ふと、今年の1月頭に仕事も幾日かは休みだし、時間もあって心に余裕があった時、洋書でも読んでみようかなと思い立った。たしかNew York Timesかどっかの年間レヴューが出始めた頃で、それを見ていたら「そういえば今ならボタン一回押せば買えるんだよな」と気がついたのだった。Kindlestoreがちょうど充実し始めたところで、電子書籍をいろいろ読みあさっていたのだがほしい本がないことも多くてモヤモヤしていたタイミングだった。
そして買ってみたのだが、まったく読めない。これは当たり前で、留学経験はあるもののほとんど遊びにいったようなもので、読み書きがそこまで上達しているわけでもない。ああ、これは無理かな、とも思いつつ読み進めることができたのは「Kindleには辞書機能がついている」からだった。これがとても大きな効果を果たす。意味の分からない単語の上でタップするだけで、0.5秒で意味を把握することができる。
ようするに最低限の、中学生の時にやったような文法さえ押さえていれば、あとはちまちまと単語の意味を把握しさえすれば読み進めることが出来るのである。中学の勉強なんかで英語ができるようになるわけない! みたいなことをいう人がいるが侮るなかれ、中学の時培っただけの英語力で僕は留学し、そしてKindleで洋書を読み始めた。
僕は本当に気まぐれで読み始めたので、洋書多読が普通は「レベルの低い優しい物」から読み始めるのだということを知らなかったから、一般書から読み始めた。タイトルをすっかり忘れてしまったのだが、アメリカの有名テレビドラマシリーズの丹念な批評集で、これがKindleの自費出版にもかかわらず有名レビュアーが年間ベストに入れているということで話題になっていたのだった。
最初の一冊を読むのに一ヶ月かかったが、次の一冊を読むのには三週間で終わり、その後はどんどん理解度と読む速度があがっていく一方だった。これは、思っていたよりずっと楽しかった。英語を勉強するコストがかかっているなんて意識はなく、たんに楽しいから普段の読書の延長線上でよんでいける。
その後も何も気にせず自分の読みたいものを読んでいたから、いわゆる「初級本」みたいなものは一切読んでいない。最近になって洋書多読法みたいな本を読んだら、「辞書なし、とばし読み」を推奨して、「レベルの低いものから、だんだんレベルを上げていく」ことを推奨しているみたいだ。でも僕は自分の方法(好きなものを好きなように読む)でやってよかったと思っている。
英語を学ぶ理由はたぶん人それぞれだが、僕の場合目的はTOEICで高い点をとることでもなければ、外人と喋りたいわけでもなく、ただひたすら「日本語に訳されていない面白い本が読みたい。いくらでも」が目的だった。あとはその欲望に誠実になればいいだけの話だ。そして時間さえかければすぐにその目的を叶えることができた。
たぶん「日本語に訳されていない面白い本が読みたい」という目標の為に、日本語に訳されているしたいして面白くもない、つまらない本ばかり読まされたらとたんに嫌になってしまっていただろう。なんというか、僕はそんなに我慢強くないのだ。未来の報酬に向けて今我慢すべきと頭ではわかっても、なかなか自分をうまく制御できない。
またさっきも書いたように、Kindleで辞書機能がついているのが、信じられないぐらい素晴らしい。ようは今までの洋書多読本が辞書を使うな、といったのは、わからないところにぶちあたるたびに文字を入力して意味を引き出す時間が手間だったからだろう。0.5秒で検索できるはずがない。どんなにがんばっても5秒、10秒以上かかってもおかしくない。一気に辞書を調べる時間的コストが10分の1〜20分の1になったわけで、もう辞書をひかない理由はないと思う(もう辞書を「ひく」という言葉も古い。「意味を出す」ぐらいになっている)。
またこの辞書機能は何もKindleの専売特許ではなく、iPhoneやiPadでも同様にタップして英単語の意味を出すことが出来る。だから英語のWebSiteでも同様の方法でみることができるし、たとえば今だとZinioというアプリを使えば海外の雑誌がお手軽に買うことが出来る。僕も今は『Popular Science』や『The Economist』を購読しているが、これらもタップで意味を出せるので(Kindleより多少使い勝手が悪いが)重宝している。
今ほど洋書を読むのにいい時代はないといっていいだろう。ここ数年に出た本ならだいたいなんでもKindlestoreで検索すれば見つかる、雑誌の購読も思いのまま、そして辞書の速度も早い。まあ、唯一の懸念点は自動翻訳の精度がこれから飛躍的に上昇したら英語ができたところで……となるかもしれないが、言語には言語ごとの特性があるものだ。そうした特性を知って、「文字から意味を読み取る」ことへの、まったく別種の感覚を味わうこともまた楽しい。
- 作者: 酒井邦秀
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