基本読書

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興奮の草創期から没落、再起まで一通りの浪漫がここにある。『漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち』西田宗千佳

プレイステーション立ち上げ秘話みたいなものは一度『ゲームの流儀』というインタビュー集の中で、丸山茂雄さんが語っているのをよんだことがあって、おもしろい話だった。草創期の興奮というか、ゲームはどんなに高くても、どんなクソゲーでも出したら売れるという時代の空気と、その中で立ち上がってきた幾つもの巨大なプロジェクト。「なんでもできる」という興奮と「どんどんいろんなことができるようになる」土壌が草創期には常にある。

本書『漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち』はプレイステーションの立ち上げからプレステ3の発売と、その後のことをほんの少し射程にいれた「プレイステーション伝記」とでも表現するのが適切な一冊で、草創期の興奮とゲームバブルの崩壊や、組織として硬直化が始まって没落していく過程までがぎっしり書かれていて、めちゃくちゃおもしろかった。

ゲーム事業、特にハードを創る事業なんてものは、賭けそのものだといえる。当たり前の話だけど「これがうける!」と何百億、何千億もの費用をかけてそもそもの構成物質の製造からはじめ、ハードを作っても、そしてそれがとんでもなくすごいものであっても市場とうまくマッチングするかは、誰も確信をもっていえないのだ。

それでも打てる手はいくらでもあってそこでどんな手を打っていくのか、どれだけトータルで事業を考えられるのか、莫大な予算をかけて回収する仕組みをどうやって考えていくのか。やる前から「これは大丈夫だ」なんてことは当然ながらひとつもなくてソニープレイステーション事業はこうして概観してみると綱渡りと挑戦の連続だ。

本書では技術的な面に書面の多くが当てられていてこれがまたよかった。たとえばプレイステーション2の技術的にどこがすごかったのか、という話など。僕はプレイステーションが出ていた頃その辺の学生だったのでそれがどうすごいのかなんてまるできにせずに「わーなんかFF7ってグラフィックがすごいなー」と人がやっているのをみて思っていただけだった。

それが今こうして当時の課題や挑戦を読むことで何がすごかったのかを知ることが出来るんだからいい時代だ。プレイステーションに一貫して関わってきた久夛良木さんがこだわったのは「計算生成による世界の自動生成」だった。たとえば一見無秩序にみえる山の形、海岸線、枝分かれした樹木の形などは計算で算出できるとは考えられていなかったが、フラクタル理論によって計算すれば本物っぽい木や、波紋表現などが可能になっていた。

またある物体に光をあてたときの反射の度合い、陰のでき方などから重力にひっぱられるときの動作モーションや300キロで走行時の車の振る舞いを計算など、「事前に表現を作っておく」のではなく「その時々で計算を走らせて都度世界を生成する」ことができるようになっておりプレイステーションが(というより久夛良木さんが)目指したのはそういうことが「すべて演算で」できるスーパーコンピュータ、総合エンターテイメント機器としてのゲーム機だった。

半導体事業への投資なども含めてプレイステーション1。プレイステーション2の施策は概ねあたった。しかしそこから打つ策が外れ始め、苦境が始まることになる。

最も顕著なのはプレイステーション3で、当初ただの「ゲーム機」ではなくエンターテイメント・コンピュータとして売りだそうとしていたもののキャッチコピーもなければそれに伴う何か付属の機能があるわけでもなくアピールできない(しかもゲーム機としては異常に高い)などちぐはぐさが目立っていた。生産の過程でつまずくのもこの頃だ。

ゲーム業界自体も苦境に陥っている時だった。前までのようにゲームが売れず、制作費は葛藤しゲームの売上は年々下がっていく。その裏には十時間プレイが必須のような、他のメディアに比べて消費する時間が桁違いに多いことが一般消費者にとってはネックであると本書では書いているが、まったくそのとおりだろうと思う。

いい時代もあった。うまくいかない時代もあったし読みが外れる時代もあった。そして今またプレイステーション4が発表され新たな再起をはかっている。「成功した」と一言でいえるものでもなく「失敗した」と一言でいえるものでもない。そういう正も誤も併せ持った良い、プレイステーションの伝記になっていると思う。

今やゲームを取り巻く状況は大きく変わりつつある。本書ではあまり大きく触れられていないがiPhoneがゲーム機として優秀な市場になりつつあり、その中にはソーシャルゲームがある。まさに時間が細切れにしか使うことができない現代における「新しいゲームの形」であり、無視できない存在になっている。

そうはいってもプレイステーション4も発表されたし専用のゲーム機器で遊ぶゲームがなくなるかっていったらそんなこともまたありえない話だ。賭け金をありったけ釣り上げて未来を頭振り絞って読んで、なおかつ当たるかどうかはわからねえ、しかしそこには自分が夢想した「世界を創る」ことができる。ゲーム機には浪漫がある。

漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち

漂流するソニーのDNA プレイステーションで世界と戦った男たち