基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

コールドスナップ・対談集・未必のマクベス

Cakesの連載の中で僕が一番楽しみにしているものがあって(まあ有料には入ってないんだけど……)、それは新・山形月報! なのだ。⇒新・山形月報!|山形浩生|cakes(ケイクス) 一ヶ月に一回だったり二回だったり不定期ではあるのだが、一回一回手短に様々な本が紹介されていて、毎回適当に見繕って読んでいる。僕はあまりネットをみないのでいわゆる書評系で定期的にみているのは山形さんのところだけなのだけど、このざっくりといろんな本が一気に紹介されるこのスタイルはいいなと思った。いいなと思ったのでパクらせてもらおう。

というわけで冬木月報です(記事タイトルまでパクってそこまでパクるのか)。とりあえず月の終わりに、その月に読んだ本の中からめぼしいものをピックアップしていこうと思う。来月やっているかは謎。基本的には面白いものしかブログで紹介していないつもりなんだけど、まあ中にはこぼれ落ちるものなどいろいろあるので、その辺絡めていきたい。

とりあえず今読んでいるのは上橋菜穂子さんの『鹿の王』ですね。あとちょっとのところで止まってしまっている。出だしは物凄く面白くて、わくわくして、中盤も普通に面白いんだけど、うーん。さまざまな要素がうまく結合していない印象を受けてしまう。ちゃんと最後うまくいくんだろうか? というところが怖くて、なんだか読み進められないでいる。まあこれは明日辺りには読み終えるだろうからいいか。

フィクションとか

既に記事に書いたものの中でピックアップするなら記事のタイトルにもしたコールドスナップ・対談集・未必のマクベスあたりだろうか。コールド・スナップ by トム・ジョーンズ - 基本読書 読み終えた後、トム・ジョーンズはシンプルに凄いな、と思って、村上春樹が過去にトム・ジョーンズに言及している本をわざわざ取り寄せて読んだりしてしまった。村上春樹はトム・ジョーンズにパーティで会ったことがあるらしいのだ。遠目から見ても明らかにカタギではなく、編集者からも良い作家ではあるがあいつは異常であるといわれ、パーティで謎の紙袋を大事そうに抱えている、糖尿病患者でもある。

コールド・スナップ

コールド・スナップ

まあそういう周囲からみておかしな、まっとうに道を踏み外してしまっているような人ではあるようなのだけど、それを反映してか作品には強烈に「まっとうに生きられねえ人間がいかにしてやり過ごすのか」が書かれていて、そういう侘びしさはどこか気持ちいいなと思うのだった。自虐的な前向きさとでも言い換えられるだろうか。そんな毎日ポジティブでいられないし、そりゃあクスリにズブズブと溺れて行ったりすることだってあるさねというやるせなさにあふれているのだ。

次は対談集にいこう。これは主には『西尾維新対談集 本題 - 基本読書』と『あのひととここだけのおしゃべり―よしながふみ対談集 (白泉社文庫) by よしながふみ - 基本読書 』になる。西尾維新対談集は、なんというか、改めて他の作家と西尾維新を見比べてみると「あ、やっぱりこの人異常な人なんだな」というのがよくわかっていい。なんか、西尾維新さんは極々普通に、どんどん作品を送り出してくるからこっちもあ、これは普通なんじゃないかな? とちょっと麻痺しちゃうんだよね。ものすごい勢いで作品を執筆されて、こっちもやれやれまた出たのかなんていいながら買って読んでいるけど、一日のノルマ二万文字なんていうのはちょっと尋常じゃない。しかも別に書こうと思えば五万でも六万でも書けるけど、あえて二万におさえているんだよねみたいなノリなのだ。

人類の小説史においてもそんな速度で執筆を続けた作家はいないのではないだろうか。そらまあほんのちょっと前までは手書きだったんだからそんなヤツがいるはずがないし、パソコン全盛の時代になってから西尾維新さんぐらいの執筆速度を出せる人は何人もいると思う(十文字青さんとか、森博嗣さんとかは筆が速いですよね)。それでもこの速度を安定してデビューから出し続けているのはちょっと尋常じゃない。

まあ速けりゃあいいのかといえばそんなこともなく、確かに西尾維新さんの作品ってものすげえ文章の滑りはいいんだけどよくよく読んでみると恐ろしく空虚だったりするので(名言集とか読むとあれれこんなにスカスカだったっけと目が覚める)速いのも良し悪しがあるだろうと思う。実際この対談集の中でも西尾維新はそうした筆の速さを「弱点でもある」と認識している。西尾維新対談集はそうした作家の視点の面白さもあれど、ちょっとこの人やっぱおかしいよというのが実感できてよかった。

