基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

Speculative Fiction 2013: The Year's Best Online Reviews, Essays and Commentary

 WebのSF系レビュー(映画、小説、ドラマ問わず)にエッセイを集めた2013年傑作選版。特筆すべきはジェンダーの平等とは何かを論じたエッセイ、視点を多く盛り込んでいるところだろうか。フィクションの中での女性の役割、女性主人公のジュブナイルFの少なさ、イベントにおける女性へのセクハラ問題などなど。他にもヒューゴー賞をもっとよくするためにはどうすればいいか、ディストピア物のドレスコードってどれも画一的で面白くなくねー? など、日本だと小説の年間傑作選はあるけどノンフィクション系はないのでこういうのがあると面白いですね<レビュー、エッセイの年間傑作選。

 日本だとレビュー自体はあってもエッセイ的な文章がWebだとあんまりないような気もする。だいたい売上が──まあ今はKindleもあるんだし僕が個別に交渉してやってもいいかなあ。ぶっちゃけやりたいことのアイディア自体は腐るほどあるのだがそこに注ぎこむだけのエネルギーと時間が足りない。あと本自体は、基本的にはWebで読める文章を集めたものだからか、お値段も400円と抑えめになっております。2012年からスタートしているみたいで2012年版もあるよ。

エッセイについて

 最初の文章でこのコレクションはジェンダー問題をたくさんページを割り当てて論じていると書いたが、それは明確に、最初の宣言の中に明記されている。いわく「我々はなるべく広範囲のジャンルをバランスよく配置します」「我々はなるべく広範囲のSF,FジャンルのWebサイトを見て回っています」「我々はSF、Fの議論がなるべく非開放的にならないようにがんばります」「我々はジェンダーバランスを重視します。」

 女性議員に対する野次なども話題にあがる昨今だが、正直言って日本の女性差別への意識の低さは欧米基準からいえば低い。まあ欧米に無理して合わせる必要はないわけだが、でもここは見習ってもいいところなんじゃないかな。ジェンダー論は「どんな時でもキツく平等を言明しルールを制定するぐらいで現状はちょうどいい」と思っているが、それはフィクションでも同じだ。女性主人公のジュブナイルファンタジーは数が少ない(もちろんないわけではない)、だから私の娘はファンタジーを読まなくなりファンタジー読者が少なくなるんだ! なんてエッセイも是か非かをおいといて本作には収録されているが、こんな視点はなかなかお目にかかれないだろう。

 あとI hate strong woman characterというエッセイは題名からして挑発的で何が書いてあるのか興味深かったが「強い」というのはむしろ副次的な、キャラクタの魅力としてはそこまで上位にあるものではなく、「強い」もしくは「弱い」それだけがピックアップされるような状況はあまり良くないんじゃないのという常識的な内容でまあ確かになあと思った。

 たとえばシャーロック・ホームズはまあ強いんだけど、切れ者であり博識家であり推理力があり……と様々な魅力の他に「強さ」があるのであって、女性キャラクタにおいても「弱さ」「守られる存在」だけでなく多様な魅せ方があってもいいんじゃないかねえという。

最後に書き手が望む女性キャラクタの書かれ方への提言が載っているのでそこだけ訳してみよう。

女性が、自由に自身のことを表現できること
意味を持ち、感情豊かに他の女性キャラクタとの関係を持つこと
時には弱さをみせること
身体的な意味ではなく、強くあること
叫びたくなるような時は、叫べること
女性が助けを求めることができること

 「強い弱いの評価軸だけではない、複雑な魅力を持った女性キャラクタに登場してほしい」ともいうが、ジャパニーズライトノベルではむしろ男キャラクタの需要が薄く、女性キャラクタだらけである状況はどのように認識すべきなんだろうと考えが広がったりもする。多様性はとっくに生まれている状況であるというべきか、むしろこれは男性ユーザの欲望へのダイレクトな提供である点で女性軽視というべきなのか……。

 たとえばけいおんや東方のように極端に男を排除した世界において「ジェンダー的にフラットになったか」といえばただ単に要素として男を消失させただけで「フラット」かといえばまったくそうではなく、むしろ男性への欲望へのおもちゃとしての位置に甘んじているともいえるわけで、もちろん別の見方もできるがまあ微妙な話だ。上記のエッセイで問題にあげられているのは主にハリウッド映画レベルにメジャーな女性キャラクタの話だと思うんだけど。

レビューについて

 レビューは幅広く抑えられていて良い。いくつか読んでみたいと思わせられるものがあった。たとえばAncillary Justiceの著者であるAnn LeckieとStefan Raetsの二人(本作に収録されているレビューで唯一の被り本)がレビューしているC.J.CherryhのForeignerとか。Foreigner, CJ Cherryh | SF Mistressworks ←Stefanのレビュー。 Guest Post by Ann Leckie: Skiing Downhill, or Agency in C.J. Cherryh’s Foreigner | Far Beyond Reality ←Ann Leckieのレビュー だいたい、ここまで言われたら読まないわけにはいかないだろう。

If you haven’t read it, well, I’m not about shoulds. So I will say instead that I strongly, emphatically recommend reading it. You may bounce off it–a fair number of people have, and that’s the nature of things. But. My advice is, if you haven’t read it, go read it, and then come back and read this.

 あとは『Ancillary Justice』のレビューもあってこれも良い内容だったが既に既読⇒Ancillary Justice by AnnLeckie - 基本読書 あとはパシフィック・リムにアイアンマン3にクラウドアトラスのHeroを論じたStorming the Ivory Tower: A Company of Heroes: Pacific Rim, Iron Man, Cloud Atlas, and the Power of Ensemble Casts も面白かった。これは単一のヒーローを超えて、分散化、複数化、多層化していくヒーローについて語ったエッセイなのだが、こいつら本当にHeroについて考えるのすきだよなと思わせる内容。

heroism can be distributed far more widely, and the benefits to opening our narratives to such distribution are enormous.

 記事を全部いったんここでまとめてしまおうかとも思ったのだが、目次とリンクがこの本の価値でもありそれはさすがに営業妨害だろうということで自重しておく。まあ全部読まなくても400円なのでぱらぱらとめくってみるぐらいでもいいんじゃなかろうか。いろいろ発想も得られると思う。

Speculative Fiction 2013: The Year's Best Online Reviews, Essays and Commentary

Speculative Fiction 2013: The Year's Best Online Reviews, Essays and Commentary

 レビュー&エッセイについては自分で出した自分だけのものもあります。100冊売るのが目標だったけどもう100冊売れました。これを自分以外のものも収録すれば似たようなのになるんだろうけどなー。作家のインタビュー、対談とかで本に収録されていないものとか、個人ブログをまわって集めてみようかな。
冬木糸一のサイエンス・フィクションレビュー傑作選

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