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日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点 by 片岡剛士

アベノミクスも始まってから2年が経とうとしており、その成果もある程度見えてきたところだ。ただ、インフレターゲットを設定しての金融政策、財政政策を行っていくと断言したとはいっても魔法でもなんでもないのだから影響が出てくるのには時間がかかる。特に雇用への影響など何年かがかりで企業が動向をみながら変化していく部分で、まだまだアベノミクスの正誤を判定するような段階にはないが、数字ももろもろ上がってきたし、増税イベントも終わって影響がある程度見えてきた現在、いったん検討を入れる分には良いタイミングだろう。現状日本経済は増税が間に挟まってくれやがりましたせいでアベノミクスがどのように機能しているかわかりづらい側面があり、一つ一つ数字をおって丁寧に検討していってくれる片岡剛士さんの仕事には頭が下がるばかりだ。

ざっくりと本書の概要を提示すると、第一章でアベノミクスが最初の一年目でどんな成果をあげたのかを概観し、第二章で円安傾向が続く中輸出が増えないという一見すると変な事情を分析し、仮説をたてていく。第三章で円高が続いた日本でどのような害悪がもたらされていたのかを解説し、第四章で消費税増税によって起きた日本経済への打撃が実質的にどの程度あったのか、アベノミクス効果と消費税増税のマイナス効果を丁寧に選り分けるようにして分析していく。第五章はこれから先アベノミクスはどうしたらいいのか、という提言になっている。

元々のアベノミクスの狙い

さて、現状アベノミクス効果によって日本経済は円安効果が出ている。円安は円が安いわけだから1ドル70円とかだったのが1ドル100円とかになってドルを手に入れるのに余計に円がかかる状態なわけだ。なんてこった輸入に金がかかると思うが逆に外に出すときは安く提供できるわけで一気に差額が利益に転嫁される。輸入に厳しく輸出に優しいわけで、「じゃあそれって大企業にしか利益がないじゃん」と思うかもしれないが円高が続くのはようは円があんまり循環していない状況のことだ。

円が循環していないというのはつまり物が売れない、物がつくられないことで、売れないから物価はどんどん下がるし、物価が下がるんだったらまだ買わなくてもいいや、預金しておけば物価が下がることによって実質的に金利がついたのと同じことになるから塩漬けしておこうとなる。こういう行動を起こすのが一人なら問題ないが、みな同じように考えるのでみな金を使わないし投資もしない方向へ圧力がかかる(上がらないから)。一方企業側としては物価を下げているだけじゃあやっていけないからコスト削減として人でも何でもきる、賃金を低下させるだろう。デフレスパイラルがマズイのはこういう巡り巡って物事の動きが滞ってしまうところにある。※あと当然だけど輸出を前提とする企業はめちゃくちゃ苦しい。

そんなわけなので金をガンガン供給してやりましょう、銀行に金をやって、公共事業を立ち上げてとにかく金を市場に回しましょう。銀行は増えた分の金を投資にまわし、止まっていた事業は動き出し、公共事業が立ち上げられるのでそこでまた金が動き、さらにインフレターゲット2%なり3%なりを国が責任をもって指定することによって、預金していただけで物の価値が下がって実質的に金が増えていた時代とは違って、預金していると金の実質価値が減ってしまう状況になるので、投資したほうがましだーとなり投資するようになる。誰もが金を引っ込めてどんどん金の循環が滞っていたところに、金が投入されてぐるぐると動き出す。これが非常に単純化したアベノミクス効果が狙っているところだと個人的には理解している。

