- 作者: エリザベス・ベア,安倍吉俊,赤尾秀子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2017/10/21
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (1件) を見る
ちなみにスチーム要素もちゃんとある。飛行船から船まで、蒸気駆動の船が世界を闊歩している19世紀後半のアメリカ西海岸の港町が舞台なのだ。ただ、少女が蒸気駆動の甲冑機械を着て駆け回るとか記事のタイトルにつけてしまったし、帯にも「愛する彼女を守るため、カレンは蒸気駆動の甲冑機械を身にまとう」と書いてあるが、別にバトルがメインの物語ではない(ほぼなし)。大半はこの蒸気によって駆動される世界で娼館を中心として巻き起こる事件と、二人の少女の心温まる恋の物語である。
ただ、それがまたなんとも素晴らしい。著者のエリザベス・ベアは日本では早川文庫からサイボーグ士官ジェニー・ケイシーシリーズの翻訳が出ているものの、あまり翻訳が盛んな作家ではないと思うが(僕もこれが著者の作品初体験)けっこうな作品のあるベテランであり、文体にも描写も読みやすく(翻訳のおかげも大きいだろう)、少女が少女を想う気持ちはストレートで瑞々しく(こういうの、百合っていっていいのかどうか僕にはよくわからんが僕の考えるそれに近い)、仕上がりには安定感がある。
そんな感じの作品である。では、ここからもう少しあらすじとか紹介してみよう。
あらすじとか世界観とか
舞台は先にも書いたように19世紀末のアメリカ西海岸、架空の街であるラピッド・シティだ。街に存在する製品の多くが蒸気で駆動し、娼館にも真鍮製で鉄の歯車と水圧で動く「ミシン」と呼ばれる甲冑がある。戦闘用というか、アイロンがけだったり切ったり縫ったり、ほとんどミシンと変わらぬ動作をそれを着てやるようだ。
主人公である少女カレンはそんな街の一角にある高級娼館で”縫い子”──娼婦として保護され、それなりに健全に働いている。ある時、そんな彼女が暮らす娼館へ、バンドルという男が悪辣な経営をする娼館から一人の娼婦、プリヤが逃れてくる。幸いながら高級娼館を経営するマダムは自由を重んじる女性で、一度匿った女性を保身のために明け渡すようなことはない。かくして、「人の心を操る謎の機械」を有するバンドルとマダム率いる娼館の女たちの戦いが勃発するのであった。
女性同士の恋愛
最近海外SFを読んでいると、それがテーマとして前景化するというわけでもなくごくごく自然に同性愛者やバイセクシャルの女性が主人公であることがあって(最近の作品だとダリル・グレゴリイの『迷宮の天使』とか)そういうもんなんだなあと雑に捉えていたけれども、本書の主人公であるカレンもまた、自然に娼館で保護された少女プリヤへと恋心を持つようになる。その心情描写がまた瑞々しくて素敵なのだ。
「力になりたいの」というのは、嘘じゃなかった。でももうひとつ──わたしは彼女にキスしたかった。白いシャツの下の温かい肌に触れたい。だけどそれをいうのは、いまじゃないほうがいいだろう。プリヤがふつうとは違う思いとギリシャのサッポーの話をどう感じるかがわかってからにしたほうがいい。
「自然に」というか、SFとはいえリンカーンもいればヘイズもいる、19世紀アメリカであるこの世界で、こうした感情は「ふつうとは違う思い」と認識しており、それがカレンがプリヤへと思いを伝えられない障壁になっているあたりはド真ん中の恋愛小説といったところ。そんなこと言いながらもカレンはけっこう積極的/変態なのだが。『わたしがプリヤの友だちで、同時にプリヤのブルマーをはきたいと思ってるなら、わたしはしょうもない友だちで、なおかつ、しょうもない恋人候補だ。』
街と多文化の描写
街や部屋の描写は本書の読みどころの一つ。ラピッド・シティは著者いわく古い時代のポートランドやバンクーバー、サンフランシスコ、シアトルの特徴を組み合わせた不思議な空気と見栄えをしているのだが、それに加えて部屋や服について緻密な描写が行われるので、描写から立ち上がってくる「風景」を眺めるのが実に楽しい。
想像がつかないのは、たぶんわたしの部屋だと思う(ここみたいな娼館の一階とかお客さんが入る寝室しか見たことがなければね)。とても狭くて、両手を広げたら壁にくっつくし、たとえるなら、漆喰塗りのれんがの煙突といったところ(波止場の売春小屋ときっと似たようなものだ)。それでも小さなテーブルとランプはあるし、テーブルの下には棚もあるから、そこに本とか小さな木彫りの馬を置いている。壁と天井のつなぎ目のくり形は象牙色だけど、それ以外は全部真っ白。これがわたしの、わたしひとりだけの部屋。
多文化が当然のように同居しており、中国語での会話があるし、インド系も黒人も白人も奴隷も出てくる。その中でも、孤児であるメアリ、奴隷のように働かされてきたプリヤ、黒人奴隷など何かしら「欠けたものたち」を中心として描きながら「欠けた部分は埋め合わせることができるんだ」と陽の当たる側面を描いてみせるのも良い。
「あなたには傷がある。心の傷が。けっして光が当たらない場所だ。でもそれでいい。生きる力はそこから生まれる。忍耐からね」
「孤児でよかった、なんていわないで」わたしは冷たくいった。
でも副保安官は深刻な顔のまま、気分を害した感じでもない。
「いや、おなじことは奴隷にもいえるから」
おわりに
そうした風景に溶け込むように、甲冑機械が当たり前のように街を歩き回っている。カレンが甲冑をきて駆け出す場面の描写も、丁寧に描かれており心地よい。『圧力計が緑色になった。バルブをいじったら、蒸気がしゅーっと音をたて、ピストンもうごきはじめてトモアトゥーアの目が覚めた。震えなんかかまわずに、すっと立ち上がる。』──というように総じて、「こういうのが好きな人はたまらん」作品に仕上がっているので、この記事で琴線に触れた人は、きっと楽しむことができるだろう。