基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

財政赤字は、新型コロナ危機を脱する唯一の道という現代貨幣理論の理屈──『財政赤字の神話 MMTと国民のための経済の誕生』

この『財政赤字の神話』は、アメリカの経済学者でMMT(現代貨幣理論)の第一人者、民主党のチーフエコノミストやバーニー・サンダース上院議員の政策顧問を務めるステファニー・ケルトンによるMMTの理屈について書かれた一冊である。

MMTは近年、世界を騒がしているが、その第一人者の本ということでたいへん楽しみに読んだ。MMTの提唱・仮説はかなり大規模なものが含まれていて、正しさが経済の門外漢の僕にはよくわからない部分が多い(大規模な形で実践されていないのだから、経済学者にだってわからんだろうし、意見も割れまくっているが)。が、本書にはどのような考えでMMTが成り立っているのかが網羅的に書かれていて、少なくともその理屈に関しては、非常にわかりやすく、かつシンプルなものだ。

本書には日本向けの序文として「「財政赤字」こそ、コロナショックを脱する唯一の道である」と題された7ページほどの提言も含まれている他、日本の国債発行残高が非常に大きいこと、また高いレベルの「通貨主権」を持つ国家の一つであることから、本文中にも日本および日本銀行への言及は多い。

財政赤字でどうやってコロナショックを??

MMTを知らないと「財政赤字」でコロナショックを脱するってどういうこと?? と疑問に思うだろうけれど、MMTが示しているのは「通貨主権を持つ国はいくらでも貨幣を自国で刷れるのだから、借金の問題はない」ということだ。家計なら借金を抱えているならどこか別のところから借りてくるか、働いて得たお金で返さねばならない。だが、国は足りない分をいくらでも充填できるのだから、家計とは違う。

実際、日本は課税によって吸い上げる金額よりも支出する金額が多く、こうした状況にたいして「財政赤字」を出した、と言われる。それは将来の借金であって、その数が100、200兆円、と増えていったら最後、未来の世代が返済しないといけないのだと。だが、MMTによれば、日本は通貨を発行できるのだから問題ない。本書で触れられている経済学者のエリック・ロナガンは、思考実験として、2012年に日本国債の残高700兆円を即時にマネタイズ、償還したらどうなるのかと問いかけている。

何をするのかというと、日銀が貨幣を創造して、日本国債の残高をすべて買い入れるのだ。その時何が起こるのか、インフレか、経済破綻か。だが、『ロナガンの見立てでは「日本国債の残高を100%マネタイズしたところで何も変わらない」』。日本国債と現金を交換しても、民間の純資産には何も変化がない。国債で持っていたものが現金になるだけ。逆に国債分の利子がつかずに金利収入を失うので、総資産は変わらず、金利収入は減少するので、物価は上がるどころか下がるだろう、としている。つまり、日銀がちょっとパソコンをいじるだけで、一夜にして日本の債務は消える。

こうしたMMT的観点からみると、国債発行による借金、財政赤字は問題ないどころか、むしろ今求められているのは積極的な財政赤字による財政刺激なのだ、となる。

 政府の対策はすでにやりすぎだ、という声も出てくるだろう。政府は何十年も巨額の赤字を出し続け、債務を膨らませてきた。そのうえさらに支出を増やせば、危険な状態が一段と悪化する、と。そうした主張は誤っている。
 財政赤字は、危機を脱する唯一の道だ。

これは、現状ほとんどの経済運営で言われている、国の借金は持続不可能な増え方をしていて、社会保障費も増大する一方の現状、国の財政状態に対する市場の信頼が失われれば金利の急騰や場合によっては政府のデフォルトもありえる、だからこそ増税が必要なのだという理屈に真っ向から反対するものだ。

逆に、このような時期に財政赤字を抑えようと増税を重ねると、貯蓄傾向になり、消費は冷え込み、売上は急減し、経済はマイナス成長に陥ってデフレはひどくなる。莫大な量の貨幣を流通させ続ければいずれインフレになるわけだが、MMTではそこについては注意が必要だ、といって、そのコントロール方法についても触れている。

財政赤字に関する6つの神話

本書では、財政赤字にまつわる6つの神話を紹介しながら、それがいかに間違っているのかと問いかけていく。たとえば、第一章では、政府の収支は家計と同じように考えるべきで、借りたものは返さなくてはいけないという神話について。これは、すでに何度も書いたが、アメリカや日本のような国はドルや円を生み出せるのだから、同じではない。金が足りなければ刷ればいいだけの話で、破産することは絶対にない。

いくらでも金を刷れるなら税金など必要ないのではないか、という疑問が当然湧いてくる。一円も徴収せず、必要な分は刷ってくれよ、という話だ。これについては、MMTはいくつかの税金が必要な理由を説明してみせる。たとえば、税金があってそれを払わないと罰せられるので、働くし生産する。もちろん、金が供給され続ければインフレになるから、税金を上げたり下げたりすることはインフレの調整になる。また、税金は格差を是正する協力な手段であり、税金を徴収することで国民の行動をある程度コントロールできる(タバコ税を引き上げてタバコから離れさせたり)。

第二章では、財政赤字は過剰な支出の証拠であるという神話にたいして、過剰な支出の証拠はインフレであって財政赤字ではないという現実を。第三章では、国民はみな何らかのかたちで国家の債務を負担しなければならない、という神話にたいして、国家の債務は国民に負担を課すものではないという現実を──と、神話の解体が続いていく。重要なのは、財政赤字や財政の均衡ではなく、その金で世の中がよくなること、モノやサービスが円滑に提供され続けることだ、というが、それはそうだろう。

おわりに

MMTに関連して本書で提言されている政策の一つに政府による「就業保証プログラム(JGP)」があり、数百万、場合によっては1000万超えの非自発的失業者を公共サービスの仕事で雇え、といっていてそれはブルシット・ジョブまっしぐらじゃねえのかなとか思うところはあるが、参考文献などは読んでないので何とも言い難い。*1
www.bloomberg.co.jp
日本がMMTを実践するかどうかだが、黒田日銀総裁はMMTにたいしてかなり批判的な立場であることがたびたび表明されているし、そうした見解は麻生大臣も同様のようだ。『アメリカで、一部の国会議員が強硬に主張されている。政府債務残高はどれだけあっても問題ないんだという話ですが、これを実行した国は一つもありませんので、その意味では、私どもとして、この実験を日本でやって、日本の金融マーケットを修羅場にするつもりは全くありません。』(下記リンクより引用)
aoyama-masayuki.com
どちらにせよMMTが絡む議論は大きく、仮説も含んでいるので、これをそっくりそのまま一から十まで信用して実行するというのはありえないだろう。昨年MMTについての本も刊行された、経済学者の井上智洋氏が本書の解説を書いているが、MMT全肯定というわけではなく、その事実部と仮説部を切り離して捉えてくれている。

政府の借金が1000兆円を超える日本ではまだまだこの議論は盛り上がっていくだろう。一冊読んでおくと見通しがよくなるはずだ