アベノミクスで何が起こったのか

ここはこの本のメインだからずらずらと中身を並べ立てたりはしないから感想のような感じで。まず円安に転じたのは良かった。2012年11月から2013年11月までの動きを見ると、ドル円レートは25%の円安、株価は72%の上昇だ。虚構ではあるが、実態に影響を与える意味のある虚構である。この状況が持続していくと、消費や投資や輸出といった総需要が時間にラグこそあるものの増加していく。仕事が増え、必然的に雇用が増え、まずはパートの雇用状態がよくなり、次いで賃金が上がって、その後に正規雇用数にまで影響をあたえるだろう。こういうのは連鎖的に一つ一つ影響がわたっていくものであって、先に書いたようにたかだか一年やそこらで効果が出るわけではないのが直感というか景気がよくなっているといっても全然実感としては良くなっていない! と反論に繋がり、経済の論争を泥沼化させる要因の一つでもある。Aが起こったらBが起こる! というわかりやすい因果関係でもないし。

じゃあその雇用はどうなっているのかといえば、男性・女性ともに雇用者数は増加したものの、正規雇用者数が減り非正規雇用が増えている。これ一つとりあげてみれば地獄の非正規雇用大国のはじまりだ、みたいに悲観的にみれるがこれはどうなんでしょうね。生産年齢人口が定年で減って、さらにその分入ってくる層が極端に少子化の時代なんでその歪みが出ているなどなどいろいろ説明はつきそうですけど(65歳以上の人が退職し、その後非正規として仕事につくパターンがあるから)。一方で有効求人倍率と完全失業率は改善が進んでいる。現状有効求人倍率は1.1倍で安定しており、完全失業率は5月に3.5%に低下したあと、6月7月で3.8%程度に悪化し、8月で3.5%に回復した。

一方でせっかくの円安なのに輸出は横ばい状態で円安ブーストが現状ではまだ見られない。企業の生産活動、設備投資といった指標の動きは軒並み悪化している。そしてなんといってもGDPがすげー下がった。2014年の6-8月期が7.1%も下がるというなかなかの落ち込みっぷりで、これは震災の時の6.9%下げよりひどい。さすがにリーマン(12.5%)ほどではないにせよずいぶん下がったものだ。民間消費、民間住宅投資、民間企業設備投資、公的固定資本形成、輸出などなどが軒並み前期比マイナス! 特に民間消費の減少がひどくて前期比5%減、前期比年率18.7%減という壊滅的状態ですねー、残念。

当然ながら消費税増税が影響していて、駆け込み需要とその反動減(消費税が上る前に買うもん買っちゃうからその後物が売れない)そして実質的に所得が減少したも同然のことから支出水準が低下し買い控えが起きる。その後の数字はだいぶ持ち直しているが(年率換算でマイナス1.6)、今年度のGDP成長率が政府が出している実質GDP成長率1.2%を達成できるかはだいぶ怪しい……というか、ムリだろう。

著者は今後の方針としては基本的に消費税を10%にするなんていうのは最悪手で、リフレ・レジームの強化、そして名目GDP成長率3%を達成するための追加緩和策を提案している。まあ、そうだろうと言った感じ。中でも今回の増税によって悪影響を被っているのは家計であることから、公共投資に重点をおくよりも定額給付、所得税減税、社会保険料の減税のような家計の負担を減らす方法を柱にすべきだというのは、増税によるダメージをなんとか抑制するために必要な策だろう。いまだに景気回復の恩恵はすべての人々に行き渡ったとはいえず、これから波及効果がではじめようとしていたところで増税のダメージを受けてしまった、という状況だし。

本当に「いま」の分析の本で、このタイミングで読まないと賞味期限があっというまにきれてしまうタイプだが、だからこそ現状把握としてちょうどいい。湯水のように金を使い尽くして効果の見えてこない社会保障費とか(社会保障亡国論 (講談社現代新書) by 鈴木亘 - 基本読書)、疲弊とかいうレベルでなく消滅に向かっている地方経済とか(地方消滅 - 東京一極集中が招く人口急減 (中公新書) by 増田寛也 - 基本読書)、ガンガン減っていく生産年齢人口だとか、問題は山積みだが、せめて数年のショートスパンで対応できる部分についてはマシな手が続いて欲しいと切に願う。

日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点

日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点