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天才を地理から理解する──『世界天才紀行 ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで』

世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで (ハヤカワ・ノンフィクション)

世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで (ハヤカワ・ノンフィクション)

  • 作者: エリック・ワイナー,Eric Weiner,関根光宏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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天才はいつだって「常人には理解不可能」であるからこそ、それを理解したいと思う人々によって議論の俎上に載せられ(天才とは何なのかという自分定義がそこら中に名言として残されている)、結局理解できないので何度も話題に上がり続ける。

そもそも天才(創造性や知能)をどう精確に定義すんねんという問題もあるし、なかなかにハードルの高いテーマなのだ。しかし、著者はそこで諦めずに、かつてカリフォルニア大学の教授サイモントンが行っていた「天才の出現は場所と時間に影響される」という計量歴史研究に目をつけ、この分野をさらに追求してみようと決意する。

天才は不規則に(シベリアに一人、ボリビアに一人というように)現れるのではなく、集団的に現れる。そう、天才の集団が現れるのだ。紀元前四五〇年前のアテナイしかり、西暦一五〇〇年のフィレンツェしかり。特定の場所で、特定の時期に、輝かしい才能と革新的アイデアが大量に生み出されるのである。

天才にまつわる旅行エッセイ

とまあ、学術的な本の紹介っぽくはじめてしまったが、本書は実態としては「天才紀行」と書名にも入っている通りに、「天才ゆかりの地をめぐりながら、天才について考えてみました」的な「天才にまつわる旅行エッセイ」といった感じの本である。著者は研究者ではなく、邦訳では『世界しあわせ紀行』などの著作があるアメリカのジャーナリストだし、本書で定義するところの天才も「天才とは、世界じゅうがその功績に対して大きな恩義を感じるような人物」というざっくりとしたものだ。

天才と地理的環境との相関関係はテーマとしては興味深いけれども、厳密に研究としてやるには厳しいだろうから、これはこれで全然アリだ。何よりエリック・ワイナーによる、その土地ごとの風景の切り取り方や、天才と土地の特性を関連付けて語っていく手腕は見事で、単純にエッセイとして読んでいて楽しい。本書では、最初はソクラテスからアリストテレスまで多様な哲学者を生み出した土地アテネへと訪れ、最終的にはジョブズら天才がひしめくシリコン・バレーへとたどり着いてみせる。

基本的には、その土地に著者が訪れ、そこにいったいどんな天才たちが生まれてきたのか/天才たちの業績の経緯のまとめ、現地の案内役の方々との対話、土地を観察し著者が見つけた「天才を産んだであろう環境要因への考察」などなどで各章は構成されている。天才をめぐる旅とはいうものの、著者はそこらじゅうで酒を飲んだりカフェでコーヒーを飲んだりして「ただの休暇じゃねえか」的に過ごしていくわけだが、それも毎回さりげなく天才にまつわるエピソードにからめてくるのがうまい。

たとえばアテネでエスプレッソとビールを飲みながら『今回のギリシア滞在では、アルコールとカフェインのバランスをつねにとっている気がする。そんな体験を通じて、ギリシアの「何事も中庸がよい」精神にひそむ、小さなけがれた真実を発見する。それは、欺瞞である。』などといってみせる。欺瞞とは、古代ギリシア人が節制を重んじながらも実践はしなかったことだ──と続き、どう考えてもこじつけめいているのだが、まあ確かに知識としてはおもしろいし、のんびりとギリシアに滞在する日々の描写は天才とは無関係に羨ましく、読んでいて楽しい。

天才にまつわる考察も、ほとんどは「なるほどな」と思わせる示唆に富んだもので、どれもおもしろい。たとえば2章では中国の杭州に飛ぶが、中国の宇宙観である『宇宙を表す「道」に始まりはなく、それゆえ創造者もいない。それまでつねに何かが存在してきたし、これからも存在し続ける。したがって、創造活動とは発明ではなく、発見となる。中国人がおこなうのは、「ある一定の状況下での創造」だ。』という思想を取り上げ、中国と西洋の創造への捉え方の違い、天才の違いを語ってみせる。

カルカッタを取り上げた章では、科学も絡め天才の土壌を説明しようとする。たとえば、ウサギに対する実験の結果として出た『脳が新規の情報(この場合は未知のにおい)を処理するには混沌とした状態が必要だ』という結論や、刺激の多い環境下のラットが少ないラットに比べてより脳細胞を発達させた実験などを引き、創造性と混沌との強い関係性について語りながら、カルカッタの混沌性を提示してみせる。

 カルカッタのような街は、いまも昔もこの種のでたらめさを供給している。よく似た街角など存在しないし、よく似た一日もまた存在しない。アルカというミュージシャンが、カルカッタの魅力は「混沌と狂気が独自のリズムを持っているところ」だと教えてくれた。彼の言葉は、詩的な真実であるだけでなく、科学的な事実でもある。

ラットやウサギの実験と人間の街の混沌と創造性の話はまったく別の話であるから、ここに限らず話半分に読まないといけないのだが、話自体はおもしろい。混沌とした状況と創造性に関連があるのも、科学的なエビデンスはともかくとして「たしかにありそうだ」と思わせるものだし。本書で他に紹介される街、都市は他にウィーン、フィレンツェ、エディンバラ、最初に述べたシリコンバレーなどで、残念ながら日本は入っていないが、天才についてこれまでとはまた違った視点を持てるだろう。

おわりに。天才の気分を味わう旅行ガイドとしても

また、天才についての考察と関連させながらも「土地の魅力」を解き明かしていく視点が新鮮で、ついつい取り上げられている土地に行ってみたくなるのも本書の醍醐味だ。カルカッタの引用部にある「混沌と狂気が独自のリズムを持っているところ」などという表現を読んで行きたくならないはずがなかろう。著者がやたらとうまそうに酒を飲んだり飯を食ったりコーヒーを飲むのもまたいやらしい! 旅行したところで天才になれるわけではないが、天才の気分を味わう旅行ガイドとしてもどうぞ。

世界しあわせ紀行 (ハヤカワ・ノンフクション文庫)

世界しあわせ紀行 (ハヤカワ・ノンフクション文庫)