西尾維新対談集 本題

西尾維新対談集 本題

  • 作者: 西尾維新,木村俊介,荒川弘,羽海野チカ,小林賢太郎,辻村深月,堀江敏幸,講談社BOX
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2014/09/03
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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よしながふみ対談集は新刊ではないのだけど(文庫が去年出た)、対談集繋がりで。BLや少女漫画、フェミニズムについてなどいろいろ語っていて、欠けていた視点を完全に埋めてもらったようなスカッとする気持ちよさがあった。ようは評論家やなんかやたらとご高説を語る人って大抵ものすげえおっさんだったりおじいさんだったりで、女性の批評家ってあんまり見ないんですよね。BLとかもよくわからんおっさんがよくわからん理論と結びつけてブームに説明付けたりして「えーどうなのーそれー」と思うことばかりだけど、女性側からのカウンターパンチとして面白く読みました、はい。

次に『未必のマクベス』未必のマクベス by 早瀬耕 - 基本読書 これは早川書房の塩澤氏が事前にゲラを配っていて読んだ一冊。本当に面白く読んだので今月では唯一オススメタグまでつけてしまった。もちろんゲラをもらったことでものすごーく贔屓目に見ていることは否定できないけど、でも凄く面白い小説だと思いますよ。ぎゅっとコントロールされて、完全に自分のスタイルを構築していて、二作目にも関わらず成熟を感じさせる文体だ。ラブ・ロマンス的な部分と、割り切られた思考のバランスなんかは僕には森博嗣作品を彷彿とさせる。

見ている限りではゲラをもらった人の反応しか見えてこなくて、ありゃりゃ、まあさすがになんの賞もとってなくて、ずっと前に一作を出しただけのほぼ無名の人の新刊だとこんな感じになってしまうのか……と悲しくなってしまったけど。出来からいえばもっと話題になってもいいんだけどなー、分類しづらい作品だし、プッシュもなかなかしづらいのかもしれない。だからせめてこういうところで取り上げていこう。

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

未必のマクベス (ハヤカワ・ミステリワールド)

また前作『グリフォンズ・ガーデン』は1992年に出たものであり、こっちも物凄く面白い。エンタメ的な盛り上がりは皆無ではあるものの、ノンフィクション的な情報が編み物のように物語に連結していく語りの面白さ。そして突き抜けて理想的で笑ってしまうような男女のやりとりだけでも充分間が持っている。未必のマクベスの頃から20年以上たっているわけだが、女性の非現実さは対して変わっておらず、なんかこういうものは変わらないもんだなと変な納得をしたりもした。そうだよね、村上春樹の書く女性だって最初からずっとなんだかよくわからないうちに自然に男と寝て、いつのまにか去っていくものだし。たとえば突然女性の書き方が変わっていったりなんかしたら「ああ、きっとなにか嫌なことがあったんだろうな……」とか邪推をしてしまいそうだ。

ノンフィクションとか

小説関連からちょっとノンフィクション方面に話をふってみると、こっちはこっちでなかなかの充実っぷりだった。『経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学 by ポール・J・ザック - 基本読書』は、信頼や共感がオキシトシンの分泌量によってある程度コントロールされてるんじゃねーの? という本だ。オキシトシンを意図的に混入させてやれば人は自分と異なる政治信条を持つ相手や、到底相容れないような相手にも一種の共感を覚えるようになる。人類全体にこのオキシトシンをえーいと注入してやりゃあ戦争はなくなるんじゃねーのと思うが、まあそんなことムリだろうね。

経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学

経済は「競争」では繁栄しない――信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学

相手からオキシトシンを引き出すためには、ハグするなどのボディタッチや直接吸引する以外にも相手に自分はあなたのことを信頼してますよというサインを出すことが有効らしい。もし「あの人には共感や信頼の能力が欠如している!」と思って怒ることがあるなら、信頼のサインを出してみたらどうだろうか。改善されるかもしれないし、改善されないかもしれない(5%の人は根本的にオキシトシンレベルが大層低い状態にあるらしい)。これについては経験的には割合正しいと思いますけどね。僕はだいたい自分に対してつらくあたってくる人にはむしろ二倍ぐらい親切にしたりするんですけど、たいていきみわるがって受け入れて仲良くなれることが多い。

政治・社会系では『地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)』あたりは良いと思った。ようは少子化が日本にどのような影響を与えるのかを数字ベースで見ていきますよという話なのだが、おおよそ日本で仕事に従事している働き盛りの世代なら、ユーザのほとんどが外国ユーザとかでないかぎり打撃を受けるのは当たり前なので、今のうちからうてる手はうつためにも状況を把握するのは必要だと思うんだよね。たとえばこのままいけば2050年には人口が9000万人ぐらいまで落ち込んでしまうわけだけど、日本人だけを相手に商売をしていたら何もしなくても商売相手が3000万人近く減っているわけだ。邦画なんか成り立たなくなっちゃうよ。

