基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

月世界小説・細菌・ひとり出版社

はじまりの挨拶

2015年7月に僕が読んできた本のまとめになります。まず最初に7月の振り返りから。

7月はページビューが多かった。『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』をダシにして文明再興SFを語る - 基本読書知能の高いヤツがバカなことをする理由──『知能のパラドックス』 by サトシ・カナザワ - 基本読書アレルギーはなぜ増えているのか──『失われてゆく、我々の内なる細菌』 by マーティン・J・ブレイザー - 基本読書の三記事がbookmark200overでそれ以外の記事もめっぽう読まれているみたいです。

正直な話、別に僕はこれで飯を食っているわけでもないのでよく読まれたからといって何かがあるわけではないのですが「へえ……」と思ったり。原因は基本的には一つだと思っていて、記事名をこれまでは「書名 by 著者名」だけで簡潔に終わらせていたところを、「今世紀最大の面白さ!!!!——『書名』 by 著者名」というふうに、煽り文句・キャプションをつけるようにしたからかなと。

それも当然で、SmartNewsとかGunosyとかTwitterとかFacebookでばーっと記事が拡散されていく時に、クリックする・しないの判断に中身は関係なくて記事名と画像がついていれば画像しかみんなみないんですよね。だから記事名が期待を煽るようになっていれば当然読まれるようになるんですが、まあその分本来だったら引きつけなくてもいい人間を呼び寄せる結果になるのですが。

話の枕に雑記的なことを書いてみました。今月はこれからSFマガジン用の原稿をガリガリ書かなきゃ……まさか「お盆進行」なんていうものがあるとは思わず(というか自分がそういうものに関わるとも思わず)締め切りを自分の想定より前倒しにする必要が出てきた結果ちょっと焦っております(これを書くぐらいの余裕はある)。

というわけで簡単に先月のまとめにいってみましょう。

読んだ本をざっと振り返る──特にオススメする本篇

7月はよく読まれましたなーぐへへという話をしましたがそれに比例するかのように面白い本に出会った月だったなと。まず小説で強くおすすめしたいのはこの一冊。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ゲイの男の子がノンケと思われる友人にゲイのカミングアウトをしたと思ったら世界には突然『機械仕掛けの鯨が鳴いているような』アポカリプティっク・サウンドが鳴り響く。空には天使が跳びまわり音楽を奏で、衝撃が地面を揺らし雨のようにガラスが飛び散りあらゆるソファやテーブルといった家具やら人やらが降ってくる。天使が喇叭を高らかに鳴らし人の顔を持ったイナゴが地面からはい出す。

めちゃくちゃな状況からはじまる本作はその後も縦横無尽に世界線を移動して言語を根絶せんとする神と言語の力によって戦いを続けていく。言語によって世界を塗り替え、意識・存在それ自体を支配している神にいかにして対抗するのか──。メタSF、言語SF、神狩りへのオマージュ、現実感覚が幾つもの軸で拮抗していく牧野修節が最高水準で楽しめる傑作でっせ。

小説の次にはノンフィクションで現実へ視点を戻そう。『失われてゆく、我々の内なる細菌』は、我々の体内に存在している脳の重量に匹敵する細胞が現在、執拗な殺菌や抗生物質の使用によって損なわれ、その結果アレルギーや肥満などの現代病が引き起こされているのではないかと指摘し、検証する一冊だ。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
これはけっこう読まれた記事。なにしろみすずだし、テーマ的に硬いので重要な本だけど知られないだろうなあ……と思いながら書いたので読まれているのには驚きましたね。ブックマークコメントなどでも「怪しい仮説だ」とか、あまり信じないほうがいいとか、アレルギーが増えたのは検査精度があがったからじゃないの? と疑義が上がっていますが、この分野の研究は一人や二人が提唱しているものでもなく、着実に研究実績が上がっている分野なので、僕もそれなりに慎重に書いていますが正しい部分が大きいと思います。

肥満の原因だとか、帝王切開がのちの子供のアレルギー傾向に影響を与えるとかちと怪しい部分もありますけどね。そのあたりはうのみにしなければ良い話で、問題は「本当の影響範囲はどこまでなのか」という正確な(もちろん何にだって限界はありますが)見取り図を描き出すことで、それは今後の課題です。諸君らには本を読むときには慎重になってもらいたいと思っている。

