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もし、無神論者が牧師になったら──『ギデオン・マック牧師の数奇な生涯』

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

ギデオン・マック牧師の数奇な生涯 (海外文学セレクション)

ひとりの”信仰心を持たない”牧師の人生を描く、地味な話ながらも読んだらついつい彼の人生のあり方、葛藤に惹き寄せられ、この数奇な生涯に自分なりの解釈を持ち出さずにはいられない──そんな奇妙な味を持った長篇小説である。以下詳細。

奇妙な物語の導入

スコットランドの出版社に、ある奇妙な体験と行動を起こした後に失踪した、ひとりの牧師の手記が持ち込まれる。そこには信仰を持たぬ男がなぜ牧師を目指したのか、人生で誰の身にも起こりえる、不貞や不義理、身近な人々との交流、崖から落ちて死にかけた彼を救うことになる”悪魔”との出会い──などが描きこまれていた。

その後失踪したギデオン・マック氏が山中で死んでいることが明らかとなり、数々の仮説がギデオン・マック氏を中心として吹き荒れることになる。情緒不安定で何もわからなくなっていたのだとか、山を最後の場と定めたのだ、などなど。そのうえ、検証の結果判明した死亡推定時期よりも数ヶ月あとに、ギデオン・マック氏を見かけたという人物が幾人も現れる。果たして、この牧師は”いったいなんだったのか”。

原稿を預けられたパトリック・ウォーカーは、出版を決意する。書名は『ギデオン・マックの遺書』となり、それが丸っと本書の中に収められている。『必要な箇所にひとつふたつ注釈を入れさせてもらったのと、顧問弁護士の助言により多少の付記、改稿、削除の類を行った以外は、ほぼすべて著者が書いたとおりである。これを読みどう判断するかは、読者諸兄にすべてゆだねることとしたい。』

狂人か、はたまた……

という感じでギデオン・マックによって自身の生涯が綴られていくわけではあるが、これが書名にもあるように数奇な生涯である。子どもの頃より合理的に物を考え、目に見えぬものは何ひとつ信じず、亡霊や精霊を小馬鹿にする。にも関わらず彼は状況に流され続け、父親が牧師であったことも関係して牧師になり、愛しているわけでもない女性と結婚し、誰にも見えぬ岩を見て、そして悪魔に会うことになる。

正直言ってこれは非常に地味な話である。ギデオン・マック氏の語りは始終淡々としていて、通常みられるような大きな感情の変動はあまり現れない。心の奥底ではいろいろなもの──”本来の自分”が燃え盛っているにも関わらず、表に出てくる部分にはそうしたものはあらかた押し込め、隠されてしまっている。だから、本来なら赤裸々に綴ってもいいはずの手記を読んでさえも、その人物像は捉え難い。

私はまるで、映画になど大した興味もなく、上映が終わったら何をしようかと考えながら映画館に座っている子どものようだった。私は、展開を楽しむよりも最後まで独はすることだけを目標にしてさっさとページをめくり続ける、五百ページの本の読者だった。そして紆余曲折を経て私は最後までたどり着くことができた。

ただページをめくるための人生。だが、そんな人生にどうにも惹きつけられてしまう。理由を説明しようとすれば、結局誰であっても偽りを他者に対して行いながら騙し騙し生きているから共感するのだとか、彼が本来なら他を圧倒するパワーを持ちながらそれを押し隠し、葛藤が抑えきれずにじみ出ているのがスゴイとかいろいろあるが、どうにもそれだけでは説明した気になれず、”奇妙な魅力”があるように思う。

割り切れない奇妙な魅力というのは、ギデオン・マック氏が出会う出来事についても同様で、たとえば彼にしか見えない岩が、彼の人生の真ん中にどっしりと腰を据えている。彼は偽りだらけで流されてばっかりの人生を送っているが、しかしその岩には執着し、自分にしか見えないのに人に幾度も語り、不審がられる。誰にもその岩は見えず、写真をとってもうつらない。普通に考えたら彼の頭の中にしかないものなのに、彼にはそれが見えてしまうから、他者に対して岩を執拗に語り続けるのだ。

後に彼が悪魔と出会ってから”奇妙さ”はより増していく。彼は普通なら助からないほどの崖から転落して数日間行方が知れず、その後骨折も何もない状態で発見され事なきを得るのだが、彼はその間”悪魔”と出会ったのだといい、その時の饒舌な対話を克明に語ってみせる。たしかに普通なら助からない崖から落ちて助かったのは奇跡としかいいようがないが、その理由が悪魔だというのでは話が合わぬ。17世紀などならまだしも、舞台となっている時代は20世紀後半から-21世紀がメインなのだ。

彼が狂っていることにしたほうが筋が通るが、不可思議な出来事が発生しているのは確かである。彼ははたして狂っているのか、それとも……。無神論者でありながら牧師になり、悪魔と出会った矛盾の塊のような彼を筆頭として、いくつもの矛盾が物語を貫いている。神話対事実、空を飛び人々に自由を感じさせながらも束縛の象徴でもある凧揚げの凧など、無数の象徴を持ち出して解釈も物の見え方もぐらぐらと揺れ動いており──という感じで無数の可能性を思いながら読み進めることになる。

自身の葬儀の際にスコットランドの彼らが住む町をちょっとだけメキシコにしたいのよと無茶苦茶なことを語るチャーミングな女性に、その葬儀を請け負ったギデオン・マック、そして偽りだらけの人生を歩んできた男が語る嘘としか思えない最後の告白など、終盤は静かながらも混沌とした熱狂が残るのが素晴らしい。

おわりに

地味におもしろかったのが、『指輪物語』だとか、『2001年宇宙の旅』だとか、『大いなる遺産』だとか、いろんな本や映画の話題が自然に挿入されていくところ。雰囲気的には完全に20世紀初頭とかそんな感じなのだが、時代は20世紀なので、当然のようにコンピュータもあり、宗教も牧師もその役目が切り替わりつつあり──と、十年ほど前のスコットランドの雰囲気が(完全に想像だけど)よく表れている。