基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

成程 by 平方イコルスン

コミック短篇集。年間日本SF短編の傑作選である極光星群に、この『成程』から一短編が収録されていて、うわっなんだこれ!! と驚いてしまった。状況設定が不可思議な物が多く、世界自体が普通のものであっても出てくる人たちのやりとりがやはり尋常じゃなかったりする。たとえば極光星群に収録されている短編『とっておきの脇差』は特にすごい。なんの説明もないままに女の子たち3人が高速にのってどこかへ向かっていて、一人の女の子がくさりがまを忘れたからパーキングエリアに停めてくれというところから話が始まる。

くさりがま? さっぱり理解できないが、それは当然くさりがまを忘れることは死活問題であるかのように書かれ、特に説明がされることもない(ただ読んでいけばどういう状況でくさりがまを必要としていて、何が起こっているのかがわかる)。そうした説明がされないといっても、その他のディティールが描かれていてそれがまたおもしろいのだ。パーキングエリアに停まったあとの会話もすごい。「あった?」「んー」「スタバはね」 「抹茶の」抹茶の?」「抹茶の!」「………抹茶の…」「くそおおお」

会話がまったく話に関係無さそうだが、だからこそくさりがまを忘れるという異常な状況がこの漫画の中では「当たり前の状況」のように見えてその異常さ、不思議さが際立つ。とにかくこの説明が省かれたぶっきらぼうな会話スタイル、行動が格好良いのだ。アパートを追い出された女子が友人の女子に部屋を貸してほしいと頼んでいるところの会話などの会話の刻み方がリアルな感じなんだよなあ。「じゃあ今め…犬婦人は何処ねぐらにしてんの?」「うん 今はあれっす」「槙さんとこで」「お〜〜〜槙さん元気?」「うん」「ただ…槙さんは…彼氏がいるからね」「あ〜〜〜」

ぐわあ、なんてありそうな会話、状況であろうか。感情の揺れ幅が泣き、笑い、怒り、ドン引き、と広くとられていて、「もしそれが当たり前だったらきっとこんなふうになるんだろうな」とするキャラクタの動きのどれもが不可思議さを強調し、独特な雰囲気を生み出すことになっている。

絵も含めた表現全般がね〜〜〜とてつもなくいいんだけど、なんてーのか、ストーリーに必要とかそういう観点ではなく、その人間を表現する「一瞬の動作、一瞬の表情とはなにか」を突き詰めていった先に出てくる「無駄な表現ばっかりやっているみたいなのに、不思議とその人物が頭に入ってくるような」そんな絵なんだな〜〜〜〜。

ちょっと他には類するものが見当たらないピカ一の傑作で読んでいてとても気分がよくなった。

成程

成程