知能の高いヤツがバカなことをする理由──『知能のパラドックス』 by サトシ・カナザワ - 基本読書 ⇐この記事などは特にそうですが、僕は記事を書くのと同時に自分がノンフィクションを読むときにどう「真偽を判断し、判断できない場合は結論を保留するか」という読み方を提示しているつもりです。本には意図的にしろ無自覚的にしろ嘘がたくさん書いてあるからです。それは別に僕が誰かに教育を施しているなどという上から目線の話ではなく、「僕はこうやっている。諸君らはどうだ」という話なわけです。

読んだ本をざっと振り返る──それ以外篇

7月は面白い本が多かったので「それ以外」と一言でいっても「紹介した本全部ここに書きたいんだけど」ぐらいの勢いですが、まあそれだと月まとめの記事の意味がありませんので……。まず一つピックアップすると、『SFまで10000光年』かな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
追悼だとか記念だとかそういう「感傷」を抜きにして純粋にこのエッセイ集をみてもずいぶん面白い。ガッツリとしたオタクだった水玉さんがハマっているものがエッセイのページ(1月2ページ)を埋め尽くしていて、Gガンダムがこの時放映していたんだなとか、エヴァがこの時放映していたんだなとそういう「1990年代〜」のオタク文化の雰囲気(とSFの関わり)がよく感じ取れるエッセイ・コミックになっている。

何より水玉さんは自分が気合の入ったオタクでありながら、そうした自分を突き放してみる視点が一貫していて、ひどくオタク的な話が展開しているのにオタク臭さを全然感じないんですよね。これはいったいなんなんだろう、この適切な突き放し方、距離のとり方は……と読んでいてずっと不思議でした。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
あとは個人的に大好きなのが『軌道学園都市フロンテラ』で。この作品、冒頭からめちゃくちゃに情報量が多く、とてつもない密度で文字情報を重ね世界観を構築していくんだけど、恐ろしく構成がヘタクソ。何がなんだかよくわからないうちに場面が次々と切り替わっていくし、その都度物語に関係あるんだかないんだかよくわからない会話が繰り広げられるから読んでも読んでもなんの話が展開しているのかよくわからなかったりする。

著者が微生物学者なことも手伝って、遺伝子関連の話題の会話は専門的だし、学園で授業が行われていく様子は「著者が行う授業もこんなかんじなのかなあ」と思わせるような納得感がある(もちろん、違うかもしれない)。タカビーでインテリで傲慢な女の子が個人的に好きなんだけど(歪んでいるか?)本作の主人公はまさにドンピシャなヒロインであった。

それでも、それでもである。本書は徹底的に、上記に述べたように非常に専門的に、圧倒的な情報量で「人間の愚かさ」や「地球環境の悪化」などをこれでもかと書いていきながらも同時に「だが」といってのけるのである。だが、と。人類は愚行を繰り返しながらも僕らは月にさえ到達してみせたではないかと。どれだけ読みづらかろうが、構成がヘタクソだろうが、僕はその未来を見据えた強引とさえいえる圧倒的なヴィジョンを買おう。大好きな作品だ。

ライトノベル・ジャンルから一冊選ぶなら田中ロミオさんの『犬と魔法のファンタジー』を。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
もはや冒険することもなくなったファンタジー世界の住民が甲冑を着込んで就活に明け暮れている──という出落ちのような小説で、実際に出落ちなんだけど、就活の話など自分の体験を思い起こしてしまうほどありのままでおもしろ──いかどうかは微妙だが。正直、これをわざわざファンタジーでやる意味があるのかは、最後まで読み終えても、判断に困る。

剣と魔法のファンタジーをパロった犬と魔法の〜の「犬」も、なんか無理やり話に絡めてみましたみたいで「ネタの為だけに存在している要素」が混在していて特におすすめ! というわけでもないんだけど、でもなんていうのかな、こういうの、好きなんだよなあ。ネタのためのネタ、それでいてきちんとフックも作ってくれば、わざわざ就活をファンタジーでやることの意義も一応仕組んでいる。

これからの出版文化を考えるきっかけにもなる一冊で『”ひとり出版社”という働きかた』も面白かった。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
来年はHONZ掲載のものとブログに書いたものでおすすめのノンフィクションをまとめた「冬木糸一の2015年ノンフィクション傑作選」と、ハヤカワ文庫補完計画全レビューをまとめた『冬木糸一のハヤカワ文庫補完計画全レビュー』と、あと『洋書多読エッセイ(仮題)』とSFマガジンに書いたものとかブログに書いたものをまとめた『冬木糸一の2015年SF傑作選』をKindleで出そうと思っているんですけど(多いな)、KDPって基本ひとり出版社なんですよねえ。

