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生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像 (講談社現代新書) by 中沢弘基

 生命の起源。知ることができたらうれしい。あそこにいる犬も猫も、そのへんにいる雑菌もみんなみんな生きている。生きているとはまあいろいろ定義はあるがおおまかに言って自己増殖することだ。なんでこんなものが出てきたんだろう? こんな仕組みが勝手に出来上がるなんてありえるのか?? ありえないような気がする。かといって創造主を想定するほど非科学的でもない。科学の徒であるからして、気になる、気になる。

 それを解き明かしていくのが本書だ。もちろん、まだ学者の間でもコンセンサスはとれていないことへの研究だから、仮説でしかない。しかし今まで読んできた中ではもっとも筋が通っているようにみえる。今後また研究が進めばここに書いてあることも否定され、あるいは論が補強されていくのだろう。しかし現時点での生命神秘の原因に迫る本書は最高にエキサイティングだ。

 最初はどのように発生したのか? なんとなく「母なる海のプールでなんか雷がドーンって落ちたりしてそんで突発的な化学反応が起こってできた」と思っている人もいるかもしれないが、今ではその節は否定されている。その他にもたくさんの仮説があって、他の天体で発生した微生物が隕石やなんかにのって地球に来たのがその来歴なのではないかというパンスペルミア説と呼ばれるものまであったりする。

 そもそも生物を分子レベルでみたときにどうやってできあがっているのかといえばアミノ酸などの小さな有機分子が結合してタンパク質などの高分子となり、それがさらに細胞内に集まって生命活動に従事している。その為まず生命の発生に必要なものは1.有機分子が発生する過程 2.有機分子がタンパク質などの高分子に進化する仕組み の2つを考える必要がある。

 有機分子がどのようにして地球上で発生したのか、そしてそれがどのようにして複雑な結合を果たしたのかについて、本書は既に否定された仮説も述べ、地球史を語りながらも著者自身の仮説の解説へと収束していく構成になっている。

有機分子・ビッグバン説

 著者の仮説とは「有機分子・ビッグバン説」という。本当はみっちり化学式が書かれ、実験の詳細も明らかにされているがここではざっくりと説明してしまおう。38億年から40億年前には、隕石が現在の1000倍も頻繁に海洋に衝突していた。そのつど強い還元的な衝撃後蒸気流が生じ、アミノ酸の前駆体となるアンモニアが膨大な量で精製された可能性がある。同じ条件下で炭素(これは隕石で賄われたはず)があれば、アミノ酸も生成されたはずだ、というのが主張の骨子となる。

 実際に有機分子が発生することは同様の状況を作り出して行った著者らの実験によって確かめられていることもあって、少なくとも隕石の衝突と当時の地球環境課で「実際に発生しえた」ことだけは確かのようだ。著者が行ってきた実験などについてはここの記事などでも読める。⇒生命の材料となる有機分子は、隕石衝突でもたらされた! | 特集記事 | NatureJapanJobs | Nature Publishing Group

 ここで一つ面白い謎に答えが出る。生物有機分子はなぜか水溶性で粘土鉱物親和的なのだが、有機分子にもさまざまな種類があり疎水性も親水性も多種多様であって、なぜ特定の条件のものだけが残ったのか? 答えは水溶性で粘土鉱物親和的な有機分子だけが環境的に「生き残った」のであり、その他のものは光化学反応で酸化分解したりして消えていったのだ。すでにダーウィンの示した適者生存の仕組みがこの時点で刻み込まれているという面白さがある。

どうやって高分子に進化したのか?

 生命の元である有機分子が創りあげられる一つのモデルはわかった。じゃあ、と次に来る問題は「それがどうやって高分子に進化したのか?」だ。この記事の最初で『なんとなく「母なる海のプールでなんか雷がドーンって落ちたりしてそんで化学反応が起こってできた」と思っている人もいるかもしれないが、今ではその節は否定されている。』と書いたが、まずはその説明からはじめよう。

 まず大前提として、海の中に大量に核酸塩基やアミノ酸が存在していたとしても、「自分自身で集合」するわけではないということ。当たり前だが。勝手に結合するようなものではないのだ。そして大量の水の中では結合よりもまず分解反応の方が卓越してしまう。そしてこの世界には熱力学第二法則がある。つまりはそこには勝手に結合するようななんらかの「メカニズム」とそれを可能にする「環境」が必要になってくる。

 著者が提唱する「メカニズム」「環境」は、大雑把にいってしまえば粘土鉱物に付着した有機分子が水底にたまり、堆積し、圧縮され、堆積が厚くなれば厚くなるほど下の方は脱水、高分子化し、有機分子は濃縮化していく。地球内部ほど高温で、温度的にもかなりの高温だったと考える。すなわちアミノ酸や核酸塩基などの生物有機分子は、高圧・高温の脱水環境下で「自然に」高分子になると推定される、というのが「メカニズム」であり「環境」の一つの説だ。

 詳細な説明、実験結果などは実際に読んでもらうしかないが素人目に読んでいてシンプルでわかりやすく説得力のある仮説だ、と思う。それにしても面白いのはこれが地球科学の進展、原始地球が一体全体どのような状況にあったのかへの理解が進んできたからこそ、生命発展のモデルを構築することができたことだ。科学の成果は相補的に発展していくものだが、こうやって異なるジャンルが横断的に貢献しあって新たな大局観、世界観が示されることに、非常に興奮する。

 また特定の事象や特定の物質があったから生命が発生したという仮説(パンスペルミア説とか)とは違って、地球上に起こった出来事に沿って有機分子の発生から濃縮までを追っていくことで自然選択された結果として説明できるのも魅力のひとつだ。熱力学第二法則から必然的に導き出される生命発生、生命進化をあざやかに説明してみせる箇所といい、生命進化や地球科学、物理法則をひとつに統合してみせる統一感が素晴らしい。

 生命発生のメカニズムをたとえ仮説といえども一つ一つ丁寧におっていくのは、とても楽しい経験だ。