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改変歴史譚×巨大ロボ──『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』

海外SFとしては今年一番の話題作と断言してもいい『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』がついに刊行された。第二次世界大戦で枢軸側が勝利することで、日本合衆国が爆誕。しかもその日本は「メカ」と呼ばれる巨大ロボ部隊を生み出し──と、めちゃくちゃキャッチーな設定で、発売前から話題になっていた作品である(だからこそ単行本と文庫版の同時発売なんて大胆な手段も打てたのだろう。)。

とはいえ、とはいえである。"キャッチーな設定"は"おもしろい物語"とイコールではない。設定はおもしろいけど話はなんかグダグダ……なんてものもこの世にはよくあるわけである。本書がそうでない根拠はどこにもないわけなので、期待6割不安4割ぐらいの塩梅で読み始めてみたわけだが、まあこれが安定しておもしろい。安心して薦められる。改変歴史物という設定を投げっぱなしにせず、きちんと仮定上の国際情勢をシュミレートして練り込んで、キャラクタの構築とドラマの部分もキャッチーでおもしろく、バカSFというかケレン味の部分までしっかり作り込んで魅せる。

しかも日本の作品が大好きな著者のオタクネタなり精神性が随所に盛り込まれ、キャラクタや物語の展開も「日本の小説を読んでいるみたいに実によく馴染むな……」と思わせる「地元の友だち感」がある。作中人物には訳者のアレンジか関西弁を話すキャラとかもいて、そうした文体面での挑戦がうまくいった成果もあるのだろう。

そんんわけで多くの人にオススメしたい本作だが、未読者向けに注意しておくと、表紙で異様なほどの存在感とカッコよさを魅せる「巨大人形ロボット」。これが全編を通して戦い続ける──という作品ではない。それでは、巨大人形ロボットは客寄せパンダなのかといえばそういうわけでもない。日本が巨大ロボ部隊を持っていることが国際的な勢力均衡に一役買っているなど、(たとえばドイツへの牽制)国際情勢を語る上で外せないファクターとして、あまり戦わずとも存在感豊かに機能している。

とまあ全体への雑感としてはそんなところで、以下はもう少し詳しく世界観とあらすじを紹介しながら個別具体的な要素についておもしろさを深掘りしてみよう。

簡単なあらすじ・世界観

歴史が大きく変動するのは、1948年の7月1日にサンノゼへと原爆が投下され、アメリカが日本に降伏し第二次世界大戦が終了した時からだ。それをきっかけとしてアメリカはユナイテッドステイツオブジャパン、日本合衆国となり、アメリカ国民は天皇を崇めるよう強制され日本名を名乗ることを義務付けられるようになった──。

ここまでがざっとプロローグで、本編はその40年後、1988年からロサンジェルスを舞台にしてはじまる。石村紅功(べにこ)通称ベンは検閲局に勤める帝国陸軍の大尉だが、勤務態度は悪く落ちこぼれ扱いである。そんな彼の元に、かつての上官から極秘裏に依頼の電話がかかってくることで、彼は特別高等警察の槻野昭子の尋問を受けることになる。ベンに電話してきた上官は、『アメリカ合衆国』という「アメリカが戦争に勝った架空の世界を舞台にした」反体制的なシュミレーションゲームに関わっているらしい。昭子に無理やり同行させられ、ベンは上官の足跡を追うことになる。

キャラクタ

落ちこぼれ大尉(ベン)と皇国に仇なす者絶対殺すウーマン(昭子)のコンビは最初「単純だなあ」と思ったが、その感想はすぐに裏切られることになる。たとえば、ベンの内面は冒頭の一文から「石村紅功が死を考えない日はなかった。」という陰鬱な始まりをしているし、彼が自身の両親を皇国に仇なす存在として密告し死に追いやっていた過去が判明するなど、ヘラヘラとしながら死を望む虚無的な部分があり、忠士なのか叛逆の徒なのか、真意がすぐには捉えきれない陰影を持ったキャラクタだ。

一方の昭子は最初こそ思想的/行動的にも単純なキャラクタだなあという評価だが読み進めていくうちに過去と屈折が明らかになり複雑さを増し、どんどん魅力的になっていく。まあ、読み進めなくともベンを「貴様」呼びするぶっきらぼうな喋り方や、思想的に柔軟性がなく、特高の特権的な立場を活かし、すぐに苦しめて殺すぞ! と脅すところも「バカかわいい」って感じで好みなのだが、個人の嗜好かもしれない。

「なにが望みだ。無意味な情報交換か?」昭子は電卓を下においた。「なにを知りたい?」
「きみについて少しでも」
「あたしは週七日働く。兄をアメリカ人テロリストに殺された。嫌いなのは仕事の邪魔をするやつだ」
「趣味は?」
「国賊を捕まえること。他には?」

ベンと昭子がコンビで捜査を進めていくうちに「二人が現状の思想を抱くようになった経緯」が解き明かされていき、日本合衆国誕生が個人へと与えた影響が浮かび上がってくるのがまたうまい。最後のエピローグ(プロローグ)まで読むことではじめてベンが今のような態度をとっている理由が了解される構成が見事である。

架空の技術・文化発展

ちなみに↑の引用部にある「電卓」とは我々のよく知る電卓のことではない。これは携帯型の電子計算機のことで、「凄いスマホ」ぐらいの捉え方でいいだろう。本書では社会のみならず技術発展も別のルートを辿っているが故に、料理まで含めた全ての文化がいま・こことは大きく異るケレン味ある風景となってあらわれていく。

改変世界にはどんなテクノロジーがあるだろうと考えるのが私の楽しみのひとつだったという理由もあります。シリコンバレーが誕生するまえに破壊されていたらどうか? いまの一般的なPCやマウスはないでしょう。ではコンピュータすらないのか? その世界のビデオゲームはどんなものだったのか? 映画や自動車、さらに料理はどうなっていたのか?*1

他にも体内に埋め込まれた生化学系で動く"肉電話"(セキュリティ上絶対安全)。撃ち込むと血液の遺伝史を書き換えて見分けの付かない姿にさせ悶え苦しんで殺せる銃。人造女給。疾病をあらかた根絶したバイオテクノロジーと、だいたいなんでもあり。殺人光線まで出てきた時には「そんなんまでありなの!?」とびっくりしてしまったが、土台をしっかりと作り込んでいるからこそ、無茶な要素が渾然一体となっても調和した形で世界観の中で取り込むことのできる懐の広さと深さが生まれている。

おわりに

本人がインタビューでも言及している通りディックの『高い城の男』と共通する要素も多いが、著者ならではの現代的でまったく新しい世界をつくりあげてみせた。スラスラと読めてしまうが、ずっしりと重い一冊だ。掘るべき要素が広く/深くてこの記事を書くのも大変だったぜ。個人的には関西弁のキャラがお気に入り。

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)