
プルーデンス女史、印度茶会事件を解決する (続・英国パラソル奇譚)
- 作者: ゲイルキャリガー,sime,川野靖子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2015/12/08
- メディア: 文庫
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異界の存在をただの人間にするのが母親の特殊能力であったが、その母親と人狼である父親の間に生まれたプルーデンス女史は異界族の特殊技能を触れることで自分のものとしてみせる。違ったものを区別し、それが差別や闘争に容易く繋がってしまうこの世界でこの二人の能力はそれぞれその差をなくす/引き受けるものとして描かれる。その意図するところは異文化理解による共存の重要性であろう。
この「触ることで能力を引き受ける能力」はもちろん物語に大きく関わってくるわけだけれども、人狼になったり別の何かになる時に毎回毎回服がびりびりに引き裂けるのが描写として面白い(端的にいってえろい)。
みなこれを"スティール"と呼ぶが、ルーの狼姿はルー特有のものだ。小柄で、黒と栗色と金色のまだらの毛皮。誰から姿を盗もうと目は父親ゆずりの黄褐色。残念ながら衣服へのダメージだけはいつも同じだ。人狼になったとたんドレスは裂け、ビーズは飛び散った。バラの冠はもとの位置──すなわち片耳──にしっかり載ったままで、それはブルーマーも同じだが、しっぽが後ろの縫い目を突き破っていた。
ケモナー大歓喜。下着まで破けるのでそれを若干恥ずかしがるのも良い。加えて、僕はいったいなにが原因でそうなってしまったのかとんと検討もつかないのだが上流階級で下層階級の人間を見下していたり、他人を顎で使うことが当たり前のタカビーな女性キャラクタが好きなのだが、プルーデンス女史はそういう意味では19世紀ならではの「これぞ上流階級の女性!!」感を魅せつけてくれるのでたまらない。
もっともプルーデンス女史の魅力は、そうした規範に則ったお嬢様性と、過保護で巨大な力を持っている両親の下で育てられてそうした規範への反発・常識外のことに挑戦していく冒険心が共存しているところにある。誰よりも真っ当に上流階級で、それでいて誰よりも積極的に規範にとらわれることがない。
簡単なあらすじ
物語は、そんな女史に対して育ての親であり吸血鬼であるダマから、大英帝国統治下にあるインドにいって紅茶の調査(苗木をみて、場所を確かめ、土地を取得し、管理者を雇い、配給を始める)を依頼されることから始まる。テントウムシ型の最新飛行船でインドで向かえばそこでは観たことのない異界族がおり、下手をすれば部族間戦争に発達しかねない微妙な外交問題に関わる羽目になるのであった──。
旅の仲間たち
旅の仲間たちも実に魅力的な面々で、幼なじみにして同じく上流階級出身の女性であるプリマは狼に変化したプルーデンス女史の背に乗って平然と駆ける度量と、愛想がよくいろんな男を惚れさせる技術を持ち合わせているし、その弟パーシーは研究者肌で六カ国語を操る口数の少ないエリートで、機関長にあたるケネルはすぐに女性を熱烈に口説き始めるが優れた技術士でもある男である。口下手真面目系の歳下男子と軟派だが情熱的な歳上男子との珍道中は夢がある。
スチームパンク・インド
冒険とは別に、スチームパンク的に発展を遂げたインドの町並みの描写を読んでいるだけでも随分楽しい。蒸気機関によって動く技術がインドに輸出されたという、その軸自体は動かないのだが、インドならではのアレンジメントが加えられている。
大英帝国資本会社の進出はめざましく、空中列車や大型回転運搬車、その他さまざまな蒸気移動者が──それこそ線路から芝生から自転車置き場まで──いたるところにあった。ロンドンと違うのは、どれも飾り立ててあることだ。半島を行き来して倉庫から造船所に物資を運ぶケーブルカーが建物群のはるか頭上にぬっと浮かんでいた。こちらも日中の暑さにじっと動かず、巨大ケーブルからぶらさがっている。この手の装置につきものの蒸気口や、煙突、誘導アームなどはそなわっているが、外見は巨大な象そっくりだ。大きな耳は色鮮やかな動物の皮製で、首には生花と紙ランタンをつないだ花輪。
終わりに
本作で話は一通りケリがついているし、今後はテントウムシ飛行船で世界を回っていく話になるのかもしれない。異界族という設定がまたうまくて、吸血鬼や人狼といった伝承・伝説上の存在を物語内に自然と回収していけるんだよね。インドはその文化や政治、神話まで取り込んで雰囲気まで通してしっかりと描かれていたから、そうなったら楽しいなあと思う。新シリーズならではの魅力が詰まった、開幕篇にふさわしい出来栄えだ。ここから読み始めるのもいいだろう。