近いのだと思う。何より説得力を持っているのは、アルコー内部で撮られた写真だ。ここを見れば載っている(モザイクがかかっているのはマジでグロいので注意)→人体の冷凍保存を行う財団に対する内部告発の手記「人体冷凍 不死販売財団の恐怖」の衝撃的な写真を公開 - GIGAZINE
とりあえず「アルコー」とは何をやっているのか、「人体冷凍」とは何なのか、説明をしておこう。人体冷凍とは身体を凍らせて保存しておくことで、しかし人体を冷凍保存する際には細胞がかなり破損してしまうので、現代の医療ではその細胞を治すことはできない。なので何十年か先の未来の科学技術によって、生き返らせてもらおうという技術で、アルコーはそれを売り物にしている会社の一つ。
そこに元救命医のラリー・ジョンソンが、転職して、段々と内部の異常さに触れて行くことになる。仮にも医療、死体を運びこむ場所なのにネコは建物内で離し飼い、食べかけのピザは何日も机の上に置きっぱなし、働いている人たちは手が震えているかまともに人と話せないかでエキセントリックな奴らばかり。
死体の運送方法はずさんで、手続きがうまくいかなくて死体が腐ってしまう事も(どうやって責任をとるつもりだ)あれば、書類とかよくみないうちに頭部と胴体を切り離すことを希望していない患者の頭部を切り離してしまう。その頭部を逆さにして箱に入れるのだが皮膚が面に接してくっつかない為と、頭のバランスをとる為に使われるのは中で飼われているネコが食べて終わったツナ缶である(何を言っているのか意味が分からない)。
そうそう、頭部だけを冷凍保存する為に人体と切り離すこともあるのだが、その際にどうやって頭部を切断するかといえば普通のハンマーとのみを使って首の骨を叩きまくってあとちょっとということになったら首を胴体からねじりきるようにして取る事例が紹介されている。死体だからといってそれはどうなんだと思う前に単純に胸糞が悪くなる。
こんなのはまだ序の口で、軽いジャブみたいなものだ。ちょっとひどすぎて書けない。
ラリーはアルコーを告発するのだけれども、訴訟合戦になり、現在もアルコーは活発に活動を続けている。公式ウェブサイトもかなりしっかりとして、先程ホラー小説っぽいと書いたけれども、いくらこれが実話だといっても写真などを見るととても本書に書かれているようなひどい場所だとは思えないからというのもある。→Alcor at Work Photo Gallery - Procedures
何より不気味なのはこの本に証言しているラリー・ジョンソンは本当に正気なのかがわからないことだ。本書にはラリーに対してアルコーを熱狂的に支持する信者達から、脅迫が幾度も行われていることが明かされるけれども、他者から脅迫を受けている、いつも誰かに見られているといったような症状は統合失調症なのではないか? と疑いたくもなる。
一方で凄いのは、ラリーがひどいアルコーの内部情報を見て、脅迫殺害予告までされても、「人体冷凍保存を行いたいと言う人を否定するつもりはない」と言っていることだ。もちろんひどいのは適切な死体への処理がされないことであって(ほんとかどうかはわからないが)未来へと希望を託す人体冷凍保存それ自体ではない。
本書がどの程度真実かどうかわからない。しかし、もし100分の1でも正しい部分があったなら、それだけでもめちゃくちゃ恐ろしい。そういう意味でも、凄いホラーだった。ちなみに冷凍保存を希望するほとんどはSFファンや宇宙開発マニアらしい。
僕だって金が有り余っている時に「死後冷凍保存すれば1億分の1ぐらいの確率しかないかもだけど生き返って未来の科学技術で火星に移住できたりするかもよ」と言われたらウンと頷いてしまいそうだ。現時点では絶対にイヤだが楽観的に見積もって僕が死ぬであろう50〜60年後には多少現実的になっているかもしれない。
そんな時が来るとしても念入りに念入りに調べてからお頼みしよう、と思った。
- 作者: ラリー・ジョンソン,スコット・バルディガ,渡会圭子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/11/19
- メディア: 単行本
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