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)

地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書)

マンガとかライトノベルとか

マンガはあまり買わないんだけど本日『ニッケルオデオン 青』が発売されました。道満晴明著作。ショート漫画集で、どれもコマ密度が高くなく、セリフも短くサラっと流されていくんだけど、余韻をひいて思考が一言から広がっていく。舞台も宇宙から童話的な場面、人間から非人間、ロボットから化け物と多種多様で、きっとこの人の視点や価値観はどこにも固定されずにふわふわとあたりを漂い続けているんだろうなと思うような自由さ。頭を切り開いて中がどうなっているかみてみたいですね。

絵もシンプルでそれでいて見飽きない魅力があり、話は毎度綺麗にストンと、ランディ・ジョンソンのスプリッタばりに落ちていく。鮮やかなりぃ。もう僕はこの人を超えるショート漫画が書ける人はこの先出てこないんじゃないかな? と思うぐらい惚れ込んでいる。いやもちろん一言でショート漫画といってもそこには無数のアプローチーがあり、一概にまとめてしまえるものではないんだけど。まあそれはおいといてのニッケルオデオン赤、ニッケルオデオン緑、ニッケルオデオン青と続いてきたニッケルオデオン三部作は、本当にどれも素晴らしかった。三冊で終わってしまうのが悔やまされる。でもまた書いてくれるはずだ。

ニッケルオデオン 青 (IKKI COMIX)

ニッケルオデオン 青 (IKKI COMIX)

同著者の別作品として『ヴォイニッチホテル』は連載中だが、こっちもさまざまな立場の人間が集まってくるホテルを書いた作品で今もっとも続巻を待ち望んでいるシリーズのひとつ。もうね、こんなにおもしろい作品を書く人間がいてもいいんだろうか? はじめてこの作家を知った時、そのあまりの才能にひれ伏して何冊も出ていたエロ漫画(水爆戦シリーズとか)を買い集めてしまったぐらいだ。シモネタ満載の四コマ漫画ぱら☆いぞなど転げまわる面白さなので興味があったらどれでもいいから手を出してみるといい。

漫画だと他にはサンデーからの刺客、『だがしかし』1巻も面白かった。駄菓子屋のオヤジを持つ男の子のところにすげーかわいい駄菓子の伝道師みたいな女の子がきて男の子に駄菓子屋を継がせようとする一話完結駄菓子紹介コメディ。ギャグが面白いとか、駄菓子がなつかしいとか、そういう感情は一切湧いてこないのだがとにかく出てくる女の子がみんなかわいくてぺらぺらと絵をめくって楽しんでいる。どのコマも決めゴマみたいに、女の子の身体がS字曲線やくねっとまがっているポーズを捉えていることが多いんだが、この1コマ1コマのこだわりが素晴らしいと思う。

だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

だがしかし 1 (少年サンデーコミックス)

ライトノベルでは魔法科高校の劣等生の新刊が出たり神様のメモ帳が完結したりした、全9巻。神様のメモ帳、よい作品だったな。現実の難事件や問題を男の子がはったりとぺてんで解決していく話なのだが、池袋ウェストゲートパーク的な、社会のゴミ溜めみたいな人間が集まっている雰囲気が心地よくて、それが最後まで持続した良い作品だったと思う。ぺてんで解決していく流れは後の杉井光作品の基調にもなっていく流れではあるし、作家的にも重要な作品だっただろう。完結前に作品とは関係ない著者自身のトラブルが巻き起こってしまったけど、作品と関係ないところで悪くいうような人が出てくると実に残念な気持ちになりますね。
神様のメモ帳 (9) (電撃文庫)

神様のメモ帳 (9) (電撃文庫)

シリーズ物以外の新規開拓としては『絶深海のソラリス』、著者;らきるちが良かった。海洋能力バトル物という特殊な立ち位置に、ハンターハンターやテラフォーマーズ的な戦闘のシビアさを導入した作品で、文章で、一巻でやるにはいろいろと下敷きが足りねえ……と思うところはあるけど総じて期待の持てる一冊。ライトノベルは正直、既存シリーズや読んでいる作家の新シリーズを追っかけるのに忙しくて新規開拓がぜんぜんできてないんだけどこういうのがあるなら他にもいろいろ手を出してみてもいいかなという気分になる程度には面白い。
絶深海のソラリス (MF文庫J)

絶深海のソラリス (MF文庫J)

ざっくりとまとめてきたけどこんなところかな。ではまた次月。クールの終わりなので見ていたアニメについて語ってもよかったけど長くなるのでやめておきましょう。