基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人口の99.9%が冬眠をするようになった極寒の世界──『雪降る夏空にきみと眠る』

雪降る夏空にきみと眠る (上) (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る (上) (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る (下) (竹書房文庫)

雪降る夏空にきみと眠る (下) (竹書房文庫)

『雪降る夏空にきみと眠る』はジャスパー・フォワードの久しぶりの邦訳作品にして、幻想、奇想、SF要素がてんこ盛りになった極上のオモシロ小説だ。その世界観の作り込み、プロットの巧妙さ、次から次へと明かされる驚きの事実とその演出、出てくるキャラクタはみなジョジョばりにアクが強くセリフ回しも最高と、どこを取り上げても超一級で、まず一言感想をいうなら「超おもしろい!!!!」って感じだ。

世界観とか

舞台となっているのは2000年代イギリスのウェールズだが、この世界がたどってきた道筋と状況は我々の知るものとは大きく異なっている。何しろ冬になると平均最低気温がマイナス40度になり、しかもそれが例年からすると温かいぐらいの極寒の世界なのだ。そんな状況下では人間はまともに生きていけないから、冬至の前後8週間の間、人口の99.9%は冬眠をする。だが、それは平和な行程ではない。大量の脂肪を蓄える必要があるし、それでも脂肪を燃やし尽くせば死んでしまう。気温があまりに大きく下がりすぎても死んでしまう。持病が寝ている間に悪化しても死ぬ。

そのうえ、この世界には環境以外にも敵がいる。冬眠する人間が生存率を向上させるために飲む、ある効用を持つモルフェノックスという薬はごく稀に、意識をほぼ失って人喰いをはじめるナイトウォーカーを生み出すし、冬眠せずに物を奪う盗賊もいるし、冬の魔物もいる。とにかく危険な世界だが、語り手であるチャーリー・ワージングは、生まれ育った場所を抜け出し、モルフェノックスを手に入れるために、みなが冬眠する冬の間起きていて、盗賊や魔物、ナイトウォーカーに対処する冬季取締官の仕事につくことになる。ただでさえ死亡率の高い仕事、加えて初陣だから、通常屋内で、備忘録をつけながら冬に慣れるのが通常行程だというが、チャーリーはなぜだか早速ひとりのナイトウォーカーを別エリアに運ぶ過酷な仕事を任されてしまう。

キャラクター陣の魅力

で、ナイトウォーカーを運びに行った〈セクター12〉でチャーリーは他の冬季取締官の面々や、モルフェノックスを製造しナイトウォーカーを集めてきて仕事をさせるために再配置させている企業ハイパーテックの人間と遭遇するのだけれども、とにかくこの出てくるやつらがみな濃い。濃すぎる。ほとんどジョジョ5部の暗殺チームみたいな面々で、あまりにもサクッと人が死ぬ世界なので、命の軽さも同じぐらいだ。

〈セクター12〉取締局長のトッカータはきびしい冬を生き延びるためにナイトウォーカーを食べて気に入っているらしい。彼女の噂をする人間は絶えず、ある人間はトッカータに「文章の終わりに前置詞をつけた」という理由で目を殴られて網膜剥離に陥った。4歳の頃に飢えた北極アナグマと闘って勝った男フック、化学の天才名士グッドナイト、伝説上の存在であるとされている冬の魔物の存在を証明しようとしている少女、自分の右側にあるものしか見えない、気まぐれな女・オーロラなどなど。

細部の設定・世界観が密接にプロットに結びついていく。

あと、この世界はパルス銃と呼ばれるものが武器として用いられているのだが、凄腕の使い手は次の引用部のような理由で二丁同時に扱うとか、すべてにおいてケレン味に対する追求の仕方が微に入り細をうがっている。『熟練したパルス銃の使い手は、破壊力を高め、より正確に渦巻状リングの焦点を定めるために、二丁同時に使う。しかし、未熟な者が扱えば、重症を負ったり死んでしまうこともめずらしくない。』この無茶な理屈から繰り出される二丁拳銃の描写がとにかくかっこいいんだよなあ!!

 冬に危険ととなり合わせの生きかたをしている者なら、何がリアルでそうでないかの区別はつく。男は《シュタンパーシュレック》を下ろして《バンビ》を抜き、両手に一丁ずつ握った。まったくおびえてはおらず、ただ歯を食いしばって前へ進む。
「さあ、聞くがいい」盗賊が言った。吹雪のなかへ歩くにつれて、声が消えていった。「見せてやるぞ、イギリス人がいかにして死に立ち向か──」

二丁拳銃以外も含めた細部の世界観・設定のおもしろさも本書の魅力のひとつ。『〈セクター12〉では、やつらは本物になる。そこにいるし、現実なんだ。中部ウェールズは、おとぎ話の揺りかごさ──冬眠者の夢見る心で編まれてる』と詩的な表現で語られているように、セクター12では冬の妖女、小人、食脂霊、食夢虫など神話上の魔物が存在すると一部の人は本気で信じており、そのへんの神話・伝説の物語内への組み込み方は最高だし、深い眠りに入れ込めず、やむ終えず起きたまま越冬する不眠者たち、伝染性の夢、ナイトウォーカーを労働力として使役するラザロ計画。

かつて失敗したとされる夢現空間計画──など、「極寒で人間が冬眠をする世界」から必然的に「夢」へと話が繋がり、薬を飲んで夢を見ないはずのチャーリーがなぜか連続性のある、同じ夢をみるようになって──と、ナイトウォーカー、冬の魔物、今紹介したような幾つかの夢にまつわる計画などが密接に絡み合いながら、この世界で進行する大きな陰謀へと巻き込まれていくのである。最初はあまりにも色んな要素が出てくるので、ぶちまけたおもちゃ箱できゃっきゃと遊んでいるような、おもしろいけど雑然とした手触りが残る。だがしかし、それが終盤に向かうにつれて、きれいに整理・整頓され一個の巨大な建造物へと繋がっていく気持ちよさがあるんだよね。

おわりに

特に終盤は夢での出来事が物語の重要な起点になっていくこともあって、『不思議の国のアリス』的な、ナンセンス文学のおもしろさがあり、同時に表紙にもあるような幻想的な光景があり、実は絶世の美女と身体上の大きな欠損のある語り手の恋愛譚でもあり、何者でもない青年が、ヒーローへと変化していく過程を描くヒーロー譚であり、無論SFでもあり──と、とにかくあらゆる側面からおもしろさが押し寄せてくるような作品である。引用部だけである程度察してもらえると思うが、描写やセリフも本当にかっこいいんだ、これが。今年読んだ中ではベストに近い一冊なので、興味を持ってくれた人は読んでくれたら嬉しい! 表紙も抜群に美しいしね。