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世界はとても美しく、だけど破壊された過去で埋め尽くされている。──『パンドラの少女』

パンドラの少女

パンドラの少女

書名からどんな本だかさっぱりわからんなあと思いながら読み始めてみれば、近年まれにみる引きこみの強さであっという間に惚れ込んで、読み切ってしまった。端的にいえば〈飢えた奴ら〉と呼ばれるいわゆるゾンビが存在し、文明社会が事実上崩壊してしまった世界で、4人の人間と1人の少女が旅をするディストピア物──にして「擬似家族をつくりあげる/なっていく」の物語であるともいえる。

ゾンビ物で人間が徒党を組んで旅〜? そんなのウォーキング・デッドでもなんでもいっぱいあるでしょーと思うかもしれないが、この擬似家族をつくりあげていくような側面が泣けるし*1、〈廃品漁り〉と呼ばれるならず者の集団が出てくるとまるでマッド・マックスじみた緊迫感が出てくるし、とこれだけでなく後述するさまざまな要素が見事にまとめあげられてオリジナルな読後感につながっているのがまた良い。

著者のM・R・ケアリーはマーベル、DCなどでXメンなどのアメコミ原作に関わっていたが、まさにそのキャリアを感じさせるように物語はキャラクタにもプロットにもセリフにも無駄がなく洗練されている。シンプルな構成の話なのであまり説明することはないのだけど、そのあまりにも魅力的な冒頭と世界観を簡単にご紹介しよう。

冒頭/あらすじ/世界観

メインで描かれていくのはメラニーと呼ばれる10歳の女の子である。奇病が爆発的に蔓延し〈大崩壊〉と呼ばれる事象が起こってから20年。まだ人間はぽちぽちと生きているが、その数を減らしつつあり、人間としての精神を失って捕食本能に支配された〈飢えた奴ら〉がメラニーが住まう基地の周辺には大勢存在している。

最初はメラニーの視点に寄り添って進行するので、この世界の本当の姿、彼女が実際には何であるのかが断片的にしかわからない。たとえばメラニーは教育を受けているのだが、基地内の独房で暮らしており、教室へ移動する際には拳銃を突きつけられ両手足を拘束し連れて行かれる。彼女自体はそれ以前の記憶が存在しないのでそれをほとんど当たり前のものとして受け入れているが、明らかに何かがおかしい。

 暗記はまったく苦にならない。退屈せずにすむからで、彼女は退屈することがなによりも嫌いだ。たとえば、総面積と人口を憶えていれば暗算で人口密度をはじき出せるし、ほかの都市と比べながら十年、二十年、三十年後の人口をなんとなく推算できる。

多くの人間が崩壊しつつある世界を前にして知識欲を放棄している中、冷静に事実を直視し、その上でなお自身の知的好奇心を失わないメラニーの在り方はこの絶望的なディストピア世界を前向きな希望でもって一直線に貫いている。

もう1人重要な立ち位置を担うのが、メラニーらの教師役であるミス・ジャスティーノだ。あくまでも任務として機械的に研究対象である子供たちに接しなければならないのに、その立ち位置に共感し感情移入をはじめてしまっている。共感してはいけない存在に共感し、それでもそれが間違っていない、子供たちはちゃんとした知能を持った人間なんだ──とジャスティーのが抱く思いはメラニーの視点を体験し彼女がたしかに人間的な考え方をする存在であることを知っている読者側によく馴染む。

基地が襲撃され、ジャスティーノとメラニーを含む5人での逃避行が始まるわけだが道中における1人1人の思いがまた強烈で、この絶望的な世界と対比して美しく映る。ジャスティーノは絶対にメラニーを助けようと決意して。同様にメラニーは自分に多くのことを教え、優しく導いてくれたジャスティーノを守るために。コールドウェルはメラニーを実験対象としか見ていないが、自分の画期的な研究を世に認めさせ、ついでに世界を救うために。軍人はメラニーを危険な存在として扱いながらも、とある理由から憎みきれずに次第にその存在を認めていく。

メラニーは彼女を呼び戻し、元気づけるようなことを言ってあげたいと思う。ミス・ジャスティーノ、わたしはあなたが大好き。だからわたしは神さまか巨人になって、あなたを守ってあげる。

このメラニーの純粋な思いと、この思いに応えようとするジャスティーノの関係性がまったくたまらん。とはいえこの二人からすれば敵対的といえる軍人サイドやコールドウェルらもその覚悟が明らかにつれ魅力的に感じられるようになっていく。

SF/マッド・マックス/ヒーロー物/擬似家族の物語

コールドウェルの思考を通して、この奇病がいったいどのような原理のものなのか、メラニーらはいったいなぜ「知能を持ちながら〈飢えた奴ら〉でいられるのか」といった世界の背景も解き明かされていくのはSF的な読みどころの1つだし、ゾンビものとしても勘所はすべて抑えられている。その上人間である〈廃品漁り〉の存在まで警戒しながら逃避行を続けていく様はまるでマッド・マックスのようだ。

メラニーは〈飢えた奴ら〉から攻撃されないとか、優れた身体能力があるなどの特性を備えているが、これはある意味では敵の力を取り込んで/代償として手に入れた脅威の力とも言えるわけでその文脈からいえばヒーロー物の系譜に連ねるのも間違いではないだろう(実際パーティーを助けるメラニーはまるでヒーローのようだ)。

世界はとても美しく、だけど破壊された過去で埋め尽くされている。

『世界はとても美しく、だけど破壊された過去で埋め尽くされている。』とは本書でメラニーが述懐する言葉だが、この言葉通りに彼女の前には輝かしい希望と、後ろにはつらく無慈悲な歩んできた道が存在している。

他者にたいしてわかりやすく本書を表現するならディストピア物になるだろうが、多様なジャンルと読みどころを内包した本書を読み終えた直後に一番ぐっときたのはその全てが合わさった美しく寂寥とした「風景」であったという方が近い感じだ。

文句なしにレベルの高い作品であり、本記事を読んで「おお悪くないじゃん」と思った人にはきっとその時抱いた想像/期待以上に楽しめるであろうから(いろいろと説明を省いているし)オススメしたいところである。

*1:ラストオブアスとはちょっとかぶってるかもしれないがあっちが父と娘だとすればこっちは母と娘ですね