宿怨とはまた物騒なタイトル。でも納得。これは確かに宿怨だわ。
小川一水先生が始めたこの天冥の標シリーズもこれですでに第六巻……、今までの作品はどれも途中から読んでも、1テーマでぶっとくまとまっていて単発モノとしても読めるスグレモノだったが、今巻からはさすがに別。でもその代わり、シリーズ物、同じ世界観を使った作品としての面白さが格段に上がっている。おもしろさに悲鳴をあげそうになるぐらいに。
あらすじを書いても本書の面白さはまったく伝わらないので今回は書かない。今まで断片的に語られてきたこの天冥の標世界の各所から、物語が動き始め、今まで繋がりがあることはわかっていた数々の起こりがより明確になってくる。この面白さはなんなんだろうなあ、と考えてしまう。即座に言葉に出てこないものの、面白いとだけ思う。
この天冥の標って、SFであることの醍醐味を感じさせてくれるんですよね。たとえばこのシリーズでは第一巻から第六巻まで約800年ぐらいの年代を移動する。物理的にタイムマシンで移動するわけではなく、第一巻では西暦2800年のことを書き、第六巻では2500年のことを書くといったように、巻ごとに年代が異なる。
しかもこれ、SFだからさ、機械で身体が変わらないから最初期から最後までずっと同一人格の人物とか、技術的な進歩とか、そういうのが加わってくる。名前、子孫、共通するキーワード、消えない病気、事象の連なり、そしてその起こり。こういったものが、全部、SF的想像力を刺激するんだ。※SF的想像力ってのはようするに、「今、ここ」にないものを想像するときのことだ。これがうまく機能すると、僕はたまらなく嬉しく、面白く思う。
あとさ、このシリーズが本当に凄いと思うのは、これだけ年代をあっちこっち飛ばして、1000年にも渡る長い歴史を書くなんてほんとにとんでもないことをやろうとしているのに、各巻のキャラクタたちがとても愛しくなってくるんだよね。だから別の巻でその子孫とか、または同じ人物とか、はたまた人物ですらない一貫したヤツが出てきたりすると、面白さも増幅するわけよ。
やっぱりこういう長大な歴史物っていうのは、どれだけキャラクタが魅力的に書けるか、っていうのが大きいと思う。長大な歴史を書くためには、一人一人、事象の一つ一つに時間を(文章を)あまり割くわけにはいかない。でも、そのせいで魅力的ではなくなったり、単なる名前がついているだけのMOBキャラぐらいにしか思えないと、その子孫とかが出てきてもどうでもよくなっちゃうじゃん。
その辺がすごくうまいんだよなあ。各巻1テーマに絞って、大きな物語としての伏線はさり気なく、一つ一つのドラマを丁寧に盛り上げてきた結果だよ、この六巻の面白さは。だからこの巻の面白さを語るのに、この巻だけを語るわけにはいかないんだな。
といいつつ今巻の読みどころ。これだけの長い歴史なのに、変わらない人間のどうしようもなさとか、はたまた変わらない人間の凄いところとかがいっぱい書いてあって大変良かった。どうしようもないけど、凄いところがいっぱいある、っていう書き方は誠実で好きだ。人間の変わらなさと同時に書かれている、技術の進歩もまた良い。変わるところ、変わらないところの対比が面白い。
人間の怨念はどこまで続くか……。まて、次巻。
- 作者: 小川一水
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/05/10
- メディア: 文庫
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