ひとりでやるのってすっごく気楽で、最悪「やーめた」っていっても誰にも怒られない素晴らしさがある一方で、人間一人ができることの限界にどうしたってぶちあたってしまう。僕は絵はうまくないし、今は動画つくっているけど動画編集の技術なんかぜんぜんないから「理想」にまったくおいつかないものしかできない。ひとりっていうのは、当然だけど良いこともあればできないこともある。この本はそのことを教えてくれる一冊でした。

漫画とか

少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

少女終末旅行 1 (BUNCH COMICS)

『少女終末旅行』という漫画がKindleであったから買って読んでみたのだけど、これがセリフ少なめでほとんど人がいない荒廃した世界を女の子二人が旅をしていく内容でその寂寥感が良い。崩壊後の世界とか、文字だとけっこう簡単なところもあるんだけど(建物とか書かなくていいし)、漫画だとそうもいかず。本作はマッドマックスみたいに何もない砂漠にして逃げるでもなく、きちんと「人間がいなくなったあと寂れた建築物」をいっぱい書いてくれているので好感が持てる。
バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)

バーナード嬢曰く。 2 (IDコミックス REXコミックス)

本を読まずに本を読んでいる雰囲気だけ出したい、なんとなく本読みだと思われたい! という身も蓋もない欲望をさらけ出す女の子を主人公としたバーナード嬢曰く。の第二巻が出た。嬉しい事にKindle版と同時発売なので当然Kindle版で読む読む。こういっちゃあなんだけど本をもりもり(月に5冊とか?)読む人間なんて日本人口のうち1%以下なのは明らかで「本は読まないけど読んだことにしたい」人たちがその1%以下の人間より多くいることも同時に明らかで、なんというかうまいなあ……以外の言葉が一巻の頃から思いつかない。

それでいてSFオタクの神林さんやらといった濃さ・薄さのバランス感覚が絶妙でいろんな層に(観測範囲だと濃い人達がきゃっきゃと喜んでいるのしかみえないけど)受けている(希望的観測)のがいいなあと思ったり。「読書」という行為を軸にしていろんな距離感の人間を作中に取り込んでいるのだ。本を読むなんて誰もが自分の好きなようにやりゃあいいんだけど本作はその「好きなようにやりゃあいい、読書にはいろんなつきあいかたがあるんだ」を肯定してくれるんですよね。

これから読む本

オルフェオ

オルフェオ

今リチャード・パワーズの『オルフェオ』を読んでいるんだけどこれがめちゃくちゃおもしろい。日曜遺伝子工学者で微生物に音楽をエンコードして人それぞれの「好み」を超えた誰しもに訴えかける普遍的な音楽はありえるのかを追求しているうちにテロリストと間違えられて警察に追われてあばばばばばみたいな男の物語。音楽をテーマにしたパワーズはやっぱ強いわ。全編、言葉・それ自体が音楽のように旋律を響かせて、小説を読んでいるはずなのにまったく別種の体験をしているような気さえしてくる。『何て小さな思考が人生の全体を満たすのか』同じく音楽をテーマにした『われらが歌う時』は涙が枯れ果てるかと思うぐらい泣きながら、のめり込みながら読んだ小説だ。本作もまったく違った角度から音楽に食らいついている。
ザ・セカンド・マシン・エイジ

ザ・セカンド・マシン・エイジ

  • 作者: エリック・ブリニュルフソン(Erik Brynjolfsson),アンドリュー・マカフィー(Andrew McAfee),村井章子
  • 出版社/メーカー: 日経BP社
  • 発売日: 2015/07/30
  • メディア: 単行本
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その後は『機械との競争』の著者エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーがタッグを組んで新しく出した『ザ・セカンド・マシン・エイジ』という、技術が人間の労働をどう置き換えていくのかを論じた機械との競争の続編のような本で、まだ1ページも読んでないけどもうこれは面白いことが確定しているので次のHONZ(5日)で取り上げます。

ま、7月はこんなところで締めましょうか。それではみなさん、今月も良い読書を。